3章 5話 だれ場

 憂鬱だ。

 薄々気づいていた事だけど、俺は他のクラスの人達から嫌われているようだ。好かれていない程度だと信じたかったが、まさか嫌われているとは……。


 本館に向かう足取りが重い。


「俺が何をしたっていうんだ」


「そこまで落ち込む必要は無いぞ、委員長。俺達がいるじゃないか。たとえこの学校中から嫌われたとしても、俺たちは委員長の仲間だ。そうだよな、安長」


「勿論ですよ。元はと言えば私達が悪いのですからね」


 私達が悪い? もしかして何か知っているのか。


「どういう事だ?」


 浦島の目を覗き込むと顔ごと逸らされた。


「そんなに目で見られると恥ずかしいな。分かったよ。話すからそんなに睨まないでくれよ。委員長は1年6組の中で部活動に入っている人を知っているかな?」


 部活動か。当然だけど普通の高校には部活があり、この高校もその例に漏れない。だけど俺は部活に入っていない。その理由は単純に強制ではないからだ。


 それでなくともクラスメイト案件で忙しいのに、部活にまで入っていたら体がもたない。当然ながらいつも一緒にいるフューレも部活に入っていない。

 必然的に俺とフューレの会話の中で部活の話が出てこないから、その存在を自然と抹消していた。


「知らないな。誰が部活に入っているんだ?」


「誰も入っていないよ。1人としてね。俺達は表立って活動するのは、色々と問題があるからね」


「確かにそうだな。部員がクラスメイトの中で完結しているのなら隠しようがあるけど、一般人が混ざってくると年齢も出身も、隠さなきゃならない事が多すぎる。

 大会にも出られないし。でも誘いは来ているんじゃないか? 特に入学式後すぐにあったオリエンテーションで、相当な活躍をしたクラスメイトは多かっただろ」


「その通りだ。最終種目のリレーで活躍した人は、全ての運動部から勧誘を受けたらしい。

 他にも個人の趣味としてした事が注目されている人もいる。音楽活動をしている【ドリッドリン】もその1人だ」


 ドリッドリンは宇宙出身の【レプティリアン】だ。音楽活動をしているのか。そんな事もあるか。

 リアナの侍女をしているミリアナが、フードバトルで名を馳せていると知ったのは最近だしな。

 だから俺が知らないクラスメイトの活躍は、きっと沢山あるのだろう。

 

 クラスメイトの活躍は喜ばしい事であるけど、俺が嫌われている理由にはならない。


「それでどうして俺が嫌われなくちゃならない?」


「簡単な話さ。俺達は勧誘された時、委員長に止められていると断っているからだ」


「いやいや待ってくれ。俺はそんな指示を出していないぞ」


「委員長はオリエンテーションの時に、あまり目立たない方が良いと言っただろ。それに関しては俺達も同意見だ。

 まだ目立つべきではない。そう思っていても勧誘は来てしまう。その度に断る言い訳を考えるのも面倒だから、委員長に止められているという言い訳を全員が使う事にしたんだ。

 黙っていてごめんね」


 嘘だろ。知らないうちに俺がクラスの絶対支配者みたいになっているじゃないか。運動神経は抜群に良い、成績は上位を独占している。

 そんな素晴らしい人材を俺がせき止めているとあっては、部を盛り上げたいと真剣に考えている部長からは嫌われても当然だ。


「もしかしてフューレも聞いていたのか?」


「あはは、委員長には悪いと思ったんだよ。本当だからね。でも皆がそう言っているし、僕も便乗すれば楽でいいなってね。2回ほど使っちゃったかな」


「お前もか! 過ぎたことを責めてもしょうがないけど、俺は普通の高校生活を送れないだろうな。悲しい」


「大丈夫だよ。委員長には僕が、僕達がいるんだから」


「昨日も聞いたその言葉、昨日よりも心に刺さるよ。辛い」


 こんな話をしている内に本館に到着した。今から俺の事が嫌いな人に見られながら、『饅頭こわい』を再現しないといけないのか。


 仕方がないけどやりたくないな。


 足を止めた俺を、安長が追い越していく。


「私は先に行きますね。屋上で視ていますから、委員長さんも頑張って下さいね。委員長さんになら任せられるって、私信じていますから。お願いしますね」


 安長は笑顔でそう言うと、控えめに手を振って本館に入っていく。溢れ出る母性に、俺が嫌われている事なんか些細な事のような気がしてきた。

 

 そんな聖母のような安心感を得られる安長と入れ違いに本館から出て来た、3人の茶髪の学生が浦島の顔を見ると駆け寄ってきた。


 その中の最も眉毛を細く切り揃えている学生が口を開いた。


「おい浦島じゃねえか。どうしたんだよ。そうだ! 夏休みさあ、この前の合コンで知り合った女と海にさあ、行くことになったんだけど、浦島も一緒に行こうぜ。行くよな」


 は? 


 眉毛が細い学生に呼応するように、ピアスの穴が開いている学生が浦島の肩を掴んだ。


「そうだよ。一緒に行こうぜ。つうか浦島が来ねえなら俺は行かねえ。それぐらいの気持ちだから。友情っつうやつ?」


 眉根の細い学生がピアスの学生の頭を叩いてから、両手の親指を自身の胸に向けて立てる。


「おいおい、俺たち3人の1年来の友情を捨てるのか」


「ごめんって。冗談だってば。浦島が行かなくても俺は行くぜ」


「何言ってんだ。反対だぜ。お前が行かないなら俺も行かねえ。当然だろ」


「最高! やっぱ俺、お前達との友情に感謝」


 マジかこいつら。文化圏が違い過ぎて頭が追い付かない。


 眉毛の細い学生が浦島の胸を指でつつく。


「行こうぜ! 海!」


「予定次第だね。決まったら教えてよ」


「だったら浦島の行ける予定を教えてくれよ。ぜってえその日を合わせるからよう」


「それ最高」


「分かったよ。家に帰ったら予定を確認してメールを送るよ」


「了解。待ってるぜ。じゃあな」


 茶髪の3人の学生は全員が一列に並んで、次々と浦島の背中を叩いて校門に向かって歩いて行った。


 何だったんだ。

 

「今の人達との関係は?」


「委員長が心配するような悪い関係では無いよ。1カ月ぐらい前だな、ストリートボールで彼ら3人と俺1人で戦って勝ったんだ。

 それからというもの懐かれてね。定期的にお誘いが来るようになった」


「友好関係がクラスの外に出るのは良い事だ。思っていたのとは違うけどな」


「良かったら委員長も来るかい?」


「気を使わないでくれ。俺はあの空気に耐えられそうにない。せっかくの夏休みなんだ。楽しんできてくれ」


「その為にも委員長が泥をかぶってもらわないといけない。大丈夫かい?」


「ここまで来ておじけづきはしないよ。さあ行くか」


 俺は足を踏み出して本館に入る。


 ここからが本番だ。


 暫く歩いていると人通りが多くなり、それと同時に俺を見る人の目も多くなる。俺はアイコンタクトを浦島に送る。


「俺は物を無くすのが怖くてね。だから家に物が少ないんだよ。フューレさんは怖いものはあるのか?」


「僕は海苔が怖いかな。黒くて少し透けていて、何か分からないところが怖いかな。委員長はどうだい? 何か怖いものはある?」


「怖い物だって? ある訳ないだろ。俺達人間はこの世界の頂点の存在なんだ。それが何を怖がる必要がある? 

 物を無くすのが怖いなら、家を物で溢れさせたらいい。そうすれば1つ無くしたところで気にならない。海苔が怖いのならふりかけでもかけてやれ。星が輝く夜空に見えて綺麗じゃないか」


「ははは、さすがは委員長だね」と浦島が笑うと、俺は立ち止まって震えて見せる。


「いや、怖いものがあった。あれだけはだめだ。俺の心が絶対に近づくなと言っている」


「委員長にも怖いものがあるんだな。教えてくれよ」


「いや、それは出来ない。口にするだけでも恐ろしい」


「そう言わずにさ。俺が知っていれば、委員長にそれが近づくのを阻止できるかもしれない」


「仕方がねえな。饅頭だよ。饅頭が怖い」


「饅頭だって? 委員長は饅頭が怖いのか!」


 浦島は敢えて大声で言う。周りの生徒に聞かせる為だ。


「そんな大声で言わないでくれよ。だめだ、言葉を聞いたら気分が悪くなってきた。悪いけど屋上で休憩させてもらうよ」


 俺は速足で廊下を進み、階段を1段飛ばしで駆け上がる。

 もしこの行動で監視役の安長が何かを視る事が出来たのなら、覚悟を決めてこの戦いに勝つ為の賭けに出る。

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