2章 3話 競技違い

 Aチーム、リアナのサーブである。

 

 リアナは肘から上だけを動かしてボールを投げると、高く飛び上がる。空中で体を反らして打ち下ろすようにボールを打った。

 

 ボールの勢いはジアッゾよりも鋭い。小さな体から放たれるサーブに目を見張っていると、Bチームのコート内では更に驚きの状況になっていた。


「え! 何それ!」


 ジアッゾの体の表面が、指の先から波打つようにパタパタと裏返っていく。その裏返りは衣服まで巻き込んでいく。肩の次は胸、腰、尻、足、最後は顔が裏返った。


 ジアッゾの滑らかな人間の肌はほんの1秒で、メタリックな機械のスーツを思わせる姿に変化した。

 

 もはや唖然である。笑いすら出て来る。


【魔法使い】の【サマンサ】も変身をしていたけど、ジアッゾの変身は別次元だ。

 原型が何も残っていない。身長までもが少し高くなっている。


 ジアッゾがラケットでボールを打つ直前、ジアッゾの肘の辺りから火花が噴射される。そして腕が目で捉えるのは難しい程の速さで振られた。


 当然ながらボールも剛速球という言葉では足りない程の速さで打ち込まれる。


 リアナはこのボールを見逃した。それはそうである。あの細腕で打ち返したら、完全に折れる。

 これは続けさせるわけにはいかない。俺が腰を上げると、リアナが叫んだ。


「構いませんわ。止める必要はありません。そう来ると思っていました」


 リアナはラケットを上に投げる。


「来なさい! 妖精外套タンタレス」


 リアナの背後が光り輝くと、その光の中から色鮮やかなパーツが次から次へと飛び出してくる。そのパーツはリアナの前でプラモデルのように組まれていき、全長2メートルから3メートルほどの人型ロボットになった。


 そのロボットには金と赤を基調としたもので、肩には花が咲き誇ったような装飾が施されている。頭部分は前だけが透明になっている。

 背中がぽっかりと空いているのは、乗降口が背中だからだろう。


 予想通りリアナがそのロボットの背中から乗り込むと、光の中から新たなパーツが飛び出してきて、背中部分に組み込まれた。

 

 そしてリアナはロボットの手で落ちて来たラケットと、地面に転がるボールを掴んだ。


「妖精外套の完全装着状態でお相手をしてくれるとは光栄だ。その無駄と見栄が融合した設計思想を前にすると圧倒される」


「なにも戦うだけが武器の意味ではないの。わたくしは国の象徴として妖精外套を着こなす使命がある。

 わたくしが完全装着状態を選びましたのは、あなたがフルフォームで対峙する事に対する敬意ですわ」


 ジアッゾとリアナがとても盛り上がっているのだけど、何が起こっているのか、何を言っているのかさっぱりわからない。


 誰か説明してくれ。置いてきぼりになっているんだけど。


 助けを求めるようにフューレを見る。

 俺の視線に気が付いたフューレは親指を立てると、いつものように球状の道具を取り出した。

 フューレがコートの真ん中に行くと、球状のそれは宙に浮かび上がる。そしてコート外の景色が白く濁る。


「委員長、心配ないよ。これで外からは普通にテニスをしているように映るから」


 そんな意味では無かったんだけどな。もう好きにしてくれ。諦めて4人を眺めていると、横から知らない声が聞こえる。


「私も見学させてもらってもいいかしら」


 声の方向を見ると黒い服に白のエプロンという、本場のメイド服を思わせる衣服に身を包んだショートヘアで切れ目の女性が立っていた。

 大人の色気を感じる横顔だ。

 

 というか誰だよ。状況に付いて行けないんだけど。

 戸惑う俺と目が合ったその女性は、恭しく頭を下げる。


「申し訳ございません。ご挨拶が遅れました。リアナ様の【侍女】に就かせて頂いております、【ミリアナ・ツァルセール】と申します」

 

 関係者が増えたんだけど。覚えきれんわ。


「あ、はい。よろしくお願いします。えっと、リアナのクラスメイトで委員長をしています、相山隆利です」


「存じております」


 俺は存じてないんだけど。それにしても話が勝手に進むな。


「ミリアナさんはどうしてここに?」


「リアナ様の監視でございます」


「監視とは穏やかじゃないな」


「おそらくは相山様が想像しているものではないかと。私はリアナ様のおじいさまである国王様より、リアナ様が熱くなり過ぎる前に止めろという指令を預かっております。

 リアナ様はああ見えて勝気な方でありますから」


「それは……、大変ですね」


 他人事とは全く思えない。今も目の前では意地と意地が火花を散らしているからだ。物理的に。


 ボールを打ち合っている事は事実なのだが、その不随物があまりにも多い。

 

 ジアッゾとリアナはもはや地上にはおらず、空中戦を繰り広げている。リアナが纏っているロボットの各部にスラスターが取り付けられているようで、様々な色の火花を吐きながら姿勢制御を行っている。

 どうも部位によって色が違うようだ。

 

 派手な事で。


 ジアッゾに関しては単純に浮いている。理屈も動力も全くわからない。ボールを打つ時や急旋回の時だけ青白い光を噴射させている。


 そしてジアッゾは手の平をリアナに向けると、そこからビームを放った。

 

 直接攻撃はまずいだろう。


 止める為に口を開くが、リアナも負けてはいない。目に見えないシールドでジアッゾのビームを拡散させると、背中から伸びる2本の突起物がジアッゾに向けてビームを撃ち返す。


 ジアッゾは体を傾けて2本のビームを避けると、ラケットでボールを打つ。


 フューレとキャレットが蚊帳の外になっているかと言えばそうではない。フューレは筒状の装置をボールに向けている。その装置の側面を叩くとボールの軌道が変わる。


 キャレットはボールを指差している。そして指を曲げるとその方向にボールが瞬間移動し、手を広げるとボールが分身する。分身したボールは打つと霧散する。

 実体があるのは本物だけのようだ。


 フューレとキャレットはどうやら補助要員のようだ。


 どれほどボールの軌道が変わろうとも、素早い動きで追いかけるジアッゾ。

 ボールが瞬間移動しても、まるで先読みでもしているかのように回り込んで打ち返し、ボールが分身しても2本の伸び縮みする腕で全てを打ち返す。


 ジアッゾとリアナはボールだけではなく、言葉もぶつけ合っている。


「わたくしの妖精外套の前では小細工は意味が無いと知りなさい」


「点数を取れていない者の言葉は響かない。図体だけが大きいでくの坊ではな」


「小賢しく飛び回るだけのハエが生意気を言うものね。打ち落として御覧に入れますわ」


「出来るものならやってみるがいい。エネルギーが底を突くよりも早く出来るのならば」


「出来ないと思っているあなたの驕りごと粉砕してあげますわ」


 付いて行けないので俺は黙々と点数板をめくっている。


「相山様は地球人にも拘らず落ち着いていらっしゃいますね」


「慣れているからな。それよりもミリアナさんは止めなくていいんですか? リアナはかなり熱くなっているようですが」


「熱くなったリアナ様の姿、面白いので見ておこうかと思いまして」


「面白いって、仕えて人に対する言葉とは思えませんが」


「半分冗談です。興味深い状況ですので観察をしているのです」


「興味深いって何がだ?」


「バリサスの機械技術がどの程度のものか。そしてあのフューレを名乗る方です」


 バリサスとはジアッゾの出身星の事である。


「前から気になっていたんだけど、フューレは第3太陽系の中で有名人なのか?」


「それはもう。私達の星系でアエラ・フューレ・ファタルの名を知らない者は、幼子か学業と疎遠の者しかいないでしょう」


 それはとんでもない有名人だ。この地球上でそれに該当する人は、片手で数えるほどしかいないのではないか。

 フューレはそれほどの有名人という事になる。


 正直なところ、数カ月の付き合いではその片鱗は見えなかった。人造人間という要素は変わっているけど、ジアッゾだって機械人間だし、他のクラスメイトも変わった出自を持っている。


 俺にとっては気の良い友人でしかない。良くも悪くも普通の人だ。


「ミリアナさん、少しだけフューレを取り巻く歴史について教えてくれませんか?」


「構いませんよ。それではどこから話しましょうか」

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