2.5章 4話 VSペンギン伯爵

 フードバトルの開始時間


 ミリアナさんやペンギン伯爵と向かい合うように机と椅子が用意され、そこにはアイドルの天坂と俺でも知っている有名なアナウンサーの古宮が並び座っている。


そしてタレントとフードバトルの競技者を両方写せる位置にいる、テレビカメラとガンマイクがミリアナとペンギン伯爵に狙いを定めている。


あの場所からは俺が映ってしまう。今更嫌だとは言えないから、出来るだけ存在感を薄めるしかない。


カメラの横には町ロケ部隊のプロデューサーが、鼻息荒く天坂と古宮に合図を送る。

 古宮はそれを確認すると小さく頷いた。


「誰が実現を予想出来たでしょうか。夢にまで見た戦いがここ、イタリア料理店のピッツァサルーテで幕が開かれようとしています。

フードバトル四天王の一角であり、最強最硬の壁として数多の挑戦者を戦意ごと丸のみにするバトルスタイルと、その丸く愛らしいぬいぐるみのような風貌の中に隠された狂気の発露を見た人々が敬いを込めてこう呼んだ。

ペンギン伯爵!!」


 淀みなく力強い口調の古宮が名を放った瞬間、観客はガラス窓が割れんばかりに絶叫する。

ペンギン伯爵はその声に向けて手を振った。


「そして、そしてついに! 誰もが渇望し、憶測が都市伝説を引き寄せて生ける伝説とまで言われた大食い新時代が生んだ不敗の女王! 

白鳥が羽ばたく姿を捉えた完璧な絵画のような、優雅で美しい箸捌きは誰の目をも引き寄せる最強の魔力が、初めてメディアを通して披露される。

仙姿玉質は彼女の為にある言葉だ。その名を、清白クイーン!!」


 ボルテージが更に上がった観客の歓声は、鼓膜が破れそうなほどだ。

 

うるさすぎる。今すぐここを出て、静かな公園で座って森でも見ていたい。俺は騒がしい場所が得意ではないんだ。


「本日は私、アナウンサーの古宮と、アイドルでありフードバトルに造詣が深い天坂さんの2人で、実況解説を行わせていただきます。フードバトルの開始まで後5分とのことです。早速ですが天坂さん、本日のフードバトルはいかがでしょうか?」


「ピザの大食い30分だと聞いております。

ピザはペンギン伯爵が得意とする品目の1つです。清白クイーンに関しては映像の記録が殆ど存在していませんので、データでの解説になりますが、彼女の得意とするものは食べにくい品目です。

ですから清白クイーンは苦戦を強いられるでしょうね。ただし先ほども申しました通り、清白クイーンには資料が少ない。ですから彼女の新たな一面を見られるかもしれません」


「なるほど。それはワクワクしましね」


「はい。どちらが勝利したとしても、フードバトルにおいて歴史的な一戦になるでしょうね」


 まさかの天坂によるフードバトルのガチ解説が始まった。

てっきり天坂は可愛らしい置物としての役割だと思っていたのだが、解説者の立場らしい。先程は少しだけ知っていると言っていたけど、少しの定義が知りたい。


 古宮が騒ぎ立てて観客を扇動し、天坂が冷静に解説をするというストロングスタイルで実況解説を行うようだ。


 天坂の解説が続く中、横に座るミリアナさんとペンギン伯爵は既に弁舌を繰り広げていた。


「人気者でうらやましい。さすがは、不敗の女王です。フフッ、あなたからは勉強をさせていただきましたよ。

格下の雑魚をいたぶって、格上から逃げ続ける。負ける事が無ければ、不敗の女王として崇められるとね」


「私は逃げたのではありません。このような些事に付き合うほど、私は暇ではないだけです」


「それが敗者になった時の言い訳ですか。お見事です。いつからそれを考えていたのですか? もしかして、そこの彼氏さんに泣きついて考えてもらいましたか」


「彼はそういう関係ではありません。私の事を考えるよりも、あなたは負けた後の言い訳を考える事をお勧めします。私に負ける相手にも格が必要ですから」


「それこそ時間の無駄というもの。女王が陥落する姿、さぞ私の食欲を促進させるでしょうね。フフッ」


「ナルシズムが過ぎて変態性欲者にならないようにお願いするわ。かける言葉が見当たらないから」


「その衝動は私だけに備わる特性ではありませんよ。

メディアはある種の見世物ですから。あなたのような傲慢で常に澄ました言動の人が落ちる姿を、あのカメラを通し見て喜ぶ者たちは多い。

うだつが上がらない人たちのおかずになる覚悟は出来ましたか。そろそろ時間のようです。フフッ」


 ペンギン伯爵が気持ちの悪い笑みを浮かべると同時に、机に次々とピザが運ばれてきた。ミリアナとペンギン伯爵、お互いに3枚ずつのピザが運ばれると、古宮が声を張り上げる。


「さあ聖戦の第1章、その準備が整いました。

誰もが待ち焦がれたフードバトル、この戦いで未来のフードバトルを担う戦士が決まると言っても過言ではありません。形式は大食い30分。食材はピザ。それではカウントダウンを始めましょう。10、9……」


 古宮のカウントダウンに観客も声を乗せる事で音が倍増する。


その迫力は興味のない俺でも、気持ちを昂らせる。俺はこのフードバトルの関係者ではあるけど、その隅に座っているだけだ。それでもこれほどの高揚感を得られるのなら、中心にいるミリアナたちや常に人前に立ち声援を受ける天坂は想像以上なのだろう。


 だからといって俺はそこに立ちたいとは思わない。不得意な事は得意な人にさせたらいい。


「3、2、1……、0!!」


 ついにミリアナさん対ペンギン伯爵のフードバトルが始まった。


 ペンギン伯爵はピザを一切れ摘まむと、それを顔よりも高く上げたので、ペンギン伯爵はピザを見上げる状態になった。


 その手を下げてピザを口に入れると、まさにペンギンが魚を丸呑みにするかのように、ピザはペンギン伯爵の口の中に吸い込まれていった。


「さっそく出ました! ペンギン伯爵という二つ名の根本にして、挑戦者の戦意を飲み込むバトルスタイル、フィッシャーズブレイクだ!! 

過去にはあれを前にして何人ものフードファイターが自身の無力さに箸を止めてきました。

しかし天坂さん。ペンギン伯爵がフィッシャーズブレイクを開始から使ってくるのは、珍しいのではないでしょうか」


「はい。ペンギン伯爵の得意技であるフィッシャーズブレイクは、挑戦者の戦意を喪失させる為にも、挑戦者の限界が見えてきた段階で繰り出されます。

これは技の特性である丸呑みに理由があります。フードファイターの胃は一様に、一般の人に比べてその容量と胃液の分泌量が多いと言われています。


しかしそれでも食べた物を消化する必要がありますので、フィッシャーズブレイクは胃に対する負担が大きいのです。ですから2日連続や2試合連続などの場合、初めから使うのはリスクがあります」


「なるほど。だが初めから使ってきた。それだけペンギン伯爵は覚悟を持ってここに来ているということでしょうか」


「そうでしょうね。ペンギン伯爵の立ち振る舞いは普段通りではありますが、今回の試合に向けて万全のコンディションを整えたのでしょう。本気だということです」


「ペンギン伯爵の本気が見られるのは珍しいですね。一方の清白クイーンはいかがでしょうか」


 ペンギン伯爵がピザのオリーブオイルで手と髭を輝かせている横で、ミリアナは背筋を伸ばしてフォークとナイフを目にも止まらぬ速さで駆使し、ピザの耳とは逆の先端から折り畳んでいき、筒状にすると半分に切って口に入れる。これを繰り返してく。


丸呑みにするペンギン伯爵に比べると、とても上品にピザを食べている。


「清白クイーンはピザの本場イタリアで良いマナーとされている食べ方です。

大食いに向かない方法ではありますが、さすがは清白クイーンといったところです。ペンギン伯爵との差は殆ど開いておりません。

この上品さは彼女が伝説になった要因なのでしょう。素晴らしい、その一言につきます。しかしそこが問題です」


「問題というと?」


「差が縮まらない事です。むしろ少しずつではありますが、差が開いているように見えます。清白クイーンはフォークとナイフを使う以上は、食べる速さに限界があります。

清白クイーンはこのペースを維持した状態で、ペンギン伯爵が止まるのを待つしかないのです」

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