2章 15話 共に

 気絶したダリアはどこからともなく現れたリアナの世話係の男たちによって、拘束具を付けられて連れていかれた。

 ダリアが逃げ出したときに比べて、汚れとか怪我が増えているような気がするけど仕方が無いだろう。生きているようだし問題無い。


 世話係がいるのならもう少し早く来てほしかったなと愚痴ると、どうやら複合レジャー施設で暴れた件や、倉庫でダリアと戦った件の後処理をしていたらしい。

 これは文句を言えない。

 

 この後、ダリアは部下と共に本国に強制送還されて、責任を追及される事になるそうだ。どのような罰になるかは俺達が撮影した映像と音声、そしてリアナの証言をもとに、会議で決められるそうだ。


 すぐに罰せられるという訳ではないのが、少しだけ落ち着かない気持ちになるが、これ以上俺に危害が加えられず、リアナが満足するのならそれでいい。


 俺達はダリアを見送った後、ミリアナさんが運転する車でそれぞれの家に向かっている。

 俺の右横にはリアナがいて、左横にはフューレがいる。そして前にはキャレットとジアッゾが座っている。

 

「リアナ、もう大丈夫なのか」


「心配かけましたわね。日常生活に支障が出ない程度には回復しましたわ。あなた方があの後、1時間も待ってくれていたおかげですわ」


 目を覚まさないリアナをロボットから引っ張り出して、フューレの道具で体調を確認すると、極度の疲労であると診断された。念の為にミリアナさんの車の中で安静にしていた。


「全く目を覚まさないから驚いたよ。衝撃で頭でも打ったのか? 打撲の跡は見られなかったけど」


「違いますわ。妖精外套にはわずかな時間だけですが、高出力を実現する動力反転機構という物が取り付けられていますの」


「どんな機能なんだ?」


「搭乗者の生命力を動力にしますの。だからわたくしは気絶をした。衝撃を全て防ぐ盾を作るには、わたくしの生命力で底上げしないと無理だった」

 

 とんでもない話が突然出て来た。フューレの診断による疲労はこれが理由だったのか。


「生命力を動力にするって、体は大丈夫なのか」


「ご心配なく。物凄く疲れる程度ですもの。寿命が縮む事はありません。心配してくれましたの?」


「当たり前じゃないか。リアナは俺のクラスメイトなんだ。委員長としてクラスメイトの安否を心配するのは当たり前だ」


「フフフ、委員長としてね。

 それではもし委員長がわたくしの国を訪れる時は、国賓として招かしていただきますわ。委員長ですもの。わたくしよりも上の立場の人ですもの。覚悟をしておいてくださいませ」


 リアナは意地悪な笑みを浮かべると、人差し指で俺の胸を突いた。


「楽しみにしていますわよ」


「行く機会があればな」


 国賓待遇という言葉と、リアナの祖父が通信を切る直前に放たれた『次に会った時に、リアナとの事をじっくりと話を聞かせてもらう』という言葉。嫌な予感しかしないけど、まあその機会は訪れないだろう。


 俺は地球出身のただの学生だ。第3太陽系に行く理由が無い。


 そうこうしているうちに車が止まり、キャレットが立ち上がった。


「委員長の今日に賞嘆を送ろう。何も持たぬ身で良くやり遂げた」


「俺はみんなの後ろでごちゃごちゃと言っていただけだ」


「謙遜もまた委員長である。それでは薄明を迎えたその先で!」


「ああ、また明日な」


 キャレットは手を振ると楽しそうに傘を回しながら帰っていったので、車を走らせた。


 次に到着したのはジアッゾの家だ。


「今日は実りのある日になった。僕達を遊びに誘ってくれなければ、こうはならなかっただろう。

 フューレが英雄である確信を持てたのも大きい。僕はこの学校に来て良かったと思う。それも君が委員長になってくれたからだ。これからも頼んだぞ」


「出来る限りの事は頑張るよ」


 ジアッゾは俺の肩を数回叩くと、車から出て行った。どうやら車を出る人は、俺にプレッシャーを与える流れになっているらしい。

 体調が悪くなりそうだから止めてほしい。


 そして次はフューレが降りる番になった。


「えっと、何を言おうかな」


 フューレは流れを理解しているらしく、俺を見ながら言うことを考えていると、横からリアナが身を乗り出してきて、フューレの手を掴んだ。


「フューレ様。本日は共に戦えて光栄でした。またお話を聞かせて下さい」


「いいけど、冒険譚として伝えられていない事は、あまり面白い話では無いと思うな」


「いいえ。あなたとお話が出来る事に意味があるのです」


「そうかい。君がそれを望むのなら。委員長はいつも通りに接してくれよ」


「心配するな。特別扱いも何も、俺はフューレの英雄譚を知らないし、知ったところで態度を変えられるほど器用じゃない。今まで通りにしか出来ないよ」


「安心したよ。それじゃあ委員長も、フューレもまた明日。ミリアナさんも今日はありがとうね」


 ミリアナさんは「はい」と言って頭を下げた。


 フューレが車を出た事で、車内は俺とリアナとミリアナの3人となった。いい機会だから今のうちに聞いておこう。


「リアナは王女なのに、どうして地球の学校に入る事になったんだ」


「表向きは第3太陽系外との交流の為ですわ。わたくしの国では最近、外宇宙への進出の是非を問われておりますの。

 だから王女であるわたくしが先方に立つ事で、外宇宙進出の有用性と安全性を証明する」

 

「表ということは、裏があるのか?」


「裏の目的はわたくしの隔離ですわ。言葉は強いけど、わたくしを守るための隔離です。

 ダリアの件でわかる通り、わたくしは微妙な立場にありますの。次期王はお姉さまだと発表されていますけど、そこまで体が持つかはわからない。

 国民にはお姉さまの体調の事は伏せられている。ですがわたくしが王になる可能性がある事実は、王族に連なる者、それに侍る者は知っている。


 だけどお姉さまに付いている程の強固な護衛を付けると、お姉様の体調を勘繰られてしまう。

 更にわたくしの弟や妹は、強い野心を持っています。だから遠く離れた地球に、わたくしを隔離しましたの」


 思っていた以上にハードな立場のようだ。ダリアのように親族を殺しでも王になりたいと考えている者が他にもいる。そしてその親族の影に隠れた多くの敵がいる。


「辛いな」


「慣れておりますもの。お姉さまを1人にさせて不安ではありますが、わたくしは強くならねばなりません。この3年間で。送り出してくれたお姉さまの為にも」


 リアナは俺と同じぐらいの年齢だろうけど、俺よりもずっと達観して自立しようとしている。そして正しくあろうとしている。だからこそリアナには見落としている事がある。


「俺はリアナにとってのこの3年間は、強くなるだけの期間では無いと思っている」


「他に何があると言いますの」


「仲間を探す3年間だ。弟や妹が敵になるのならそれよりも強力で、リアナが王であった方が良いと周囲に思わせられる仲間を作れば良い。

 幸運な事に、バリサスの代表として来ているジアッゾがいて、英雄であるフューレがいる。


 それだけじゃない。超能力を持った異世界の人もいるし、俺の太陽系でも、リアナの太陽系でもない、違う太陽系の出身者もいる。他にもキャレットみたいな特殊な出自の人までいる。人材には事欠かないだろ」


「そうですわね。わたくしだけが強くなっても意味が無い。そうなれば力に怯え続けなければならない。委員長の言う通りね」


「ダリアが襲い掛かってきたおかげで、ジアッゾともフューレとも良い関係になった。今日の事はポジティブに考えよう」


「そうですわね。大きな前進ですわ」


 リアナはそう言うと、俺の肩に自分の肩をピッタリとくっ付けた。


「ねえ、わたくしは委員長の事、仲間だと思ってよろしいの?」


「仲間じゃなければ逃げ出しているさ」


「では今後、わたくしが危機的状況に陥った時は、今日みたいに助けて下さいますね」


 これはまずいかもしれない。地球だけの出来事ならまだしも、宇宙の話になるのは避けたい。

 そもそも俺は宇宙で戦えるような力は無いし、何よりも宇宙に出るのが怖い。最近も宇宙空間に取り残されるSF小説を読んだばかりである。


 この先、自分の国で問題があったから付いて来いと言われたらどうしよう。流れ的に断れないし。


「まあ、俺の出来る範囲で」


 今できる最大限の逃げである。


「ありがとうございます。あなたが傍にいてくれれば、とても心強いです。わたくしは乗り越えて見せますわ。だから見ていてくださいね」


 リアナは満面の笑みを俺に見せた。その笑みは心が惹かれる輝きと、少女らしい可愛らしさが内包されていて、頬が緩みそうになる。

 そんな姿を見せるのは恥ずかしいので、俺は「ああ」と言って顔を逸らすしか出来なかった。


 彼女はきっと強くなれる。そして女王になるのだろう。いつか俺は誰かに自慢しよう。

 友達に女王がいると。

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