第6話 アガムという男
ガーランド国陸軍将校アガム・オレイオン。
歳は50を越えており、茶色の短髪には白髪が混じる。頬には昔戦場で受けた傷が残っていて、鋭い目付きと相まって歴戦の軍人といった風格を持つ。
正式な階級は陸軍大佐であり、事を起こす前までは特殊作戦チームの統括司令とガーランド国軍部の幹部を兼任していた。
だが、今では立派な犯罪者になったと言えるだろう。
「状況は?」
彼はガーランド国首都から数百キロ離れた地、未だインフラ整備も整っていない田舎街にある別荘にて信頼できる部下と話し合っていた。
「ハッ。首都郊外にある倉庫街にて敵勢力の襲撃が起きました。警備を行っていたセイバーのメンバーは全員死亡。トゥルーランド商会から購入した部品は持ち去られたようです」
アガムは上等な木材で作られた椅子に座りながらグラスに入った酒を呷る。敵の襲撃を受けたというのに、表情からは焦りの色は見えない。
彼に現状報告をしていた部下――ガーランド国陸軍少佐であるスタンリーもアガム同様に表情の変化は無かった。彼は赤いベレー帽を脇に挟み、直立不動でアガムへ報告を続ける。
「計画通り入手ルートを分散させていたおかげで、現状でも5発分は生産できそうです」
「想定内だな」
酒を一気に飲み干したアガムが言う通り、彼の考えた計画には敵勢力による妨害は想定済み。何年も掛けて準備してきた今回の計画には余程の自信があるのだろう。
「しかし、本当にガーランド国軍は動きませんね。真っ先に動いたのが他国に所属する者達とは……。皮肉なもんです」
「ふん。この国の軍部や政治家など外国の顔色を窺って生きている連中ばかりだ。現状に満足するあまり、自発的に動かなければ栄光は手にできない事を忘れたのだろう」
アガムはグラスに酒を注ぎ直しながらそう言った。彼は自らをこの国一番の「愛国者」と評価するだろう。
食料供給という安定した経済状況、対テロ作戦を重視して防衛専守に舵を取る軍部。これでは世界のトップを走る大国にいつまでも追いつけない。いつまでも良いように使われるだけの国のまま。
「首都だけの見栄えだけが良くなっていく一方で、地方は未だインフラすらも満足に整っていない。生産した食糧を安い価格で買い叩かれ、新しい産業を作ろうとすれば邪魔される。そんな現状に満足など出来るものか」
ガーランド国の軍人達が危険を伴う任務に従事していようとも給料が安いのは他国からの干渉があるからだ。
大国からすれば多くの実りある土地を持ったこの国は十分に伸びしろがある。食料生産に加えて別の産業も成功させれば一気に大国の仲間入りを出来るだろう。しかし、そうなってしまえば現在の国際的パワーバランスが崩れてしまう。
下から迫って来る脅威を蹴落とそうと大国はガーランド国のような中堅国家達に干渉と圧力を加えて牽制を続けている。
「だというのにッ! あの無能共は他国の言いなりだッ!」
ただ、その干渉と圧力を無視すれば大国は一斉にガーランド国へ仕掛けて来るだろう。内政干渉で制御できないと分かれば戦争を仕掛けてくるに違いない。これを期にガーランド国を属国にして食糧生産地として手を伸ばして来る可能性もある。
それを見越してガーランド国の上層部は現状維持に努めているのだが、アガムからしてみれば「足掻く気すらもない」と見えるのだろう。
しかし、この未来予想にアガムも一時は全てを諦め、他の政治家達同様に国の未来を受け入れようとしていたのも事実。そんな彼の元に神からのギフトが届く。それが廃鉱山で見つかったマナストーンだ。
アガムはこのマナストーン発見を機に計画を練った。その結果、大国が取るであろう選択に対抗するカードとして考えられたのが「エーテル・ボム」だ。都市を丸ごと吹き飛ばす禁断の兵器で、この国を
いや、蹂躙される前にこちらから蹂躙してやろうという考えなのだろう。要は宣戦布告と同時に行う先制攻撃で相手に大打撃を与え、大国の余裕を削いでやろうという事だ。
勿論、彼の未来予想図通りに事が進めばガーランド国は戦争となる。だが、先制攻撃を与えてやれば中堅国家であるガーランド国でも勝機はあると考えたのだろう。
国民が戦争を望まない事など考えもせず、一方的な理想を押し付けた方法。これが彼なりに考えた究極の愛国心。自分が道を示してやればフヌけた自国の政治家達も目を覚ますだろう、と諦めていた考えを再び奮い立たせて今回の計画を練った次第である。
「研究所の警備は特に厳重にしておけ」
再び酒を一気に呷ったアガムはグラスの底をテーブルに叩きつけながらも、落ち着きを取り戻した声音でスタンリーに命令を告げる。
「ハッ。承知しております」
ここから数十キロ離れた山の中にある研究所。そこは既に閉鎖された研究所であったが、数年前からアガムが復旧させてきた。彼が今いる田舎街を拠点にしているのも研究所から一番近い街だからだ。
「スタンリー、お前には感謝している。研究所を守ってくれ。我々の悲願を達成させるために」
アガムは真剣な顔でスタンリーにそう告げた。これが彼の得意とする文句だ。感謝と信頼の念を口にして、何人騙してきたのだろうか。これが本音であればマナストーンを発見した部隊を丸ごと暗殺しようなどと考えないだろう。
「はい。この命に代えても」
ただ、受け取った側は騙されて――いや、洗脳に似たメンタルコントロールを受けている事に気付かない。スタンリーのような職務に忠実で情に厚い人物を選出して手駒にしていることすらも。
その証拠にスタンリーが別荘を出て行ってからアガムの口元が吊り上がる。大国に大打撃を与え、無能な政治家共を排除し、その後は……。
「私が国を変えてやる」
彼の野望は軍事国家としての再建。そして、その舵を執るのは自分。輝かしい野望の果てに、世界すらもひれ伏せる。そんな栄光を夢想しているに違いない。
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