第3話 歴史と錬金術師

 翌日、ランディは約束通り男性を迎えに来た。


 ただ、ベッドで横たわる男性は未だ立ち上がる事すらできない。


「君の怪我は相当酷いものだった。辛うじて無事だったのは右腕と頭部くらいだろうか。まぁ、無事といっても比較的と前置きが付くがね」


 ランディの話によると、レクトラシティ病院に運び込まれた当初は「死亡確実」と救急担当の医師が諦めるほどの怪我だったようだ。


 上半身と下半身の皮膚ほとんどに火傷を負って、吹き飛んだ衝撃で臓器破裂と左腕と両足は使い物にならない状態。辛うじて頭部の損傷は少なかったが、それでも顔面の左側には大きな傷と左目が破裂といった具合である。


 聞く限りでは本当に「よく生きてたな」と言わざるを得ない。


 ただ、救命処置を終えてもその状態は続いた。利き腕だった右腕はなんとか無事だったが、左腕は切断せざるを得なかった。加えて、臓器損傷による後遺症で体は麻痺して動かない状態だ。


 立つ事も出来ない状態に加えて左目が見えないとなっては、まともな日常生活は送れないだろう。現に男性はベッドで寝たきりの状態だ。


 こんな状態で復讐を果たそうなど、犯人であるアガムが聞けば鼻で笑いそうなものだが。


「一体どうするんだ?」


「我が社の技術を使うのさ」


 ランディは笑みを浮かべると初老の医師に向かって頷いた。命令を受けた初老の医師は男性看護師数名に、ベッドの上にいる男性と男性の胸から伸びる管と繋がる機材を一緒に移動させるよう告げる。


 男性が寝るベッドは看護師達に押され、病室を出て廊下を進み始めた。ランディも共に歩き、一緒になってエレベーターに乗り込む。


 初老の医師が押したボタンは地下4階。どうやら下の階に連れて行くようだ。


「うちの会社がどういった会社か、知っているかね?」


 エレベーターの中でランディが男性に問う。


「東大陸にある大手の魔導具開発企業だろう?」


「ああ、そうだ。我が社は東大陸においてトップシェアを誇る魔導具開発・生産の大企業。おかげさまで売上は10年連続絶好調だ」


 この世界には大きく分けて東と西に巨大な大陸がある。北には島国がいくつかある程度、南にも大きな大陸があるが南大陸には凶悪な魔獣が生息していて、大陸の半分以上が未だ未開の地である。よって、現在の世界経済や国際社会の主役となっているのが東大陸と西大陸にある国々だ。


 その主役国家の1つ、東大陸で一番の領土を誇る大国・グランウェル国に存在する大企業がレッド・マテリアル社。


 社長であるランディが言うように、レッド・マテリアル社は現在の人類が生活をする上では欠かせない道具となった魔導具を開発・生産する企業である。


 レッド・マテリアル社の歴史――この企業を起こしたアルマーク家の歴史は長い。


 アルマーク家誕生の歴史を紐解くと、嘗て世界が王政や貴族制が主流だった時代まで遡る。アルマーク家はグランウェル国が王国と名乗っていた頃から存在し、王国で初めて魔導具という道具が開発された当初から開発に携わっているのだ。


「我がアルマーク一族は王国時代から錬金術師を生業としていてね。王国時代の爵位は男爵と位の低い家だった。歴史書や絵本に登場するような華々しい貴族の暮らしとは無縁だったようだよ」


 所謂、貧乏貴族。貴族の中の最底辺さ、とランディは鼻で笑う。


「元々、錬金術師は王国で国民に医療を施す薬師だった。しかし、時が進むと大陸では戦争が始まる。すると、一人の錬金術師が魔法の杖という魔導具を作り出した」


 魔導具と聞くと白髪に白ヒゲを生やした老魔法使いが自ら使う道具を作り出した、といったイメージが沸くかもしれない。だが、この世界において最初に魔導具を作ったのは『錬金術師』であった。


 過去、錬金術師はあらゆる魔法素材を扱うだった。自然界にある薬草とマナの影響を受ける素材を使って薬を調合しながら、人に対する医療行為を行う職業。現在の医師と薬剤師を合わせた存在だ。


 しかし、どうして薬師であった錬金術師が魔導具の走りである魔法の杖を作るようになったのか。理由としては魔法使いという存在を特別視しすぎた歴史、加えて大陸で勃発した領土戦争にある。


「貴族社会だった頃、魔法使いという存在は高貴な存在だった。所謂、青い血を持つ家だけが魔法使いを名乗れたのだよ」


 高貴で優雅で特別な。それが貴族。社会構造の下層に位置する庶民とは違い、青い血が流れる特別な人間と比喩するほどの傲慢さを持つ人間。この世界の人間は誰もが魔力を体内に秘め、誰もが魔法を使えるが、魔法使いと名乗って良いのは貴族家出身の人間だけだった。


 魔法の研究を行う組合も貴族だけで構成され、いくら庶民の中に優れた魔法知識や魔法操作技術を持つ者がいても『魔法使い』とは認められない。


 つまり、貴族社会においてのステータス。そういった意味が強かった。


「しかし、大陸で領土戦争が起きると事態は一変する。敵国が魔法使いという存在を使って王国騎士団に大打撃を与えた」


 グランウェル王国での『魔法使い』は貴族が語るただのステータスだった。しかし、他国では立派な兵科だったのだ。 


 貴族の傲慢と国防の足しにもならぬ名誉の代名詞となっていたグランウェルの魔法使いは戦場で使い物にならなかった。当時の魔法に対する研究不足もそうだが、庶民の中にいる優れた魔法使い候補を取り立てなかったのが原因で、戦争に投入するには人数が圧倒的に不足していた。


 領土を徐々に削り取られながらも必死に抵抗するグランウェル王国。そんな中で誕生したのが、役立たずの魔法使いを使い物になるまで押し上げる『魔導具――魔法の杖』という名のだ。


「最前線となっていた領地の領主が苦肉の策として考案し、開発したのが体内魔力増幅器である魔法の杖。要は人の体内にある魔力を使う際に、排出される魔力を増幅させて凄い魔法をぶっ放そうって寸法さ」


 それだけ聞くと随分と無茶な話だ。実際、開発された当初の杖は人体に秘めていた魔力を根こそぎ搾り取って魔法を発動。発動した術者はマナ欠乏症で即死……という事例もあったらしい。


 しかし、魔法の杖が齎す効果は凄まじく、押されつつあったグランウェル王国が後に快進撃を続ける起爆剤となるのだが……。


 使い物にならなかった魔法使いは命と引き換えになる力を手に入れたものの、肝心の魔法使いとされる貴族共は死を恐れて使う気にはならない。


 だが、使わなければ国が滅ぶ。


 そこで、貴族の代わりに投入された魔法使いが『庶民魔法使い』である。死を恐れた貴族達は魔法使いとしての適性を持つ庶民に魔法の杖を持たせ、彼等を戦争に投入したのだ。


 結果、戦争は魔法の杖を持つグランウェル王国が勝利。


 こうして魔法の杖はグランウェル王国国王に「有用」と判断され、同時に魔法使い増員として庶民に魔法の杖を持たせる事が通常となる。 


「でも、庶民に魔法の杖を与えた事で後に王政撤廃に繋がるのだがね」


 これまで王族と貴族が世をコントロールしていたが、魔法の杖という力を得た庶民は長年続いた不満を爆発させて、数の少ない高貴なる者達を打倒する。


「皮肉なもんさ。戦争に勝って生き長らえたのに、国民の革命によって権威を失ったのだからね。まぁ、そのおかげでうちは錬金術師として成功したのだけど……。おっと、話が逸れた。とにかく、アルマーク家は昔から魔導具を作っているのさ」


「つまり、魔法の杖を作ったのはアルマーク家で王政撤廃後も魔導具の開発を続けていたと」


「正解。魔法の杖という魔導具の走りを作り出したのが我が家の祖先だ。戦争で勝利した後も研究と開発を進め様々な魔導具を作り出した。そのおかげで後の革命において庶民から敵視されなかったし、時代が流れて社会制度が変わろうともアルマーク家は魔導具を作り続けてきたというワケだね」


 王政撤廃、貴族制度廃止と社会の在り方が変わっていくと同時にアルマーク家を筆頭に魔導具の開発は進められていく中で、魔導具の開発も庶民と呼ばれていた人達が携わっていく。


 王政撤廃後に訪れた民主主義思想の台頭、時代の流れが進むにつれて人は『魔法使い』の代名詞であった『体内魔力総量』という人体機能の格差すらも排除しようとした。


 その末に誕生したのが人体に秘めた魔力を使用せず、代わりとなる人工魔法エネルギー『エーテル』だ。これによって個人差のある魔力を使う事無く、均一化された魔法出力を実現させた。


 エーテルの登場に伴って『魔法の杖』理論も世から消える。現在ではエーテルを銃弾化させる技術を搭載し、それをぶっ放して人を殺しているという具合である。


 まぁ、魔導車など他の魔導具にもエーテルは使用されているので、武器にのみ使用されているわけじゃないのだが。


 歴史の小話が長くなってしまったが、早い話はアルマーク家が魔導具開発における老舗中の老舗ということ。むしろ、現在の魔導具と密接である生活様式誕生のきっかけとなったのがアルマーク家である。


「君の病室にあった医療魔導具もうちで開発している物さ。まだ世には出していない最新式だよ。それが無ければ君はとっくに死んでる」


 ただ、ランディの話ではアルマーク家は魔導具開発と並行して医療に対する研究も進めてきたようだ。瀕死だった男性が未だ生きて会話出来ているのは一緒に運ばれている機材のおかげ。これが止まると男性の心臓も一緒に止まると告げられる。


 そんな話を聞かせるな、と顔を青くする男性。しかし、ランディはアルマーク家は数多くの病院を建てて経営もしているのだぞ、とちょっとした自慢をにこやかに聞かせてくるではないか。


 話を聞いた男性の脈が高まる中、ようやくエレベーターは目的の階に到着した。


 天井に埋め込まれた魔導ランプで照らされる廊下を進み、行き着いたのは手術室のような場所だった。


「要は、動かない君の体を魔導具で動かす。いや、魔導具と融合させると言った方が正しいかな?」


「ど、どういう事だ?」


 少し不穏な話になってきたと感じたのか、男性の声が少し震えた。しかし、ランディは「心配いらない」と言いながら首を振る。


「我が社の技術を信じたまえ。500年以上の研究成果があるんだ。何も心配いらないよ」


 ランディが男性の顔を覗き込みながらそう言うと、真上にあった手術用の光源が灯った。4つの白い光に眩しさを感じたのか、男性が少し顔を逸らすと看護師が彼の口にカップ型のマスクを押し当てた。


 マスクからは謎の薬品が霧状で噴射され、それを鼻から吸った男性は急激な睡魔に襲われる。


「次に目を覚ましたら名前を決めよう」


 男性の意識が途切れる前、最後に聞いたのはランディの言葉と「キュイイイン」と鳴る甲高いドリルが回転する音だった。

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