モノクローム・トリップ
@Sasuke_notNINJA
第1話
今日も授業が終わった。終礼後の黒板掃除に当たっていた僕は、皆が帰る姿に背を向けながら隅々まで書かれた文字を消した。掃除が終わり振り返ると、教室には僕と染谷さんだけだった。
染谷さんは学年トップを誇る学力の持ち主で、端整な顔立ちでありながら社交的でクラスの人気者。そんな勉強熱心な染谷さんは放課後になると、必ず毎日一人で勉強している。まさに『才色兼備』とはこのことだと思う。――まあ、色なんて教科書でしか見たことないけど。
「前林くん?」
染谷さんが話しかけてきた。学年のヒロイン的な人とクラス内の三軍ど真ん中の僕が教室で二人で会話するなんて、アイドルグループのエースと選抜漏れ古参研究生でシングル出すくらい異例なものだ。
「そ、染谷さん。どうしたの?」
まるで新人俳優の稽古芝居のように返答した。
「前林くんはさ、これ見てどう思う?」
すると染谷さんは、歴史の教科書に載っている写真を見せてきた。そこに写っていたのは、青い空の下にある赤いお寺の後ろに聳え立つ大きなタワー。東京スカイツリーが建設された時の写真だ。
「スカイツリーがどうかしたの?」
僕は染谷さんの質問に合致するほどの疑問はなかった。
「やっぱ、そうだよね……」
染谷さんはそう呟くと、窓側の席に座り外を眺めた。
「前林くん、空って本当に青いのかなって思わない?」
確かに空が青いのは教科書の写真でしか見たことない。大昔の人や風景はすべて絵で書かれていて、数千年前の人や風景は白黒の写真から綺麗な色のついた写真ばかりだ。
そして僕たちが生まれる数百年前、突如宇宙で起きた中規模な爆発をきっかけにこの世から色は失われたと言われている。ゲーテの『色彩論』でいう"――光と闇が色を生み出している――"の『闇』が爆発により失われたらしい。
「確かに……」
僕はあまりに高度な内容に言葉が出なかった。でもここで引き下がったら、染谷さんと二人で喋るチャンスはない。
「赤点とかも赤を見ることないのにね。黒板はそもそも真っ黒だから分かるか――」
「だよね! 前林くんは分かってくれるんだ。嬉しい!」
奇跡的に付け焼き刃な僕の回答に食いついてくれた。そこから染谷さんは僕に『色』ついて沢山話してくれた。夜を合図するチャイムが鳴り、時間が経っていたことに気づいた――。
帰り道が一緒だったことも、この日に知った。さりげなくその事実を会話に入れたいが、染谷さんは道中も先程の続きを話している。そして、分かれ道に差し掛かると染谷さんは僕を見つめた。
「来週からの夏休み、一緒に色を探しに行かない?」
染谷さんが夢中にしていた色の話の延長戦だが、僕には一世一代の革命が訪れたとしか思えなかった。僕は大きく頷いたその瞬間、自分の鼻に違和感を覚えた。
「前林くん、鼻血出てるよ?」
僕の鼻は、真っ黒になっていた――。
***
夏休みに入り、僕と染谷さんは約束通り色を探すことにした。とはいえ、沢山の手掛かりが必要なため初日は図書館へ入り浸った。僕はこの日に向けて色の勉強をこっそりしていた。まるで彼女が好きなモノを共有したいがために知ろうとする彼氏のように、いつも退屈だと感じていた図書館もこの日は居心地が良かった。
「前林くん! これを見て!」
染谷さんが開いていた本を見ると、そこには古びた簡易な地図と祠の写真があった。頁を捲ると『極彩郷』と呼ばれる色を失ったと言われるこの世界の裏で存在する色鮮やかな世界の説明が書かれていた。
「極彩郷? ユートピア的なところかな?」
「私もそう思ったけど、地図もあるし架空の存在では無さそうなんだよね」
その後の頁を捲ると祠から『極彩郷』へ向かう人達の絵が載っていた。しかし、後は説明だけで実際の写真などは載っていなかった。
「やっぱり空想上の話か……、光と闇が存在しない限り色は生まれないもんね」
僕は諦めた口調で染谷さんに言った。
「前林くん……」
流石に染谷さんも諦めたかなと思い、励ましの言葉でも掛けようとした瞬間
「でもここに行けば、青い空も実際に見れるかもしれないよね!」
染谷さんは諦めるどころか希望に満ちた眼差しで僕に言った。
「決めた! 次の日曜日、ここに行こう!」
「えっ、行くの?」
「うん、前林くんは行かないの?」
「いや、行きたいけど。確か美術の授業でも僕たちって色を見るのは危険って習ったというか……」
白と黒しか存在しないこの世界で生きている僕たちの世代は、実際に色鮮やかな環境へ生活すると脳に影響を及ぼす危険性があるとされている。その恐怖もありながら、この目で見てみたいという思いもあった。
「わかった! 私一人で行ってくる!」
「危ないよ! それなら僕も行く!」
「怖いんでしょ? 危険な思いさせてまで付いてこなくていいよ。それに私はどうしてもこの目で色を見たいの……」
そう言うと、染谷さんは開いていた本の他に数冊の本を片手に持ち精算所へ向かった。染谷さんがこの目で色を見たい理由を今までの会話から考えた。その瞬間、僕はあることに気づいた。
「染谷さん! 僕も行く!」
「えっ?」
「行こう! 僕も確かめるよ。色の無いこの世界の裏にある極彩郷に、それがあるか」
僕は染谷さんの手元を指差した。染谷さんは手元の本を見つめて大きく頷いた。
「じゃあ、次の日曜日ね!」
「うん。実際に確かめよう。その極彩郷というパステルワールドで――」
「いや、パラレルワールドでしょ? 色に引っ張られすぎじゃん」
染谷さんはツッコミも上手だった――。
***
日曜日になり、僕と染谷さんは地図を頼りに祠へ向かった。そこには写真と同じように祠が存在しているだけだった。
「やっぱり、一説に過ぎないのかな」
染谷さんは廻りを見渡し言った。手掛かりになりそうなものは何もない。
「なんだ? 冷やかしか?」
声のする方へ振り向くと、大量のヒゲを生やした仙人のような男性が話しかけてきた。
「いや、僕たちはその――」
「極彩郷に行きたいんです!」
染谷さんは男性に強く言った。
「ほほう、お主達はそれなりの覚悟があってきているようだな?」
男性は僕たちが手にする本に指を差し言った。僕と染谷さんは男性へ今回の目的を伝えると、すぐさま了承してくれた。
「では、今から極彩郷へ行く道を開くが本に載ってないであろう注意点を書いたメモを渡す。絶対に守ることだ」
メモには三つの注意点が書かれていた。
・極彩郷は時間の進みが早いということ。たった半日でこの世界は一月進むことになる。
・写真や記録は二つ以上残さないこと。残した時、この世界に戻れなくなる。
・この世界へ戻るときは白か黒のものを全身に纏うこと。その瞬間、この祠の前に返される。
メモを貰うと、目の前の祠が開き大きな光が放たれた。
「前林くん、行くよ!」
「うん!」
僕たちは手を繋ぎ光へ飛び込んだ――。
***
「前林くん! 起きて!」
目を開けるとそこには肌に色のついた染谷さんがいた。目を何回擦っても色がついていた。
「ほら! 空が青いよ!」
辺りを見渡すと空は青く、木の葉は緑色で、街中は本で見たような色鮮やかな世界だった。このままゆったり染谷さんとデートをしたい気持ちはあったが、男性のメモを思い出した。
「ここは時間があっという間に過ぎるんだよね。染谷さん行こう!」
「うん!」
僕たちは町中に出た。肌こそ色はついたが僕たちの服は白黒のままだ。すれ違う人々は色とりどりの服を着ていて、髪の色も豊富だった。
「この町には絶対ある!」
染谷さんはそう確信すると、様々な服や布を置いているいかにも古そうなお店を見つけた。染谷さんは透かさずこの店に入った。僕も後を追いかけた。
「すいません!」
すると、中から独創的な服を纏った女性が現れた。女性は仏頂面で僕たちの全身を隈なく見た。
「あんた達、元の世界に帰りな!」
女性は我々の世界を知っていた。平行して存在することは、極彩郷の人達も承知済みだったようだ。
「染谷さん、もう帰ろ?」
「すぐ帰ります! 帰る前に聞かせてください、貴方のルーツを!」
染谷さんはカバンから棘の付いた棒の取り出した。見たことないが、端を見る限り折れているように見えた。
「この張り手……、あんた」
張り手には薄く文字が書かれていた。よくみると?"――染谷香織――"と書かれていた。
「染谷香織は、私の遠い先祖に当たります。まだ我々の世界に色が存在した時、私の先祖は染め物で名を轟かしていたそうです。しかし色が存在しなくなって、我々の先祖は生き場を失い染め物という文化は完全になくなりました」
染谷さんは涙を流しながら女性に話した。染め物は極彩郷では上級職に値している。それは染谷さんが図書館借りてきた本の中にも記載されていた。
「私の世界で光と闇が再び共存しない限り、この名の行き場はありません。なのでどうか、極彩郷の世界で染め物を極めている貴方にこの張り手を持って頂きたいです。これが貴方ですよね?」
染谷さんは、図書館で借りた極彩郷の本に載っていた女性を指差し言った。
「わかった。この文化は私に任せて。そしてここまで辛い思いまでして伝えてくれてありがとう」
染谷さんは女性に抱きつき泣いた。僕は涙に色はないことを知った。
「あんた達、まだ何も記録残してないよね?」
女性はそう言うと、僕たちを外へ誘導した。外は太陽が大きく光を放ち、暖かい色に包まれていた。
「夜が近づくとこんな色になるんだね!」
染谷さんは目を輝かせてた。喜んでいる姿に見惚れていると、後ろからシャッター音が聞こえた。
「いい感じじゃん! これ持って帰りな!」
写真には黄金色の空を眺める染谷さんと、それを見つめる僕は黒く影がかかっていた。
「まるで光と闇の共存だな!」
女性は笑いながら写真を渡してくれた。帰りの手配も女性がしてくれた。お店の裏にあるびっしり溜められている塗料の海に入るのが一番手っ取り早かった。
「もっと楽な帰り方ないの?」
「文句垂れてる間にも、あんた達の世界は進んでるんだからさ!」
塗料に飛び込むのを躊躇する僕たちの背中を押し女性は言った。
「改めてありがとう、こっちは私に任せな!」
僕たちの目の前は真っ白になった――。
***
「大丈夫ですか! 意識はありますか!」
目を開けると沢山の大人たちが僕を囲っていた。僕の両親もその中に居て涙を流していた。横で染谷さんはご両親に抱きつかれていた。どうやら夏休みの最終日になっていたらしい。
次の日、僕たちの事は学校中で噂になった。といっても極彩郷の件は全く触れられず、僕と染谷さんが付き合っているという年頃ならではの噂だ。その件に恥ずかしがっている僕と対照的に、社交的でツッコミも上手な染谷さんはさすがの対応力だった。
帰り道、染谷さんは僕が恥ずかしがっていることを指摘してきた。
「前林くんって、すぐ照れるよね?」
「いや、そんな恥ずかしいじゃん」
「あれ? 今も顔赤くなってるんじゃない?」
「なってないし、この世界に赤なんて存在しないじゃん」
「確かに、でも極彩郷へ行った私には見えるもんね」
極彩郷へ行ったことは、この先も二人だけの秘密に留めた。
***
私は、ごく一般の家庭で暮らす女子中学生。趣味は最新の写真アプリを駆使して、色のないこの世界に自由自在に色をつけてSNSに投稿して遊んでいる。最近のインフルエンサー達によって流行っている遊びだ。
「ママ! 見てこれ、色合いやばくない?」
「うーん、ちょっと派手すぎない?ここはこの色にすると……」
「ママ凄い! こっちの方が綺麗だね!」
私のママの色遣いはとってもセンスが良い。だってこの遊びが流行る前から、この部屋に飾ってある夕陽に映るパパとの写真を撮っていたのだから。
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