004
言葉なくその現象を見つめていたクェイネルバロウだが、炎が全て収まる頃には何とか言葉を思い出した。
「…何者だ、貴様ら」
「えーと」
Kはちらりとシールを見やる。いつもならケテルにおける身分を名乗る所なのだが、この時代でそんなものを告げても通用しない。
「ただの旅行者ですよ? 殺されたくないだけの」
助けがないと知って、眉を下げつつそう答えた。勿論クェイネルバロウはそんな答で満足しない。
「おまえ、精霊使いなのか? それとも有翼種か」
aを指してそう問い詰める。
「…えーと。多分、違いますね…」
aも困って後ろの二人に視線を送る。aとしては、相も変わらず単語の意味に自信がない。精霊使いとやらはその言葉からして予測もつくのだが、有翼種というのは何だったか。どうにも昔聞いたことのある単語のような気がするが、なんだったのか今一思い出せない。
シールは一瞬、数日前に話したことも忘れたのかという顔をして―─時の流れを思い出した。
それにしても。再び認識する。此処は、「有翼種か」なんて疑問が簡単に出て来る程の過去なのだ。
有翼種。それは嘗て存在したと言われる伝説の種族。強大な力を持ち、空すら自在に飛べたという。本当に背に翼が生えていたという話もあるが定かではない。彼らはその不思議な力で各地を統べ、セフィロートを十に分けた。つまり、各国の創主は全て有翼種だったと言われているのだ。
「なんかよく解んないけど、生まれた世界が違うだけの、ただの人間ですよ?」
雨を収めた青龍ちゃんたちがaの元へと帰還する。aは彼らを『穴』に還す。それを見て、クェイネルバロウは一段と不審を強める。
「そんな術、見た事も無い。おまえ等がただの人間だなんて信じられる訳無い」
「そんな事言われてもな…」
言いながら、Kはこの流れは若干ヤバいと感じていた。ジズフの思惑通りに事が進みそうな予感がビンビンする。
「くそ…」
おもしろくない。そう思いつつも、あまり流れに逆らわない方が良いのだろうことも薄らとは解っている。
「逃げようかな…」
面倒臭くなってそう天を仰ぐと、あっけらかんとした こどもの声が響き渡った。
「わー、すごーい。死の使いから逃げられる人間も居るんだ?」
見ると、見事な金髪のそれこそ天使のように愛らしい姿をしたこどもがいた。きらきらと眼を輝かせてKたちとクェイネルバロウを見比べている。
「ぼくとも遊ぼーよー♪」
言って、誰も声さえ上げれない内に、彼は片手を高々と天へ掲げた。
「!!」
ゴォンッ、
急速に収束していく大気。なにやら激しい力が集まっていくのが解る。
「あれは…魔力…?」
シールが呆然と呟くのを意識の隅で聞きながら、Kとaはシールドを張りつつ空へ退避した。
「わ、すっごーい。空も使えるんだ!」
街に大きなクレーターを作り出した少年は変わらぬ調子で地を蹴った。
「げ、嘘」
一跳びでKたちに追いつくと、彼は、空に立っていた。重力の掛かり方が浮遊とは違う。彼は何もない筈の空中に、何らかの足場を作り出して立っている。
「何で浮いてんの…」
「力の塊って触れられるんだ」
つまり空中に存在する魔力を足場にしていると言うことらしい。
「よく解らんが、反則!」
襲い来る数多の気弾を躱す。
「なんでこれ攻撃されてんの?」
「さぁ。それより逃げ切るの大変そうよ? 迎撃する?」
視線を巡らすと、クェイネルバロウは瓦礫に腰掛けて観戦している。
「まぁしかし、よくも毎回面倒事を引き寄せるなぁ」
「こっちに来ると、一息吐いた辺りで必ず新種に襲われる決まりなのかね!」
呆れ返るグールに厭味で返す。
「わあ、すごいすごい!まだ生きてる!」
Kたちは割と必死に避けているのだが、少年はまるで唯の観戦者であるかのように手を叩いて喜んでいる。
「何者だよアイツ」
迎撃しそうにもないa子に焦れて、Kが意識を掌に向ける。
「おいおいK、相手は小さいこどもだぞ?」
「知るかぃそんなの。攻撃してくるんならこどもも獣も関係ないね!」
なんだかんだ、こども姿の敵を相手にするのはいつもKの役割だ。a子は「正義の味方」をやっていたこともあり、小さい者に手を出さない。
「オイタが過ぎるやんちゃ坊には、キツいの一発決めてやる」
一種狂気を孕んだ笑顔で少年を睨み付けるK。
「おいおいおい…しかも何招ぶ気だよおまえは…」
『穴』から滲み出る不吉な予感にaは辺りを確認する。既に人も居ないだろうし、辺りは焼け野原だ。被害はそうそう出ないだろう。
ヴぉん。
「黎ッ、キミに決めたぁっ!」
――ぎぁおぉおぅッ!!
天を裂く雷鳴。招び出されたのは雷を纏う漆黒の龍。黒龍三兄弟の次男坊は、久方ぶりの大空の下、派手にその力を見せ付けた。
「うあぁああああーん!」
捕らえられた少年は地にへたり込み泣き叫んでいる。
「えぇい泣くなッ、うっとうしい!人の命を狙っておいて」
「そんなの狙ってないもん、なんだよーちょっと遊びに誘っただけじゃんー!」
「あんな危険な遊びの誘いは無いわっ」
白熱する少年とKの怒鳴り合いに、キョロちゃんが手を叩いて割って入った。
「はいはい、お終い」
「なに、きょろちゃん。まだ居たの?」
片眉を上げてキョロちゃんを見るKに、苦笑いで応えながら彼は少年を蹴り飛ばした。
「!?」
「油断しない方がいい。そいつ、今の間にまたしょうもない術式組んでたから」
「なんだよ、邪魔すんなよマスカルウィン!おまえが死ね、こいつ等ボクにくれ」
蹴飛ばされた所為か術式を阻まれた所為か、口から血を滲ませながらそう吐き捨てる。
「はぁ!? いつの間にK達キョロちゃんの物になったのさ」
「おーい、K-。その辺にしとけよー」
いきり立つKにaは半歩引いて冷静に呼び掛ける。aは子供に近付くとその口元を拭って立ち上がらせた。
「まったa子は…。甘いんだから」
念の為言っておくと、aは決してこどもや弱い者に手が出せないなんていうキレイゴトを好むわけではない。いわば強者の余裕で、a的に好ましい外見のものには手加減しがちというだけだ。
「それより、キョロちゃんマスカルウィンって呼ばれた? 今」
「? ああ。オレの愛称みたいなもんだけど? マスカルムを連れてるから、マスカルウィンってそのままの名前で呼ばれるんだ。先程キミが言った、『死徒』という言葉に意味合いは似てる」
成程、と軽く流して、Kは再び少年に目を戻す。
「なんだよー、ボクに手を出すつもり?」
不貞腐れた少年は唇を尖らせてKを睨みつけている。
「…ッぁー。絞め殺してぇ。じゃなくて。君何?」
「ソイツは有翼種さ。この辺り一体の支配者だよ」
支配者。国や領地といった観念が希薄なこの時代、領主や王といった者は存在しなかったが、桁違いの力を見せ付けることによってテリトリー一帯の生物を怯えさせ、従える者は存在し始めていた。その支配者の多くは有翼種であり、彼らのテリトリーの削りあいの発展から国が生まれたという。
「有翼種、ねぇ…」
話には聞いていた種族を実際目の前にして、Kは感慨もなく頷いた。
確かに強い。でも、この少年の力はただ暴発させているだけにも近い。
「で、なんだよ。ボクをどうするつもり?」
「どう、といわれても」
攻撃してきたから捕まえただけで、別にどうこうしたいわけではない。
「どうする?」
振り返ってシールに指示を仰ぐ。
「知るか」
「だよねぇ」
そっけなく返されて再び少年を見据える。
「どうしようか」
「此処においてけば? その内誰かに発見されてどうにかされるさ」
実に軽く、キョロちゃんが提案する。
「それでいっか、面倒だし」
思考を破棄して、Kが肯く。
「え、それはまずくない?」
止めに入ったaを面倒そうに一瞥して、Kはフェニックスに跨った。
「じゃあ好きにしたらいい。ウチにはキョロちゃん以上の案は思い付かんよ」
「え~…」
Kと少年を交互に見比べるaを余所に、Kは思いっきり伸びをした。
「つかれた。キョロちゃん、どっか休める所案内して」
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