第5話 前座

 ウルフが魔導外骨格を与えられてから5日後の夜。レクトラシティの中心地である中央区に聳え立つビルの屋上に狼の頭部を持った人物が立っていた。


 彼は魔導外骨格の上に羽織った黒いコートを風にたなびかせながらオレンジ色に輝くガラスの目でネオンが煌めく街を見下ろす。


「目標地点に到達した」


 ヘルメットを被っているせいか、ウルフの声は少し籠っていた。しかし、問題は無い。


『そこから800メートル先にある倉庫エリアが見えるかい? そこにマナストーンが隠されている』


 ヘルメットの中に響く声はランディのものだった。離れた場所から会話を可能にするマナ波形通信と呼ばれる技術がヘルメットに内蔵されており、それを利用してウルフはランディと通話を可能にしているようだ。


「了解した」


 次なる目的地を聞いたウルフはビルの屋上で助走をつけた後にジャンプ。着地したのは50メートルほど離れた向かいにあるビルの屋上だ。


 この跳躍力だけでも人間離れしているのは簡単に理解できるだろう。可能にしているのは魔導外骨格による身体能力向上機能、そしてその機能の凄まじさがよく分かる。確かにランディが言った通り、最先端技術を駆使した魔導具と言えよう。


 ただ、こんな凄まじい機能を有した魔導具を開発するレッド・マテリアル社の技術力にも恐怖を覚えるが。


 ウルフは闇夜に紛れながらビルの屋上を次々に飛び跳ねて目的地を目指した。最終的には目的地から少し離れた魔導具工場から生える長い煙突の上に着地し、オレンジ色の目で倉庫街を見下ろす。


『情報によると74番倉庫だ』


「見つけた」


 カメラアイにある視覚ズーム機能を使いながら倉庫の外壁に書かれた番号を探り、すぐにランディの言った番号を見つける。


『気を付けたまえ。アガムは大いなる剣セイバーと呼ばれる傭兵団を雇っているようだ。戦争犯罪を繰り返す悪党集団らしいが――』


「問題無い」


 ランディがマナストーンを守る為に雇われた傭兵団の情報をウルフへ伝えるが、ウルフは最後まで話を聞かずに煙突から倉庫街に向かってジャンプした。


 どうにもウルフは本命前の前座を手早く済ませたいらしい。軽々しく「問題無い」と言える根拠は、これまで5日間行った魔導外骨格の試運転があったからだろう。既にウルフは魔導外骨格の持つ機能を使いこなせる自信があった。


 高い位置からジャンプしたウルフは倉庫街を囲むフェンスを飛び越え、倉庫街にある巨大倉庫の屋根に着地する。飛び降りた高さも20メートル以上あったが、着地に対して足がイカれた様子もない。


 屋根の上から再び『74』と書かれた数字の位置を確認すると、そのまま倉庫の屋根をジャンプしながら向かって行く。目的地である74番倉庫の対面にある72番倉庫の屋根に着地すると、彼は屋根の上から地上を見た。


 そこには魔導銃と呼ばれる武器を持った傭兵達の姿が。彼等は倉庫を囲むように警備しているが、見たところ随分と暇そうにしていた。


 肩紐で繋がった銃をぶら下げながらタバコを吸っていたり、仲間と共に談笑していたり。雇われたものの、マナストーンを奪いに来る輩が来ないせいで気が抜けてしまった様子。


「…………」


 だが、今夜は違う。彼等の頭上にはがいるのだから。


 屋根の上でしゃがみ込んだウルフはオレンジ色の目で傭兵達の動きと所持している武器を観察する。


 敵の装備は魔導銃のみで、胴には対魔導銃弾用の防弾チョッキを付けて。現代の兵士においてはスタンダードな装備だ。ただ、持っている魔導銃は軍に採用されるような最新式であった。


 しかし、問題無いと判断したのだろう。彼はすぐに立ち上がると倉庫の正面を警備していた2人の傭兵に向かって屋根から飛び降りた。


「ふわぁ~……ああッ!?」


 夜なせいか、それとも暇すぎるせいか。大あくびをしていた傭兵は、突然目の前に落ちてきた黒い影に驚きの声を上げる。相方であったもう一方の傭兵も黒い影に気付くが、こちらは驚きのあまり口を開けたまま固まってしまっている。


 ただ、これだけフヌケていても彼等はプロである。


「きさま――」


 目の前に落ちて来た黒い影が幻覚ではなく、であると気付くとすぐに銃口を向けようとするが――それよりも先に、ウルフの右手が傭兵の顎にめり込んだ。


 ウルフがお見舞いした右アッパーは傭兵の顎と首の骨を同時に粉砕した。傭兵の首がカクンと傾くと、全身の力が抜けたように地面へ倒れた。


 隣で見ていた者は一撃で死んだ仲間の姿に絶句する。地面に倒れて行く仲間を目で追って、視線を戻すとオレンジ色に輝く狼の目が自分を捉えているではないか。


「ヒッ――」


 慌てて魔導銃のトリガーを引こうとするが遅すぎた。ウルフの右腕からは収納されていた黒い二本の爪が飛び出し、軽く飛ぶように近づいて爪を傭兵の喉に突き刺す。


 更には相手がトリガーを引かないよう、左手で相手の手首を掴んで骨を握り潰す。ヒューヒューとか細い呼吸音を繰り返す傭兵の喉に爪を強く押し込んだ。


「…………」


 殺しに対し、ウルフは何も零さない。死体をその場に投げ捨てると、今度は倉庫と倉庫の間にある小道に向かって歩き出す。


 そちら側には倉庫の中へ繋がる裏口のような小さなドアがあって、そのドアを守る傭兵が2人。彼等は正面扉を警備する仲間が死亡した事に気付いておらず、仕事に対する愚痴を零しながら紙タバコを吸っていた。


 小道の入り口に立ったウルフは右腕を傭兵達の頭部に向けて伸ばす。すると、ウルフの右腕にエーテルの光が収束して細い槍の先端を模したエーテルの塊が生成された。


 バシュンと空気を切り裂くような音を発しながら放たれた槍は傭兵の頭部を。あっという間に首無し死体のできあがりだ。


『内蔵武装はどうだい?』


「試運転通り機能している」


 内蔵通信機越しに聞こえるランディの問いにウルフは短く答えた。というのも、右腕に内蔵された魔導兵器を放った音が鳴り響いたせいか、さすがに倉庫内にいた傭兵達が異変に気付いたようだ。


 倉庫の中から傭兵達の声が聞こえるが、ウルフは歩いて裏口へ向かうとドアを蹴破った。


「侵入者だッ!」


 倉庫の中はがらんとしており、中央付近に大きな木箱がいくつか置かれていた。それを守るように10人以上の傭兵が中にいて、裏口を蹴飛ばして進入してきたウルフに向かって一斉に銃口を向ける。


 外で殺した傭兵達と違って、今回は奇襲でもなければ相手との距離も離れている。傭兵達も相手は一人であるし、数の有利もあって既に心構えは出来ているだろう。


「ぶちかませええ!」


 傭兵達は一斉にトリガーを引くと銃口からは青白いエーテルの銃弾が飛び出した。ウルフに到達するまでの時間は1秒にも満たない。瞬きする瞬間には攻撃を受けてしまうような発射速度だ。


 だが、ウルフは一切その場から動かなかった。逃げようともしなかったし、避けようという動作すらも見せない。ただ、その場に立っているだけ。


 傭兵達はウルフが反応しきれなかったと思ったろう。着弾確実と確信すると彼等の口元にはニヤケが浮かぶ。


 だが、傭兵達の予想は裏切られる。ウルフは避けなかったんじゃない。避ける必要性が無かっただけだ。


 青白い弾は確かに魔導外骨格の装甲に当たった。しかし、細い白煙が上るだけで目立つような傷さえできず、装甲を貫通することは出来なかった。精々、魔導外骨格の上に羽織っていたコートに魔導弾サイズの穴が開いたくらいだろうか。


「き、効いてねえ!?」


 慌てる傭兵達は魔導銃を乱射するも、いくら当てても弾は魔導外骨格の装甲を貫通する事は無く。


「…………」


 銃弾の雨を浴びながら、ウルフは腰にあったナイフホルダーに右手を伸ばす。抜いたのは黒い刀身をしたマチェットに似たブレードであった。それを逆手に持って傭兵達へと走り出す。


 その走り出す速度も人間とは思えぬ速度だった。傭兵達との間にあった数メートルの距離を一瞬で縮め、最も近い距離にいた傭兵の首をブレードで切り裂き抜く。


 単なる近接戦闘武器であるブレードとは思えぬ切れ味に、切り裂かれた傭兵の頭部が胴体とオサラバして宙を舞った。


「なッ!? おい! どうにかしてこの化け物を――」


 驚きの声を上げる傭兵だったが次に狙われたのは彼自身だった。ウルフは獲物に顔を向けると再び地面を蹴るように飛び掛かる。


 振り抜かれたブレードは肩口から体を引き裂き始め、脇腹を抜けて骨ごと人体を一刀。二つに分かれた胴体が崩れ落ち、地面は真っ赤な血で染まる。


「化け物があああッ!」


 ウルフの背後を取った傭兵が狂乱するように叫ぶ。チラリと振り返ったウルフは左腰にあったホルスターに左手を伸ばし、黒くて四角い銃身を持った魔導銃を抜く。


 そのまま振り返る事もせず、自身の右わき腹に左手を回しながら背後に向かって魔導拳銃を撃った。放たれた弾は従来の魔導拳銃とは思えぬほどの威力で、撃ち抜かれた傭兵は腹に大きな穴を開けて崩れ落ちる。


「な、なんだ……。何なんだよ、お前は……!」


 あっという間に3人の仲間が死んだ現実に傭兵達は耐え切れず恐怖に染まった声を漏らす。


「ガーランド国の軍人殺害の実行犯はお前達だろう?」


 ウルフは鋭い狼の目を向けながら傭兵達に問う。アガムに雇われた傭兵達は奴の手足となって悪事を働いたに違いない。これはウルフの推測に過ぎなかったが……彼にとっては答えなどどうでも良かったのだろう。


「奴の計画に関わった者は全て殺す」


 復讐の狼にとって、アガムの計画に関わる人物は全てが敵である。直接だろうが、間接的だろうが、妹を殺した者達は全て殺すつもりなのだろう。


 一歩ずつ、ゆっくりと傭兵達に近付くウルフ。恐怖に心を支配され、既に戦意喪失した傭兵達は逃げるように後退るが――


「あの世で後悔するんだな」


 ウルフは一言だけ告げて、足に力を込めた。再び人間離れした身体能力で傭兵達を追い詰め、一人ずつ確実に仕留めていく。


 まともに抵抗できなかった傭兵達とそれを狩る狼。最早、倉庫の中で行われた行為は虐殺に近い。


 最後の一人がウルフに殺害され、倉庫の中に響いていた悲鳴が止むと――中は血の池地獄が出来上がっていて、立っているのは返り血を浴びた黒き狼だけだった。


『終わったかね?』


「ああ」


 ランディの通信に返答したウルフはブレードの刀身に付着した血を振り払った。ホルスターに武器を仕舞うと、彼は背後を振り返って倉庫内にあった木箱に歩み寄る。


 木箱の箱を開けて中を確認していくが、中には魔導具を作る為の部品と思われる加工された金属板等が詰まっているだけ。最後の一箱を開けても、中にはマナストーンは見つからなかった。


「マナストーンが無い」


『なんだって?』


「代わりに入っていたのは魔導具の部品らしき物だ」


 ウルフは木箱の中にあった部品を取り出し、形状等を確認するが専門分野外で何に使う物なのかは理解できない。


「丸い台座のような部品がある。台座の中央に……針、か? これは?」


 取り出した部品の中でも一番大きくて特徴のある物を選び、その形状をランディに伝えると――


『おいおい……。まさか、それは……』


 通信機越しに聞こえるランディの声は、いつも通りどこか軽い口調ではあるものの緊張感が含まれる。ランディがウルフにいくつか質問をして、それを「イエス」「ノー」で答えていくとランディの声は遂に止んでしまった。


「どうした?」


 彼らしくないリアクションにウルフは声を掛けると、数秒黙っていたランディのため息が聞こえてきた。


『よく聞いてくれ。それはエーテル・ボムの部品だ』


 エーテル・ボムとはエーテルを特殊な設備を用いて圧縮し続け、高濃度圧縮にまで至らせた後にそれを爆発させる爆弾である。過去の戦争で使われた事例を挙げると、一発で都市を丸ごと消滅させるほどの威力を持つ。


 強力過ぎる兵器な上に、使用した土地には高濃度エーテルが充満して人体に害を及ぼす『デッドゾーン』を作り出す事から、現在では国際条約で禁止されている魔導兵器だ。


『アガムはマナストーンから抽出したエーテルでエーテル・ボムを量産する気なのかもしれない』


 ランディの推測を聞いたウルフもさすがに魔導外骨格の中で冷や汗を流す。


 マナストーンはマナの塊だ。先に語った通り、通常製造されたエーテルよりもマナ純度が高い。完成されたエーテルを用いてエーテル・ボムを作ったら……効果は従来の物よりも数倍高い破壊力を持つだろう。


 ランディの推測が正しかったら。もしくは、製造されたエーテル・ボムがブラックマーケットにでも流れてしまえば、世界のどこかでエーテル・ボムが使われてしまうかもしれない。


 特に戦争中の国で暮らす人々は大惨事に見舞われるだろう。


『部品を回収して一度戻ってくれないか』 


「了解した」

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