ダイヤモンドヒルズ

@narushisuto2001

第1話 星が丘

子供の頃から高いところが好きだった。

団地のベランダ、公園のジャングルジム、滑り台の上。

家の中より外で遊ぶ事が多かった。

でも、友達はあまりいなかった。

学校内で遊ぶクラスメイトはいたけど、放課後や休日に遊ぶ事は少なかった。

よくある理由、親の転勤で友達ができる前に転校してしまう。

もっとすぐに打ち解ける柔軟な性格だったり、サッカーや野球が得意ならともかく、どちらも持ち合わせていなかった。

外で遊んでも運動は得意ではない。

足もあまり早くなかったし、球技も球が当たったら痛そうだから好きではない。

ただ、外に出て少しでも高いところからあたりを眺めるのが好きだった。

靴の裏に感じる重力から解き放されて無重力になったようなあの感覚がたまらなかった。


そして、小学校5年の夏休み前も転校が決まった。

「来年は修学旅行もあるのに慧がかわいそうじゃない。雫もまだ6か月なのに。」

母はすまなそうにする父に文句を言うも、単身赴任という選択は当時しなかった。

母は自分の実家近くにマイホームを建てたかった。

マイホーム資金と良い土地が見つかるまでは父の転勤に渋々ついて歩いたのだ。


終業式の日の帰りのホームルームで担任が転校をクラスメイトに伝えた。

でも実は一度誕生日会に呼んでくれた前田君には転校する事を話したいたから、クラスメイトのほとんどは知っていたようだ。

いつもクラスを仕切る女子の学級員である吉川さんが代表で寄せ書きを渡してくれた。

彼女は仕切りたいタイプで、特に仲が良かったわけでもないのに寄せ書きを企画してくれたようだ。


多い荷物と、観察用の朝顔と、寄せ書きを抱えて玄関に行くと母が迎えに来てくれていた。


翌日朝早くに住んでいたマンションを出た。

かわいがってくれていた下の階のおばさんが「途中で美味しいものでも食べなさい」と3千円をティッシュに包んで握らせてくれた。

母がすまなそうにお礼を言って、車に乗り、出発した。

振り返るとおばさんがずっと小さく手を振っていた。


お小遣いは途中立ち寄ったサービスエリアでキーホルダーとご当地キャラクターの絵柄が入ったシャープペンシルを買うのに使ったが、残りはきっと貯金箱に入れたと思う。


昼過ぎに今度住む団地に着いた。

間もなくして引っ越し業者も到着してあっという間に荷物を運んで行った。

何もなかった部屋は一瞬で物で埋められた。


まだエアコンも付けれないから暑さで両親がイライラしているのから、窮屈になってベランダに出た。

そこは3階と言えど、子供心に高く感じた。

ずらりと並ぶ同じ形の団地の向こうに小さく街が見えた。


「ちょっと外行ってきていい?」

「えー!この忙しいときに!すぐ戻りなさいよ!」


母の声に適当に返事をして外を出た。

わりと古い団地。

子供が少ないのか、団地内の公園は古い遊具が雑草の中に潜んでいる。

自分の住む棟から高台の公園が見えた。

母のすぐ戻りなさいという言葉を忘れて足が公園へ向かった。

結構急な階段を何段も登ってたどり着いた公園は、団地の公園同様錆びれていたが、

団地のベランダから僅かに見えた街の景色が広大に広がっていた。


思わず息をのんだ。


今まで感じていた無重力感などチープなものだったと思わせる衝撃。


自然とジャングルジムに向かっていった。

一歩ずつ、一歩ずつ、丁寧に足をかけて、頂上の手前で一度目を閉じた。

そして深く息を吸って、吐くと同時にゆっくり目を開けた。


風がビューと音を立てて吹き付けた。

木々がざわざわとざわめいた。

鳥だ。


この感覚は鳥だ。


その日は眠れなかった。

あの感覚が忘れられなくて。


次の日も朝、母の目を盗んでは公園に行った。

昼ご飯を食べて、散策してくると言って公園へ行った。

他の子どもが来る様子はない。


時々、犬の散歩で大人が通り過ぎるくらいだ。


秘密基地みたいで気分が良い。

許されるなら何時間でもここにいたい。


次の日も、雨の日も、雨上がりも、1週間の間に日に何度も通った。


その日も同じように昼ご飯を食べて公園にきた。

ジャングルジムに上って、頂上で腰をかけて街を見下ろしていた。


ぼーっとしていると、キキー!!っという金属音が鳴り響いた。

その音に我に返って、心臓がバクンと脈打った。

その衝撃で足を滑らせ、落ちてしまった。

どんな落ち方をしたのか全く分からないけど、気が付いたら背中が痛くて

呼吸ができなかった。


「僕!大丈夫かね?!」


おじいさんが古い自転車をギーギー言わせながら駆け寄ってきた。


「ど、どこの子だ?!大丈夫か?!」


聞かれても呼吸ができないから声も出ない。

そこに柴犬を連れたおじさんが近くに来た。


「どうした?!」


「この子が遊具から落っこちたみたいだ。参ったで。とりあえず急いで救急車よばにゃ!」


「ああ、今携帯で呼ぶから!」


おじさんが黒い携帯電話をポケットから取り出し、救急車を呼んだ。

その間、おじさんの飼い犬が匂いを嗅ぎに顔に鼻をつけてきた。

犬の匂いをダイレクトに伝わり苦しかった。


「この子どこの子か知ってるか?」


「いや、見かけない子だな・・僕、喋れるか?」


問いに首を横に振った。

言葉が出ない。


すると、もう一人おばさんが駆けつけてきた。

「どうしたの?!」


「どうもジャングルジムから落ちたようだ。救急車呼んだけど、家がわからん」


「見かけない子ね。そうだ、私のところの向かいの棟に先週引っ越しのトラックきてたわ。僕、もしかしてそこの子?」


首を縦に振ることしかできなかった。


ほどなくして救急車がきた。


そこから先どうなったかは記憶にない。


目が覚めたら病室だった。


左腕がギプスで固定されていた。



全身に痛みを感じるまで数十秒かかった。

自分がどこにいるのは全然見当もつかない。


「慧!」


母の声がどこかから聞こえた。

すぐに手を掴み僕を怒鳴った。


「ばかっ!一人で遊ぶときは危ない事しちゃだめだって言ってるでしょ!」


「どうしたの?」


「どうしたのじゃないわよ!あなた公園のジャングルジムから落ちて、たまたまご近所の人が通りがかったから助けてもらったのよ!」


「いたっ!」


母が感情的になって体を揺すった衝撃で激痛が走った。


「痛いくらい我慢しなさいよ!足、複雑骨折だって。2週間は入院が必要だからね。」


「え!そんなに?夏休み終わっちゃうじゃん!」


「しょうがないでしょ。とにかく、病院でおとなしくしてなさいね。母さんも毎日来るから。」


その日は母が泊まって付き添ってくれたけど、痛みと初めての入院で眠れなかった。

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