2.5章 6話 VS星洞町の8本ナイフ 聡
ミリアナの勝利で沸き立つ店内では、司会者の古宮と解説者の天坂が今回のフードバトルの総評を行っている。
こうして改めて見る天坂は、興味がない話をしていても目を奪われるほどに、アイドルと言うかタレントしての輝きを放っている。
一挙手一投足を逃したいという気分になる。
これがテレビの前ならば釘付けになっていたが、今はセコンドとしてここにいる。
「ミリアナさん、お疲れ。ここまでの事になるとは思わなかった。立てるか?」
「ありがとう。問題ありません」
ミリアナさんが笑みを俺に向けた時、観客の中からこちらに向かってくる人影を目の端で捕らえた。
そしてその人影が言葉を発したその時、観客の歓声はざわめきに変わった。
「エクセレント! 少しばかりの暇つぶしだと思って、ペンギン伯爵のバトルをウォッチしに来たのだけど、まさかコンプリートヴィクトリーするとはイマジネーション出来ていなかった」
その声の主は片手に帽子を持った髪の色が3色の男だ。髪の中心は黒、右側は紺色、左側は赤色だ。
またおかしな奴が出てきたぞ。もしかして……。
「ソーリー。エキサイトが過ぎて自己紹介が遅れた。マイネームは聡。マイファンにはこう呼ばれている。フードバトル四天王、【星洞町の8本ナイフ 聡】とね。お見知りおきを、清白クイーン」
聡は帽子の胸の前に置くと背筋を伸ばしたきれいなお辞儀をした。
やっぱりだった。今のところ四天王の半分が変な奴だ。残りの2人も変だったら疲れる。
「ペンギン伯爵は決してウィークではない。
クイーンが想定を超えていたという、シンプルなストーリーだ。そんなペンギン伯爵から聞いたのだけど、クイーンは僕達四天王にチャレンジするらしいね」
「私をこれまでのように追うつもりなのでしたら、そうさせていただきます」
「ハハハ。僕はチェイスしたつもりは無いのだけど、ファンが僕とクイーンとのバトルをイクスペクトしているそうだ。
ファンに答えたくなるのが僕のキャラクターだからね。クイーンがその気ならば、僕はチャレンジを受けさせてもらう。
アンサーはここでしてほしい。僕には僅かばかりのタイムしかないからね」
聡は机の前まで来てそう聞くと、口角を上げてミリアナを見下ろした。
「手間が省けますので、その提案を拒否する気持ちはありません」
「グッド!」
その瞬間、観客から歓声が上がった。カメラの横にいるプロデューサーがガッツポーズをしている。
「では日時は明日の午前9時、多田篠公園バーベキュースペース、形式は大食い30分、食材はホットドッグでいかがでしょうか?」
ミリアナさんは「そうですね、私はその条件で構いませんが……」と俺を見る。すると視線が俺に集中した。
決定権は俺にあるのか? 明日は学校が無いのに早起きか。嫌だな。
「ミリアナさんが問題無いのなら」
ミリアナさんは一度頷いてから聡を見上げる。
「との事ですので、その条件であなたに挑戦させていただきます」
「オッケーだ。その挑戦を受けて立つ。トゥモロー、楽しもうぜ」
聡は両手を広げると弾むように後ろに3歩下がってから、体を回転させて店を出ていく。プロデューサーが急いで聡の後を追って行った。おそらくは明日の撮影許可についての相談だろう。
それにしても聡は、オーバーリアクションと英語交じりのおかしな話口調に、変わった髪型。俺はフードバトルについていけそうにない。
まあ俺は横に座っているだけだから、ついていく必要は無いだろう。他人事として楽しめむぐらいが丁度良い。
―――――――――――――――
そして翌日の午前8時30分ごろ、私服の俺とメイド服のミリアナさんは事前に待ち合わせをして、多田篠公園には揃って足を踏み入れた。
あまりにも広い多田篠公園の、初めて入るバーベキュースペースなので辿り着けずに彷徨っていると、異常な人だかりを発見した。
人気歌手のライブでもするのかと思えるほどの人の数だ。地図を見るとそこがバーベキュースペースのようだ。
この人混みの中を通って行くのかとミリアナと顔を合わせると、俺たちを見つけた観客が寄ってくるでもなく道を開けた。
それに続いて周囲の人々も同様に道を開けて、遂には1本の道になった。昨日のイタリア料理店でも同じ事があった。
どうやらフードバトルファンはマナーが良いらしい。
俺とミリアナさんは拍手と喝采のトンネルを通って、フードバトル会場に到着した。
そこには2台の机を中心にした円形の開けた空間になっていた。
観客の手前に立てられた細いポールには紐が張られている。その紐が観客とフードファイターを隔てる為の境界のようだ。
その机の上には絨毯のように敷き詰められたホットドッグが並び、その奥には星洞町の8本ナイフ 聡が席についていた。
そして観客に近い位置にも机が用意されていて、そこには既にアイドル兼解説の天坂と、アナウンサー兼実況の古宮が座っている。
俺たちの姿を確認した古宮が吠える。
「ついに姿を見せた! 清白クイーンの登場だ!!」
それに呼応して、観客が雄叫びに似た歓声を上げる。
ミリアナは「本日は宜しくお願い致します」と言って頭を下げると中心の机に歩き出したので、俺も軽く頭を下げてから後を追った。
「役者は揃った! 清白クイーン対四天王の第2試合目! 復活したクイーンの猛攻はここで終わるのか。
それとも3試合目に駒を進める事が出来るのか! 川中島の戦いは始まったばかりだ。この奇跡の試合の実況と解説は昨日の対ペンギン伯爵戦に引き続き、アナウンサーの古宮と」
「アイドルをしています天坂の2人でお送りします」
「天坂さん。クイーンは2日連続のフードバトルになりますが、彼女が勝つ見込みはありますでしょうか?」
「クイーンについては未知数の部分が多いので断定はできませんが、ペンギン伯爵戦ではまだ余力を残していたように見えました。
数少ないクイーンに関するデータの中には、5日連続でフードバトルに参加して、5回全てで圧勝した記録があります。
あの時とは対戦相手のレベルが違いますが、クイーンの潜在能力は想像を超えます」
「期待できそうですね。ただ今回の対戦相手であります、星洞町の8本ナイフ 聡は手強い相手ですよね」
「はい。彼が最後に敗北したのは半年前、四天王の一角であるブラックホール粕谷武史との戦いでした。それから半年間はメディア中心のフードバトルに何度も呼ばれ、未だに不敗です」
「クイーンにとって強敵であり、ブラックホール粕谷武史に挑むには必ず通る道。更に彼はメディア受けがとても良い」
「彼の特徴的なフードバトル戦略に伴う技ですね。あ! 古宮さん! どうやら初めから私たちにそれを見せてくれるようですよ」
俺とミリアナさんが席に座り、開始時間まで残り数分。その時、聡が立ち上がり上着を脱ぎ棄てる事で、二つ名の由来を目の当たりにした。
聡は腰にベルトを巻いていて、そこに8本のナイフケースが下げられていた。形も大きさもバラバラなそれに手を掛けた聡は、机上に置かれている分厚い板を見るとニヤリと笑った。
次の瞬間、聡はケースからナイフを次々と抜くと空中に投げた。ナイフは空中で回転すると、板の上に垂直に刺さっていく。そして8本のナイフが横一列に並んだ。
「これが星洞町の8本ナイフ 聡のシンボルである用途が異なる8本のナイフです。
その全てを使い分けて、いかなる料理も分解するのが彼のスタイルになります。今回の食材であるホットドッグでも遺憾なく発揮されるでしょう」
「楽しみです。では清白クイーン道場破り第2試合、カウントダウンを始めましょう」
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