2章 4話 歴史

 遡ること約50年前、第3太陽系の文化経済の中心地であるランダルシアポイントを舞台とした、第3太陽系全てを巻き込む戦争があった。


 ジアッゾの故郷である【バリアス国】を有する【惑星ターマイン】と、リアナの【テェンツァルス王国】、その領土である【テェンツァルス惑星】を中心とした惑星群の戦争である。


 その2大国家のラグランジェポイントに位置するのが、フューレを生み出した博士たちが初めて研究所を構えた地である【中立コロニーラールクリス】だった。 

 そしてフューレが生み出されたのも、この研究室であった。後に【ファタル研究所】と呼ばれる。


 博士達は理想的な人造人間像としてアエラ・フューレ・ファタルを造った。戦前はフューレを科学技術の象徴として、またアイドルとして誰もが知る存在となった。

 

 そして戦争が始まり、終わりの見えない戦いに突入する。


 そんなある時、辺境惑星でレジスタンスが発足させる。そのレジスタンスのリーダーこそがフューレであった。


 フューレがレジスタンスのリーダーとなる経緯はハッキリとはわかっていないが、初めは単純な人助けだと言われている。

 そんなレジスタンスは急成長を遂げ、影響力が出始めた頃、フューレは処刑された。


 レジスタンスが新しいリーダーを立てた数年後、その組織の活躍により戦争を裏で操っていた組織を壊滅させた事で、戦争は緩やかに終結へと向かった。


「これが後世に伝わるランダルシア戦争と英雄フューレ、その物語の概略です」


 リアナの侍女であるミリアナによる、フューレを取り巻く歴史という名の物語の説明が終わった。痛ましい戦争の歴史である。


 ミリアナが話した物語が真実なのだとしたら、大きな矛盾を存在する。


「それならどうしてフューレは生きているんだ? 処刑されたのだろ」


「その筈です。しかし目の前にはそのフューレ様が存在している。これが50年前のフューレ様の写真です」


 そう言って手渡された写真は俺の世界と何ら変わらない物だ。惑星間航空が可能なほどの技術力があるので、写真はホログラムを想像していたのだけど違ったようだ。


 その写真には白衣を着た年齢の異なる7人の男女に囲まれた、白衣を着たフューレが写されていた。写真のフューレと本物のフューレを見比べても、服装と髪型以外の違いは見つけられない。


「50年か……。フューレは50歳以上になるのか」


「本物であればそうなりますね。相山様はフューレ様と懇意にされているようですが、何か他者を欺いているような事はお感じになられましたか?」


「欺いているというのは言葉が悪い。誰しも秘密の1つや2つはあるだろうさ。特にあのクラスでは秘密にされたからって一々気にしていたら、精神が持たない。

 どうしても気になるのなら本人に直接聞けば良い」


「そうですか。その思想が委員長である所以なのでしょうね」


「上手くできているかはわからないけどな。

 それと他に聞きたいことがあるんだ。【ヒーロー】の【アマナ】とか、【レプティリアン】の【ドリットン】、あとは【秩序委員会】の【タンラ】は宇宙から来たと言ってたけど、近いのか?」


「あの方々は第1太陽系の住民です。この地球は第2太陽系になりますので、地球を挟んで反対側と認識していただいて構いません」


「交流は無いのか?」


「全くありません。この地球に来る事すら、大変な労力が必要です。更に遠くの太陽系に行く事は、私達の技術では現実的ではありませんから」


 そうか。話を聞けたらと思ったんだけど、そうもいかないようだ。


 こうしてミリアナと話している最中も、試合は進んでいる。とは言えまともな試合とは口が裂けても言えない。コートは穴だらけ、ネットは既に消しくずになって欠片も無い。


 だけどボールは破裂せずに原形をとどめている。まだ4人はテニスをする気でいるという奇跡が、ボールの存命に繋がっているのだろう。


 そろそろ建物に被害が及びそうだ。


「中止だ。試合中止」


 ジアッゾが剛速球で飛んできたボールを、空中でキャッチした。


「どうして止めるんだい? せっかく良いところだったのに」


 今の点数はAチーム、Bチーム共に6点である。テニスのルールに従うのならタイブレークとなる。どちらかが2点を先取する必要がある。

 テニスならだが。


「そうですわ。普段のスポーツならば決着が付かない場合でも、良い結果として昇華出来ますが、相手がジアッゾです。心が落ち着きませんわ」


「俺がルールを細かく言わなかった事も悪いけど、人の土地でスポーツをしているという意識は有るか?」


 俺がボロボロになったコートを指差すと、空中で浮かんでいたジアッゾとリアナがゆっくりと地面に降りた。


 そしてジアッゾは先程とは逆の手順で同じように裏返っていき、メタリックなスーツから人間らしい姿へと変化した。


 次にリアナの搭乗していたロボットの背中が開き、中から頬が赤らんだリアナが降りて来た。

 ロボットはパーツごとに分かれて、光の中へと消えていった。


「熱くなり過ぎましたわ。申し訳ありませんでした」


 リアナが頭を下げる。


「僕も感情を優先してしまった。深く反省する」


 ジアッゾも続いて頭を下げると、試合中にフューレが浮かべた球状の装置がコートに落ちる。その装置をフューレが拾うと、白く濁っていた景色が鮮明になり、隣のサッカーコートで遊んでいた男子学生が「え!」と俺たちに指を差した瞬間、その男子学生の顔面にサッカーボールが命中した。


 このコートをどうするか考えていると、キャレットがフューレに言う。


「もう一度だ。その視覚を編纂する術で闘技場を満たせ」


「これかい? 分かったよ」


 フューレが再び球状の装置を宙に浮かせて風景を白く濁らせると、キャレットが瞼を閉じて両手を広げる。


「全ての真実は過去へと戻り万端となせ」


 キャレットの両手から黒い砂のような物が溢れ出て、コート上に散っていく。その黒い砂は徐々にボロボロだったコートの傷に入り込み、それを埋めていく。

 黒い砂は周囲の色になじむ。


 そして5分程経過した頃には、完璧に元のコートの姿に戻っていた。ただし、可哀そうな事にネットだけは再生されていない。

 

 まあ、面倒だしいいだろう。


「完全ではないが、あるべき姿に返った。これで承服してくれるかい? 委員長」


「ああ。ありがとう」


 宙に浮かんでいた球状の装置がフューレの手に戻り、風景が鮮明に戻る。意識を取り戻した隣のサッカーコートの男子学生が首を傾げている。


「運動した後だ。食事でも行かないか。ちょうど晩御飯の時間だ」


 俺の提案に4人の全員が承諾してくれたので、横に顔を向ける。


「ミリアナさんも一緒に行きませんか?」


 ミリアナはリアナを見る。


「わたくしは構わないわ。せっかくの委員長からの誘いですもの。断る方が無礼ですわ」


「リアナ様もああ言っておりますので、ご一緒させていただきます」


 こうして6人となった俺たちは、1階のファミリーレストランに入った。

 

 机の上にメニューを広げると、6人の中で最も前のめりになったのはミリアナだった。そしてそれぞれが注文する料理を決め、店員にそれを伝えたのだが。


「ミリアナさんって大食いなんですね」


 ミリアナを除いた5人はセットメニューを1セットずつの注文だったが、ミリアナだけはセットメニューが2セットと、単品で2品を注文した。

 更には食事が進むとデザートも注文すると言っている。


「ミリアナは昔から食事が趣味なうえ、人の5倍は食べるのよ。それなのにこの体形、嫉妬してしまうわ。趣味と体質が見事に合致してしまっていますの」


「食は人の叡知が集積したものです。

 3大欲求の1つですから。睡眠欲ですが、睡眠中は意識が無いので完全には享受できません。性欲は表に出すのは憚られます。

 残った食欲はどこであれ満たす事が出来ます。だから食事を趣味として突き止める人は、生物として最も有意義な趣味を持つと同義なのです」


 ミリアナは静かに熱く語る。言っている事はわからないでもない。俺が食費を払う訳ではないので、好きにしたらいい。


「料理が届く前に本題に入ろう。ジアッゾとリアナが気になっているである事、その決着をつけるぞ」


「わたくしが気になる?」


「フューレの正体だ」

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