2章 14話 憤怒

 どうしてこんな窮地に陥らないといけない。


 このダリア様が姉上なんぞから逃げないといけないんだ。

 

 作戦は完ぺきだった。1つの抜けも無かった。

 全ての武器を奪って、反撃の手段を消した。それに姉上の大好きな平民と一緒にいる時を狙った。重りになる筈だった。


 なぜ姉上はバリサスの鉄くずなんかと手を組んでいるんだ。それに……、そう言えばフューレ様に似た人もいなかったか。


 そもそも初手から変だったんだ。

 初手の一撃を真正面から止められた。そんな事は出来る筈が無い。誰なんだよあのガキは。


 振り返ってみるけど誰も俺の後を付いて来ていない。


 それもそうだろう。

 あの爆発の中で無事で済むわけがない。ボロボロの状態で追ってきた姉上を、生け捕りにして利用するつもりだったけど、計画が狂った。だが死にさえすれば目的は達成する。


 姉上は現地の野蛮人に殺された。軍備増強の建前としては完ぺきだ。


 姉上の悲報の準備は既にできている。後は俺が本国に帰るだけだ。自然と顔がニヤケてしまうな。


「勝者は俺だ! 姉上には勝たせない」


「そうであるなら、心置きなく俺の気が晴らせたのだけどな」


「誰だ!」


 突然の声に振り返るが、そこには誰もいない。いや、人型の影が落ちている。ゆっくりと見上げると、そこには空中に浮いている鉄くずの姿があった。

 姉上と一緒にいたバリサスの鉄くずだ。無表情の気持ちの悪い野郎だ。


 運はやはり俺に向いているようだ。楽しくて仕方が無い。


「これは好都合。貴様が追ってきてくれてありがとう。手土産が増えるというもの」


「俺としても君がこの星に来てくれた事に感謝する」


「感謝したまま壊れてしまえ。俺が考え無しだと思っているのか。俺は逃げたのではなく、おびき寄せたのだ。貴様が罠にかかったのだ。俺の手駒は他にもあるのだ。これで落ちろや!」


 俺は隠し持っていた、板状で銀色の装置を取り出す。その装置には2つのボタンしか取り付けていないから、どちらを押せば良いのか分かり易い。

 

 俺がその内の1つを押すと、装置を中心として光の膜が拡散された。


「電磁ノイズの味はどうだ。鉄くずに味なんて高尚な概念は分からんだろうがな。これで機械の貴様は動けまい」


「俺をなめているのか」

 

「どうして動けている。そうも簡単に!」


 鉄くずはなおも空中に浮いているどころか、動きが鈍くなっている様子も無い。


「くそ、不良品かよ。ぐわ!」


 俺が装置を地面に叩き付けようと視線を鉄くずから離した瞬間、俺は鉄くずに胸ぐらを掴まれた。

 

「離せこの野郎。痛い! 誰にこんな事をしているのか分かっているのか! 俺は王になる男だぞ。何をする気だ!」


 鉄くずは神聖な俺の腕を掴み、空中に浮かんでいく。


「何をしやがる。離しやがれ」


 空いた手で鉄くずを殴る。だが、硬すぎて手が痛い。掴まれた腕に力を入れても、ビクともしない。

 そのまま俺は空中に吊り下げられた。


「痛え! 離しやがれっていてんだよ。これは国際問題だぞ」


「良いでしょう。離してあげます」


「え!」


 もう既に5メートル以上を持ち上げられている。これで離されると……、嘘だろ!


 鉄くずが手を離しやがった。


 俺は咄嗟に地面に対して足を伸ばすが、着地に失敗した俺の足は5メートルの衝撃を直接受けた。


「痛い!」


 両足に強烈な痛みが走り、立ち上がる事すら出来ず、そのまま地面に顔から倒れた。

 

 土の味がする。なんという屈辱だ! 俺に土を舐めさせるとは、戻ったら星ごと滅ぼしてやる。絶対だ。


「何か問題でも? 言われた通りに離してあげたけど、痛かったか? それは良かった」


 鉄くずが俺の近くに降りて来て、俺を見下ろす。何様のつもりだ。


 だが喜ぶのは今のうちだけだ。勝利の為なら、多少の屈辱も飲んでやろう。後で何倍にしても返してやるがな。


「今だ! 撃てお前ら」


 俺の号令で、草むらに身を潜めていた俺の5人の部下達が一斉に姿を見せて、鉄くずに向かって発砲した。


 見事に全弾命中。鈍い奴だ。ざまぁみろ。


 弾は鉄くずの体に貼りつき、そこから高電流を流し込む。


「どうだ! 機械のお前に、これは効くだろう。この俺に跪きやがれ。そして俺への蛮行を謝罪しろ。そうすればお前だけは助けてやるよ」


 足の痛みなど、この先の幸福に比べれば何でもない。俺は跪く鉄くずを眺める為に顔を上げるが、なおも俺の前に立っている。


 鉄くずは腕を上げると、指の先から5本の光線を出した。逃げる部下達に向かって、光線は方向を変えてどこまでも追っていく。

 そしてあっけなく、5人の部下達は光線によって片腕を吹っ飛ばされた。


 遠くから聞こえてくるうめき声、鉄くずはその声と姿を見て笑ってやがる。


「何がおかしい! なぜ立っていられる、この鉄くずが!」


 鉄くずは視線を俺に向けると、さっきまでの無表情に戻った。


「お前は永遠の命を考えた事があるか?」


「偉そうに俺に質問をするな!」


「話にならないな。リアナもお前みたいに歪んだ性格なら、俺は苦しまずに済むのに」


「何を言ってやがる」


「リアナは正し過ぎる。この俺に対して、嫌味は言ってくるが、人として接しようとしてくる。俺を知る為に話し掛けてくる。内心の気持ちを押し殺してだ」


 鉄くずは屈み、人間状態に顔に変化させると俺と視線を合わせてくる。

 気持ち悪い奴だ。

 

「リアナは優しすぎる。だから俺は手を出せない。

 さっき言った話だ。永遠の命とは、永遠の思いを持ち続ける事だ。特に俺達の場合は、その思いが色あせない。

 貴様らに対して、永遠の恨みを持ち続けているんだ。

 お前達によって殺された、家族や友人に対する恨みをだ。


 お前は当時を知らないだろうが、俺達は鮮明に覚えている。

 いつかそれを晴らす為に、俺達は研究を続けている。お前達といつ戦争になっても勝てるように。

 お前達がつけるような弱点を残すわけ無いだろ」


 俺には分かる。この鉄くずの目は人を殺す前の目だ。


「わ、悪かった。謝罪する。俺が戻ったら、俺がお父様に働きかける。だからここは見逃してくれ。姉上もそれを望んでいる筈だろ。」


「何?」


 今が逃げるチャンスだ。


 謝罪? するわけ無いだろ、こんな奴らに。戻ったら俺にした仕打ちを語って聞かせてやろう。俺は勇敢に戦ったとな。


 俺が乗ってきた宇宙船は近くに泊めている。救護班さえ残っていれば、どうとでもなる。


 右足は痛いけど、左足はまだ動ける。


 左足に力を入れて立ち上がる。どうして俺がこんな目に会わないといけない。俺は次期の王だぞ。


 この恨みは忘れない。

 この痛みも、全身から浮かぶ嫌な汗も、この屈辱も。絶対に返してやる。


 俺が痛みに耐えながら歩き出すと、背中を何者かに押された。俺は再び地面に倒れて土の味を味わわされた。


「俺に何をする」


 振り返ると、そこには足を延ばす鉄くずの姿があった。


「逃がすわけ無いだろ。俺の目には熱を見る機能が備えられている。お前からは反省の色が見えない。リアナがたまに俺に見せるその色が見えない」


「俺にこんな事をしてどうなるのか分かっているのか。俺は次期の王になる男だ。絶対に俺がお前達を……、ぎいゃあああー」


 鉄くずは俺の顔を掴むと力を入れる。

 頭が割れそうなほど痛い。


 離せ! この野郎が!


「それならばリアナを王にするまでだ。1つ教えてやろう。あのクラスに所属する理由。バリサスとしての理由だ。テェンツァルス王国の王女が入ると聞いたからだ。

 王族の質を調査するのが目的だ。

 助かったな。お前がクラスに入っていたら、今頃開戦したいたかもな」


 鉄くずは俺を持ち上げると、腕を振って俺を投げ飛ばした。


 またやりやがった。


 顔と足と、それに首が痛い。勝手に涙があふれてくる。


 怖い。これ以上は止めてくれ。


「委員長からお前を生きて捕らえろと言われている。委員長は良い人だ。俺に機会を与えてくれたのだからな。お前を殺しはしない。そうさ、殺しはしないさ」


 鉄くずが俺を見て笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る