2.5章 5話 大判ピザ対決 踊るペンギン
フードバトルは終盤に差し掛かろうとしている。
ミリアナさんとペンギン伯爵との差は想像しているよりも開いてはいないものの、ペンギン伯爵優勢は変わらない。
だが勝っている筈のペンギン伯爵には苛立ちが見える。それはペースを変えずに平然とピザを食べ続けるミリアナさんにある。
ミリアナさんは怯む事も臆する事もなく、運ばれてくるピザをナイフとフォークで黙々と食べ続けている。
ミリアナさんの細い体のどこにピザが収まっているのか。横で見ていて恐怖すら覚える。
もしも俺がペンギン伯爵の立場なら、平静を保ってはいられないだろう。
ペンギン伯爵はピザを丸呑みにすると、手をセコンドに差し出した。すると気の弱そうなセコンドの男は、カバンの中からコップを取り出して白い液体を注ぎ込むと、ペンギン伯爵の手に握らせた。
ペンギン伯爵がそれを一気に飲み干すと、口ひげに白い跡が残った。それを見た司会の古宮が叫ぶ。
「出ました!! ペンギン伯爵のもう1つの姿! フンボルトペンギン形態だ! これは滅多に見られない、敵を叩き潰すための最後の一手。
フードバトルの終盤、清白クイーン相手に使ってきました。天坂さん、ペンギン伯爵は本気だという事で宜しいでしょうか?」
「はい。間違いないでしょう。
フンボルトペンギン形態とはペンギン伯爵が牛乳を飲み、口ひげに牛乳が付着した姿を見てそう言われるようになりました。
牛乳を飲む事で口内がリセットし、喉の通りが良くなる効果があるそうです。しかしこれは諸刃の剣になります。何故なら胃の中に食材以外を入れる事になるからです。
普段は余裕を残してフードバトルに勝利するペンギン伯爵にとって、清白クイーンはそれだけ脅威だということです」
「しかし現状では清白クイーンの勝利は薄いように見えますが、秘策などはあるのでしょうか?」
「それはわかりません。データがありませんから私は見守るだけです」
「わかりました」
天坂の解説の通り、ミリアナさんに勝ち目は無いように思える。
ミリアナさんは食べるペースは全く落ちていないけど、それはペンギン伯爵も同じだ。この調子で進んだ場合、今の差と終了後の差は変わらないだろう。
俺に出来る事は無い。見ている事しか出来ない。
初めは見ているだけだから楽だろうと思っていたけど、見ているだけだからこそ悔しいという気持ちになってしまう。
俺は不甲斐なさにただ唇を噛み、拳を握って俯いてしまった。これではだめだ。成り行きでセコンドになっただけの男でしかないけど、最後までミリアナさんを見ていなければならない。
ミリアナさんと同じように堂々として。
気合を入れなおし背筋を伸ばしてミリアナさんを見ると、なんと目が合った。するとミリアナさんは頷いて見せたので、俺も頷き返した。今のは何だったんだ?
ミリアナさんは俺から視線を外すと、驚く事にピザを食べる手を止めて口を開いた。
「ペンギン伯爵。お聞きしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
ペンギン伯爵はピザを飲み込み、次のピザを手に取るその間に答える。
「何でしょうか? 諦めましたか?」
「あなたはどうして大食いをするのですか?」
ペンギン伯爵は更にピザを飲み込む。この間、ミリアナさんは一切れもピザを食べていない。
「フフッ、私ですか。簡単な事です。
多く食べるとはそれ即ち、裕福であることの証明です。人は裕福だから過剰に食べられるのです。
更に必要以上に食べるというフードバトルは、その裕福を上回る行為なのです。私が裕福を超えた場所にいる事を、見せつけるための行為です」
「自己顕示欲、という事ですか……。味や盛り付けはあなたにとって意味をなさないのですね」
「そんな意味のないものに興味はありません。
あなたのように美しく食べたところで、腹に入ってしまえば同じ事。あなたは自身の美しさを守りたいから、そのような食べ方をしているのでしょうが、自己満足もいいところ。
結局は良く見られたいだけではないですか。例えばそこのいる方にね」
ペンギン伯爵が横目で俺を見る。ずっと勘違いをしているけど、ミリアナは同級生の侍女というだけで、そんな親密な関係じゃなんだけどな。初めて会ったのは昨日だし。
でもミリアナさんぐらい綺麗な彼女がいたら楽しいだろうな。普通のクラスだったらなぁ。
「伯爵と呼ばれている割には、品性が抜けているようですね」
「フードバトルに品性は関係ありませんよ。勝てば官軍なのです。フフッ、どう格好をつけようがね」
「食というのは、その国が持つ文化そのものと言っていい。
つまりフードバトルは多くの文化を味わう事。それは世界を知る事に繋がります。だからこそ私はせめて正しく食べます。
失礼に当たらないように、食の向こうに広がる世界を眺めながら。あなたは他者に感謝する気持ちが足りていません」
「感謝をしてどうなるというのです。日々の感謝だけで人は生きられない」
「あなたの根底には救いきれない劣等感があります。
それを忘れるために自暴自棄になっているだけではないですか。あなたは食に八つ当たりをしているだけなのです」
「なんだと」
ペンギン伯爵はピザを握りつぶした。どうやらミリアナの言葉はペンギン伯爵の古傷を抉ったようだ。
「あなたは物言わぬ命無き物に鬱憤を晴らしているだけなのです。命のある他人に対しては、威勢を張る事しか出来ない憐れな人なのです」
「言わせておけばペラペラと。あなたがどれほど弁舌を尽くしたところで私たちはフードバトルをしているのです。
弁論大会ではない。負け犬の遠吠えなど、私の耳には入らない」
「それではあなたに勝ちましょう。完膚なきまでに」
「言うは易く行うは難し。あなたでは勝てない差が、既に開いています」
「それはあなたが私の限界を知らないからそう言えるのです。ピザを味わうのは、そろそろ終わりにしましょうか」
ミリアナはそう言うと口を大きく開けて、丸めたピザを1口で食べてしまった。しかも食べ終わるのにかかる時間は、1枚換算でおおよそ倍だ
ミリアナは約20分間、ペンギン伯爵との差を調整していたようだ。これには実況の古宮も前のめりになった。
「ここに来てのペースアップだ! クイーンの胃袋には限界は無いのか! 天坂さん、こんな事、聞いていませんよ!」
「どうやら清白クイーンの実力を見誤っていた、いや全く見えていなかったようです。これは目が離せませんね」
「どうするペンギン伯爵。清白クイーンの猛攻から逃げ切る事はできるのか」
ペンギン伯爵に先程までの余裕の一切が無くなっていた。咳き込みながらも必死にピザを口に入れる。その必死なペンギン伯爵は目を充血させ眉を吊り上がらせ、まるでイワトビペンギンのように変わっている。
一方のミリアナは汗一つかかず、澄ました顔で次から次へとピザの皿を積み上げていく。その迫力にはフードバトルに対して熱狂的な観客に息を飲ませた。
フードバトルが開始してから28分が過ぎた頃、ペンギン伯爵はピザに手を伸ばした状態で動きが止まる。全員の視線がペンギン伯爵に集まったその時、ペンギン伯爵は抵抗無く机に倒れこんだ。
ペンギン伯爵のセコンドが駆け寄って揺さぶるが動かない。観客達の中に不安の空気が漂い始めたのを察知したのか、ペンギン伯爵は突然起き上がった。
同時に、フードバトルの終了を知らせるベルが店内に響き渡ると、司会の古宮が声を上げた。
「フードバトル、終了です!! ペンギン伯爵さん、大丈夫でしょうか」
ペンギン伯爵は即座に自分がどうなっていたのか悟ったようで、ため息交じりに答える。
「問題ありません。情けない姿をお見せしました」
先程まであった威勢はどこにもない。自慢の口ひげも力なく垂れているように見える。それもその筈だ。フードバトル中に意識を失い、そして……。
「では結果を発表です! ピザ3枚分の差で勝利したのは……、清白クイーンだ!!!」
司会者に言われるまでもなく、それは机に積み上げられた皿の数で明白だ。
しかし、勝者が発表された瞬間、店内と店外の誰もが歓声を上げた。重要なのは誰もが勝者を確認する事なのだ。
その為の司会者発表という手順が踏まれた事で、全員が確信をもって歓声を上げたのだ。
どういうわけか、俺は自然とガッツポーズを取っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます