2章 5話 フューレの冒険
「僕の正体かい? 委員長には話していなかったね。やっと僕のことに興味を持ってくれたのかな?」
フューレが笑みを浮かべて、俺を人差し指でつついてくる。
「興味が無かったわけじゃないよ。わざわざ聞く必要が無いと思ったんだ。フューレこそ俺の過去を知らないだろ」
「そうだね。聞いていないね。ハハッ」
フューレは楽しそうに笑っているのだけど、ジアッゾとリアナとミリアナは全く表情を動かさない。
キャレットは紙ナプキンで折り紙をしている。
「フューレはこの世界について、どれだけ知っているんだ」
「難しい質問だね。殆ど何も知らないのと同じだからね。
何せ僕はおおよそ50年間、宇宙船の中で寝ていたからね。歴史を知って驚いたよ。まさかハーソン君が王族だったとはね。しかも大様になっているなんてね。
リアナさんのお爺さんだよね」
「はい。【ハーソン・タルス・テェンツァルス】はわたくしのおじいさまで、【前国王】です。でも……」
「そうだよね。歴史では僕は死んだ事になっている。不思議な事があるものだ。知らない僕が英雄になっているのだからね」
「わたくしはあなたが活躍する冒険譚を幾度も読みました。ハーソンおじい様との冒険譚も、ムロトとの冒険譚も。だから、恐れ多くてあなたを前にして聞く事がことが出来ませんでした。
今お聞きします。あなたは本物のフューレ様なのでしょうか」
フューレは腕を組んで唸った。
「そうだね。その質問に明確な答えを返すのは難しい。僕はフューレだと言うしか出来ないからね。何か証拠となる物があれば良いのだけど。そうだ。これなんかどうだい」
フューレが空中を見ると、そこに光の板が現れる。そしてその光の板に手を差し込んだ。いつものフューレが物を取り出す時の動作である。
光の中から手を引き抜くと、1枚のカードが握られている。そのカードには見た事の無い字がぎっしりと書き込まれている。
「これは僕の生体証明書だ。博士達の署名もある。これと僕の人体情報を照合させたら、フューレである証明になるのではないかな」
リアナがカードを受け取った。
「お借りいたします。ミリアナ、読み取りをお願い」
「承知いたしました」
ミリアナはそう言うと立ち上がり、店の外に出て行ってしまった。
「しかし、問題があります。わたくしの方で証明書の読み取りは可能ですが、照合する事が出来ません。相応の装置が必要ですから」
「それならば僕が手伝おう。血液分析法だから正確性は高くはないけど、無いよりかはましだろう。手を出してもらってもいいかな」
ジアッゾはそう言うと右手を変化せていく。そして人差し指を針状にした。
「勿論だよ」
「少し痛みがある。申し訳ないけど、我慢をしてくれ」
フューレが右腕を差し出すと、ジアッゾは針をフューレの腕に刺した。数秒後、針をフューレの腕から抜くと、ジアッゾの体は元の人間に見える物へと変わった。
「血液からヒューマンコードを解析するのには、少しの時間と僕の動力が必要だ。僕は今から眠るから起こさないでくれ。中断すると結果の確からしさが損なわれる」
ジアッゾは目を閉じて椅子に体を預けた。
と、ここまでまったくの蚊帳の外になったわけだが、どうしたものか。話に入ろうにも、知らない前提情報が多くて、一々単語が記憶に定着しない。
それに覚えるという行為を今は避けたい。何せテスト明けだ。悪夢に出るぐらい単語を記憶した。勘弁してほしい。
だけどそうは言っていられない。
「フューレ、話がわからないんだけど」
「そうだよね。置いてけぼりにしちゃったね。僕たちの世界では身分証明として主に2種類があるんだ。
1つは人体証明なんだけど、これは血液や細胞や遺伝子に刻まれている固有の情報を読み取って、既に登録されている情報と照合する方法だよ。
この世界で言うDNA検査よりも多方面から読み取るから精確なんだ。
それともう1つは生体証明書の照合だね。さっき渡したカードには人体証明情報を含めた様々な情報が刻まれているんだ。この世界で言う、パスポートとか住民票とかの全てを1つにした物と思ってくれていいよ。
片方でも良いんだけど、両方あればより精確とういわけさ」
「そ、そうか。これでフューレが皆の思うフューレであると証明できるという事だな」
「そうだね」
俺にとってはフューレに本物も偽物も無いけど、これでジアッゾとリアナが納得するのならそれでよしだ。
「フューレは50年間寝ていたと言っていたけど、どうしてそんなに長い期間寝ていたんだ?」
「それは僕も気になります。どこに隠れていたのかも」
目を覚ましたジアッゾが前のめりにフューレに聞いた。
「ジアッゾの血液検査は終わったのか?」
「滞りなくね。後は生体証明書のデータがあれば照合できる。それよりもフューレさんだ。何か検討は付いているのか?」
「残念だけど、僕にも理由はわかっていないんだ。ラスタント彗星を出発する時に眠ったんだけど、起きたら50年後の博士達の倉庫だった」
「ラストートの発見だね。あ、すまない。首を傾げないでくれよ委員長。
説明するよ。冒険譚の中でも重要な話の1つで、僕が好きな話の1つでもある。ムロト冒険譚の中にラストートの発見という章があるのだ。
1年に一回周期で経済圏のランダルシアポイントを通過するラスタント彗星というものがあるのだけど、ムロトとフューレさんはその彗星に乗り込んで、ラストート族に出会ったんだ。
そしてラスタント彗星はラストート族が作った宇宙船である事がわかった。という話だ。後にフューレさんが立ち上げたレジスタンスに、ラストート族が加わるのだけど、それ別の話」
ジアッゾが話をしている横で、リアナはずっと頷いている。
「私も好きな話ですわ。特にフューレ様が男の子と星を見るシーンは何度も読みましたもの」
「君が憧れている外の世界は、君が思う憧れに耐えられる輝きは無い。だけど憧れを持たない人は輝けない。君はどうなりたい? とフューレさんが男の子に未来を考えさせるシーンだな」
「そこですわ。わかっているじゃない」
何やらジアッゾとリアナが盛り上がっている。この2人はずっとフューレの冒険譚の話をしていたら、仲良くできるのではないか。
当の本人は恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた顔を背けている。
「フューレ、本当にそんな話をしたのか?」
「あはは、僕の言葉が本になって読まれ続けるとは思わなかったからね。僕も最近になって読んだのだけど、多少の脚色はあるものの概ね事実通りで驚かされたよ。
恥ずかしくて第3太陽系に戻りたくないと思えるほどにね」
「そもそもどうして、フューレの言葉や逸話が残っているんだ」
「実は僕の冒険譚にはもう1匹のメインキャラクターとなる登場人物がいるんだ。
それは鳥型ロボットのピピィーというのだけど、僕が処刑された後にピピィーが解析された、そこには僕の冒険の記録が入っていたんだよ。
ピピィーは全てを撮っていたんだ」
「撮っていた目的は知らないか?」
「ピピィーを作って僕に渡したのは博士達なんだけど、博士達の考えることは僕にはわからないさ」
考えなくても、自分の言動の全てが後世に残っているのは、とんでもなく恥ずかしい。フューレに同情をしてしまう。
そんな話をしている、ミリアナがタブレット端末を持って戻って来た。ミリアナは椅子に座ると、タブレット端末の電源を入れて、ホログラムを空中に映し出した。
ホログラムは上から下まで、全てが文字である。だが見た事の無い文字なので何を書いているか不明だ。
「これが生体証明書に刻まれている記憶です」
ジアッゾがそのホログラムに指を当て、指を上に弾くと文字がスクロールする。そしてジアッゾがある一点を凝視する。
「ここにいるフューレさんは、僕達が歴史で知るアエラ・フューレ・ファタルで間違いない」
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