1.5章 4話 聴取! 被害者達

 ダイニングキッチンに入った榊さんは「これ、使わせてもらうよ」と言って、部屋の隅に置かれていた扇風機の外箱を椅子にして座ると、机上に置かれた赤い犬の置物と『アリバリア』と書かれたレシートを見ている。


「あの、すみません。椅子変わりますぅ」


「構わないよ。僕は無理を言ってお邪魔した立場だからね」


 明美さんが申し訳なさそうに立ち上がると、榊さんは笑みを見せながら答えた。


 榊さんとの付き合いは短いけど、この笑みが相手を安心させるための武器であると知っている。榊さんはこの武器を巧みに使って、相手の懐から情報を盗んでいくのだ。

 

 だがその戦法を知っていたら、面白く見られる。


 榊さんはそんな好奇の目を向ける俺を見ると、小さく口角を上げる。


「僕が見る限りではこの赤い犬の置物もレシートも、2件確認された失踪事件との繋がりは極めて強いと言える。

 レシートを発行した店は今回を含めた3件とも違うのだけど、置物に関しては3件とも同じものだね。写真を撮らせてもらうね」


 榊さんはそう言うと赤い犬の置物とレシートを携帯電話で写真を撮る。そしてその写真をどこかに送ってから電話をする。


「即刻このレシートに書かれた店とレジ打ち店員の調査と聞き込みをしてくれ。それじゃあよろしく」


 榊さんは電話を切ると俺達に顔を向ける。


「直近で物が消失したのはどれぐらい前かわかるかな」


 俺は時計を見てから答える。


「確認できたのは5分ほど前です」


「ほう。わかるのかね」


「はい。家中の物の上に小銭を置いて、消えたら音が聞こえるようにしました。さすがに全てではありませんが」


「十分だよ。手際が良くて助かるよ。では僕達は待つ事しかできない訳だ。それならば前に起こった2件について、少しだけ話してあげるよ」


 榊さんは背筋を伸ばす。


「1件目は約半年前のことだ。被害者はテレビ局員の男性。彼は1ヵ月ぶりに家に帰った時、家の物が無くなっている事に気づいて警察に空き巣の被害届を出した」


 1ヵ月ぶり……。メディアの仕事は大変だ。絶対に就きたくない。


「警察が調査した結果、事件性は見られないという結論に達した。理由としては第3者が侵入した形跡が一切ない事と、盗まれたという物に理由と関連性が無かった事。

 つまりは勘違いという事で事件は片付けられた。


 その男性は何度も訴えたが無駄に終わった。仕方が無いから仕事に戻ったのだけど、その1週間後に男性は消息を絶った。男性の部屋には赤い犬の置物とレシートだけが残っていた」


 都市伝説として聞いた内容と似たような内容だ。


「次に2件目の事件だ。被害者は女子大生。彼女は大学の近く、ワンルームマンションで1人暮らしをしていた。

 彼女も1件目の男性と同様の事が起きたのだけど、彼女は赤い犬を見ていたんだ」


「赤い犬を見る? 置物では無くて?」


「そうだよ。彼女は友人にこう話していたんだ。自分と同じぐらいの身長で2足歩行の、全身赤い犬が家に現れて消えた。まさにこんな姿の赤い犬がとね」


 榊さんは机上の赤い犬の置物の頭に手を置いた。

 

 この証言は重要な事実である。物が消失する原因は、赤い犬が持ち去っている可能性があるからだ。そして最後は人を誘拐する。全ての犯人は赤い犬という事になる。


「そんなファンタジーみたいな話、警察はまったく取り合わなかった」


 マージエリイ夫人がため息をついた。


「この平和な世界にも酷い話があるのね」


「平和だからこそだよ。

 一般市民からのUFOや妖怪や幽霊の目撃情報は、警察署によく持ち込まれる。

 もし現在が戦時中ならば、敵の斥候や新兵器の疑いがあるから調査されるのだけど、平和な現在でそれはあり得ないと皆が思い込んでいる。

 ファンタジーに付き合うよりも、現実的な空き巣や痴漢を取り締まるのさ」


 榊さんの言う事は納得できる。

 もし俺があのクラスに入っていなかったら、UFOも妖怪も幽霊もオカルト番組のネタとしか見ていなかっただろう。

 

 空を見て何かわからない物が飛んでいたとしても、現実的な何かだと切り捨てていただろう。


「話を戻すと、大学生の彼女は友人に赤い犬が日に日に自分に近づいてきていると訴えていたそうだ。

 鏡が大量に置かれた家で、憔悴仕切っている彼女を心配したその友人は、彼女の肉親が到着するまでの間、学校を休んで彼女に付き添う事にした。


 だけどもう遅かった。彼女とその友人が町を歩いている時、友人が少し目を離した隙に彼女は『赤い犬が』とだけ言葉を残して消えていなくなっていた」


 都市伝説の確信に迫る内容に、その場にいる榊さん以外の全員が息を呑んだ。

 この話を聞いて様々な事がわかったけど、逆に謎も大量に生まれた。


「その女子大生が見たという赤い犬は何者なのでしょうか」


「全くわからないね」


「赤い犬の置物とレシートを残す意図や動機は?」


「それもわからないね」


「何故赤い犬は少しずつ物を盗んでいるのでしょうか?」


「それもなんともだね。そもそも赤い犬が盗む姿を目撃して、生き残っている被害者はいない」


「確かにそうですね。赤い犬に目を付けられる人達に共通点はありませんか?」


「現段階では何もわかっていない。

 青井さんも含めた3人の住んでいる場所はバラバラで、血のつながりも無い。過去に出会っている可能性も有るかもしれないけど、それは道ですれ違った程度。

 3人を繋ぐものは何一つ見つかってはいない」


「ランダムで選ばれた3人だという事ですか」


 明美さんは不運にも赤い犬に選ばれてしまった。だが幸運にも、明美さんの場合はファンタジーが現実にあると知っている人が近くにいた。


「それでは相山君、聞かせてくれないか。この先、どうするつもりなのか」


 榊さんがまさかの俺に丸投げをしてきた。

 まあこの場にいる人達の中で、率先してリーダーになろうとする人がいない以上は、俺がするしかない。


 やりたくないけど。


「榊さんの話を全面的に信じるとして、必要なのは動く赤い犬を実際に見る言です。敵の姿を見るのは戦う上で必要です。

 そこで疑問なんですが、榊さんが話された2件について、女子大生の他に赤い犬を見た人はいるんでしょうか」


「そんな話は聞いていないよ」


「つまりは赤い犬は視野の外に現れるとい事になりますね。この家を見て思ったのですが、明美さんが頻繁に足を踏み入れる部屋の物がより残っているように思えます」


 その時、再び玄関の方向から金属が落ちる音が聞こえる。


「今聞こえた通りです。都市伝説の被害者が見ていない物から、赤い犬に盗まれていくのではないでしょうか。

 女子大生はそれを知ったから、家中に鏡を置いてのではないでしょうか。そして赤い犬を見続けた。

 被害者から遠い物から近い物を盗む赤い犬を見て、近づいてくると感じた」


 マージエリイ夫人は玄関の方向を見ながら唸ると口を開ける。


「あり得るわね。それでは家中の物をこの部屋に集めるというのが、私たちがまずすべき事かしら」


「そうですね。少し怖いですがそれでいきましょう。明美さんもそれで良いですか?」


「うん。私は相山君に従うよ。それしか出来る事は無いから」


「ありがとうございます。それでは2組に分かれて作業をしますか」


 俺が腰を上げると、サマンサが手で制する。


「歩き回るのは危ない。私に任せて」


 サマンサは立ち上がり周囲に物がない場所まで移動すると俺の方を向く。


「これから見せるもの、郊外禁止。全員ね」


 サマンサが手を叩くと、彼女の体が光始めた。

 その光がタイツのように彼女に張り付き、プロポーションを露わにする。


 いつもは服をふんわりと着ていたので気が付かなかってけど、サマンサの体形は、出る場所は出て引っ込む場所は引っ込む、まさにモデルのようである。服の下にこれほどの凶器を隠し持っていたとは知らなかった。


 ついつい凝視してしまう。


 サマンサの光は足先から変化していく。黒い靴、ゴシックドレス、そしてとんがり帽子だ。入学式の時にサマンサが来ていた服だ。


 最後に上部が丸く下部が尖っている杖が現れて、サマンサがそれを掴む。

 サマンサは杖の尖っている部分で地面を叩いた。

 

「手伝って。家の物を、ここに運んで」


 叩かれた地面が円形に光ると、そこからデフォルメ化されたリスやネズミや猫といった小動物が次から次へと現れて、各部屋に散っていった。

 

 都市伝説の前に中々意味の分からない光景を目にしている。


「それは何だ」


「えっと、あの、これは。うん。ごめんなさい」


 サマンサは勢いよく頭を下げた。


「私は魔法使いじゃない。私は【魔女】。夢の魔女。これは夢の魔法」


 どうやらサマンサは魔女のようだ。

 

 それを知ったところで、魔法使いと魔女の違いが分からないから、「へー」と言うしか出来ない。

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