第4話 サプライズ

 眠りに落ちた男性が再び目を覚ますと、最後に見た手術室のような場所から移動させられていた。


 背中に冷たさを感じ、周囲を見渡すと薄暗い部屋の中にいることが分かる。加えて、下着一枚の状態で男性が寝かされていたのは大理石のテーブルのような台の上だった。


「やぁ、起きたね」


 声がして、男性が顔を向ける。そこにはランディがコーヒーカップを片手に歩み寄って来る姿。着ている服装が眠る前と同じ物から推測するに、そう時間は経っていないようだ。


「処置は無事に終わったよ」


 そう言われて自身の体を見ると胸から伸びていた管が無い。それに腰の両脇には小さな金属が埋め込まれており、それと同じ物が両足の膝にも埋め込まれている。


 ただ、これは些細な変化だ。最も変化しているのは左腕だろう。男性の左腕は肘から先が金属製の腕に変わっている。


「これは……」


 見た目はまるでガントレットのようなゴツイ金属製の腕だが、男性が左腕を動かそうとすると元の左腕と同じように自由に動くのだ。しかも、重さを全然感じない。


「施した処置について説明しよう。君の左腕と下半身は動かない状態だった。それに左目と臓器もいくつか。そこで、我が社が開発した人体互換魔導具を埋め込んだというわけだ」


 切断せざるを得なかった左腕は魔導具の義手に。下半身不随で動かなくなった下半身は原因である脊髄を中心に魔導具を融合させ、ズタズタだった臓器も摘出して臓器機能を補う魔導具に入れ替えた。破裂していた左目も義眼型の魔導具に置き換わっており、左右で瞳の色が違う。


 要は魔導具と融合した事で体の自由を得たという事だ。ランディはそれらを懇切丁寧に男性へ聞かせると、男性は露骨に嫌な顔を浮かべる。


「どうして処置前に教えてくれなかったんだ。失敗したら死んでたんじゃないか?」


「そう言われると思ったから説明しなかったのだよ」


 男性の恨み言にニッコリ笑顔で返すランディ。成功したし良いじゃないか、と言うのが憎たらしい。


「もう歩けるはずだ。立ってみたまえ」


 ランディに言われ、男性は寝かされていた台から地面に足を付けた。寝たきりになる前と同じ感覚で立ち上がると、違和感を感じる事無く立ち上がる事が出来た。


 むしろ、本当に下半身不随だったのか? と疑問に感じるほどスムーズである。


「食事もできるし、コーヒーを飲む事もできる。日常生活は普通に過ごせるよ。どうだね? 一杯飲むかね? うちの専属バリスタが焙煎した特別仕様だ。本来は社員しか飲めないんだよ?」


 ランディは近くにあったテーブルに近付くと、新しいカップにコーヒーを注いで男性に手渡した。男性が一口飲むと確かに美味い。さすがは大企業、社員が飲むコーヒーまで一級品らしい。


「ただ、欠点があってね。ああ、コーヒーの話じゃない。君の体についてだ」


 ランディはテーブルの上に置いてあった金属製のスーツケースを開けると、一本の無針注射器を取り出して男性に見せる。


「これには通常よりも濃縮されたエーテルが入っている。君はこれを注入しなければ動けなくなってしまうんだ」


 注射器を持った彼は男性の腰、右側にある金属を指し示した。そこに注射器を押し付けて中身を注入しなければ、男性と融合した魔導具は機能停止する。そうすれば君も動けなくなってしまうぞ、と。


「注入目安は一日一本だ」


 随分と面倒な制約を課せられたものである。しかし、動けないよりはマシか。男性は素直に頷きを返した。


 ただ、まだランディのサプライズは続くらしい。


「魔導具と融合して体の自由を取り戻したとはいえ、君は人間だ。しかも、魔導具の補助が無ければ満足に動けない。巨悪と戦うには脆過ぎる。そこで!」


 ランディはテーブルの上からリモコンのような物を持ち出してボタンを押した。すると、部屋の奥にあった壁がぐるりと回転していく。


「巨悪と戦う為の装備を用意した」


 回転した壁から登場したのは黒色の鎧。鎧といっても、旧社会時代に存在していた騎士が装着するような古めかしいタイプの物じゃない。この場合は、鎧と言うよりも金属で作られた戦闘スーツと言うべきだろうか。


 現代の最先端技術で作られた戦闘用魔導外骨格と呼ばれる、まだ世に出てない最新式の戦闘用装備だと彼は言う。


「主装甲は鋼だが、ミスリルでコーティングして対エーテル弾用の防御対策を施してある。同時に内部には魔導具によるパワーアシストが搭載されているので、生身の人間では到達できない身体能力を発揮できるのだ」


 魔法使いが杖を使って放つ魔法に代わって、現在主流となっている武器の魔導銃――エーテルの弾を撃ち出す銃――から放たれる弾に対する耐性。


 同時に使用者の身体能力を向上させるアシスト機能も持っている。素早く走る事も出来るし、近年になって都市部で建設が続くビルとビルの間を飛ぶことも出来るだろう。高い場所から落ちても怪我など負わない。


 それに人よりも重い物を持てるし、パンチ一撃でコンクリートの壁に穴を開けることすらできる。


 早い話、これを装着すれば人間の域を越えた殺人マシーンになれるというわけだ。


 ただ、この魔導外骨格を誰でも装着できるわけじゃない。男性のように外骨格の機能とリンクする魔導具が体内になければ使用できないとランディは付け加えた。


「さぁ、早速身に着けてみたまえ」


 彼が再びリモコンを押すと壁と一体化していたハンガーから外骨格が下げられた。壁から外れた外骨格は前屈みになって、胴パーツの背面がガシャガシャと音を立てて開いていく。


 男性は外骨格に近寄ると、まずは胴パーツを持ち上げる。主装甲が鋼という事もあって凄まじく重い。


「ああ。オススメは腕からだ」


 ランディに言われた通り、男性は胴パーツを諦めて腕に装着するガントレットを探した。ガントレットは右手用しかなく、既に魔導具化されている左腕で持ち上げて腕に通すと――プシュッと空気が抜ける音を立てながらキツくロックが掛かった。


 どうやら簡単に外れないようにする機構のようだ。男性の右腕には左腕と同じようにガントレットで肘の上まで覆われた。


「胴パーツを持ち上げてみたまえ」


 ニヤニヤと笑うランディに訝しみながらも言われた通りに胴パーツを掴んだ。すると、先ほどとは違って重量を感じさせない。


 一体どういう事かと驚いていると、ランディは「機能が同調して腕力のパワーアシストが起動したおかげだ」と言う。これが人の域を越えた怪力というやつだろう。


 男性は背面が完全に開いた胴パーツを持ち上げると自身の胸に押し当てる。すると、パーツ自体が勝手に起動して開いていた背中が閉じた。同時に肩と上腕部分に収納されていた装甲が伸び、ガントレットと合わさって一体化する。


 下半身も同じだ。最初は半ズボンのような形状だったが、それを履いてからブーツを履くと収納されていた装甲がブーツと一体化した。


 頭以外を魔導外骨格で覆われた男性の姿は、黒いバトルスーツを着た戦士だろうか。鋼の装甲を持ちながらも甲冑と違ってずんぐりしておらず、全体としては少し角ばった印象を受ける。それでいて、男性の体型にフィットするような細身のシルエットとなっていた。


「ううーん。良いデザインだ」


 デザインを考案したのはランディなのだろうか。彼はうっとりとするような目線で男性が身に着けた魔導外骨格を見つめる。


「さぁ、最後にヘルメットを」


 仕上げは頭を守るヘルメットである。


 男性は床に転がっていたヘルメットを持ち上げて外見をまじまじと見た。


「まるで狼だな」


 フォルム全体は角ばっているものの、デザインの元を辿れば狼の頭部だろうか。その証拠に尖がった耳のような部位が備わっている。狼の目にあたるカメラアイ部分は特殊な魔法薬品を塗布したガラス材で作られているようで、薄暗い室内でも淡く光るオレンジ色をした鋭い目が恐ろしさを感じさせる。


「正式名称は未定だが、仮の名称はタイプ:ウルフと名付けている」


 戦闘用魔導外骨格タイプ:ウルフが仮名称。製品化するかは未定である、と彼は付け加えた。むしろ、男性的には「本当に今の世界技術でこんな物を作れるのか?」と疑問に思うほど見た事も聞いた事もない代物だ。


「そうだな……。ウルフ……。そうだ、君の事を今日からウルフと呼ぼう。どうだ? カッコイイだろう?」


 魔導外骨格の仮名称を口にしたせいか、男性に新しい名を授けた。全てを失った彼が最初に得たのは、この魔導外骨格とウルフという新しい名前という事になるだろう。


 といっても、男性が何か言う前にランディの中では決定事項となってしまったようだが。


「まぁ、とにかくこれが君の主な武器だ」


「主な?」


 ランディの言い方に引っ掛かりを覚えた『ウルフ』は疑問を口にしながら聞き返す。すると、ランディはニンマリと笑いながら再びリモコンのボタンを押した。


 ボタンを押すと、魔導外骨格が隠されていた壁の両サイドにあった壁もぐるりと回転。


 回転した左右の壁には近接武器である剣やナイフ、ハンマーから斧など全ての種類が。それに加えて現在主流である魔導銃と呼ばれる魔導火器、この世で生産された全てのラインナップが揃っていた。


「これは……。凄いな」


 旧社会時代の騎士が使っていたような古めかしい直剣から、最新式の魔導銃まで全て揃っているのは圧巻だ。ランディはこの中から「好きな物を好きなだけ使え」と気前よく言い放つ。


「ただ、先ほど言ったように一番の武器は君が装着している魔導外骨格になるだろう。これらのは補助的な意味合いでしかない」


 ランディは壁に揃った武器達を指差しながら旧式と呼んだ。あくまでも最強の武器となるのは外骨格であると。


「どういう事だ? 直接ぶん殴れと?」


「ふふ。復讐を成す前にちょっと試運転をしてから行った方がいいだろう。絶対に気に入ってくれるはずだよ、ウルフ」

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