1章 13話 モンゴリアンデスワーム!

 ケイが新たに呼び出したバーラーバックと呼ぶ生物は、体に無数の斑点があるミミズを連想させる。

 巨大なミミズはこれほどまでに気持ち悪いのか。

 テカテカした体面や口に生えた多くの歯が余計に嫌悪感を生んでいる。


 その姿はまさに【モンゴリアンデスワーム】である。


 しかも聞いていた話よりもずっと大きい。モンゴリアンデスワームは大きくても2メートル程だと聞いた事がある。だけど目の前のそれは10メートルを超えている。


 ここまでの大きさと見た目怪物映画を見ているような非現実感があって、恐怖よりも興奮が先に来る。


 これはビデオ撮影をして記録を取っておきたいけど、目の前のモンゴリアンデスワームが噂通りの存在ならば、そんな事をしている余裕は無いだろう。


 それは鞍馬も感じているようだ。


「これは困ったなあ。どう戦ったらいいのだろうか」


 鞍馬は日本刀を構えるとモンゴリアンデスワームに駆け出す。


「バーラーバック、噛み付け」


 ケイの毛先が青白く光ると、モンゴリアンデスワームは鞍馬を丸のみにしようと襲い掛かった。だがモンゴリアンデスワームはそれほど速く動けないようだ。


 鞍馬はそれを難なく避けると、日本刀をモンゴリアンデスワームの体に突き刺した。モンゴリアンデスワームから緑色の液体が噴き出す。


 その液体に触れた日本刀は、瞬く間に溶けてしまった。


「なんだこれは!」


 鞍馬は日本刀を離すとその場から飛びのく。モンゴリアンデスワームの体液が地面に触れると、その周囲の草が枯れ果て黄土色のぐちゃぐちとした何かに変わってしまった。

 

 ケイはその光景を見て勝ち誇ったように笑う。


「ハハッ、バーラーバックの血は全てを腐らせる毒よ。近づく事は出来ない」


「どうやらその毒は妖怪の僕でも効くようだ」


 鞍馬は平然とそう言うと左手を上げる。その左手の小指がドロドロに溶けている。


「少しだけあの生物の体液がかかってしまいました」


 鞍馬は全く焦っている様子は無い。


「平気そうだけど、まずいだろ。鞍馬は下がれ」


「心配しなくてもいいですよ。妖怪はそう簡単には死にません。

 三途の川の畔にある、妖怪旅館の三途温泉に浸かっていれば治りますよ。ここは僕に任せてください。三途温泉で人間と人形は再生しませんから」


 俺や水引、それにたぶんフューレも人間カテゴリーだろう。阿字ヶ峰はどうなるかわからないけど、俺たちがモンゴリアンデスワームの体液に触れると大惨事である。


「そうか。無理はするなよ」


 鞍馬の怪我に関しては安心できた。だが新たな不安要素としてあの世の存在が明示された。地獄に落ちない程度には清く正しく生きないと。


「人間のままでは難しいですね。それでは妖怪として戦いましょう」


 鞍馬の言葉が終わったその時、空気が一気に変わった。ひんやりとした風が鞍馬に吸い込まれていき、鞍馬の周囲に渦が出来る。


 そして鞍馬は羽織っていた制服を脱いでシャツ1枚になると、背中から大きくて真っ黒な羽が生え、体の色が赤色に変わった。


 更に手を掲げると羽団扇が、その手に出現した。


「天狗だ……」


 鞍馬の姿が天狗に変化した。鼻は高くないし、山伏装束ではない。だがその姿はまごうこと無き天狗のそれだ。

 

「な、何よそれ。あんた変身も出来んの。せこいわよ。でも構わないわ。バーラーバック、噛み付くのよ」


 モンゴリアンデスワームはケイの指示を受けて、鞍馬を向けて口を開けると飛び込んでくる。


 鞍馬は迫りくるモンゴリアンデスワームへ向けて走り、ぶつかる寸前のところで羽根をはばたかせて急上昇する。

 地面にかみついたモンゴリアンデスワームに、鞍馬は羽団扇を仰ぐ。すると風の刃がモンゴリアンデスワームの体表に傷をつける。


 毒の体液が周囲に飛び散るが、空中に浮かぶ鞍馬には当たらない。


 そのあたり一帯は体液で荒れ果てて地獄絵図と化している。


「甘いわね。バーラーバック、毒霧よ」


 ケイの毛先が青白く光ると、モンゴリアンデスワームが鞍馬の方へ口を向け、茶色い霧上のものを噴き出した。


 鞍馬が羽団扇を仰いで猛烈な風を起こすと、霧状のものは吹き飛ばされて木に降りかかる。するとその木は一瞬にしてやせ細った棒状の何かに変えられた。


「くそっ。霧じゃ駄目みたいね。それならバーラーバック、雷撃よ」


 ケイが髪の毛の先端を光らせると、モンゴリアンデスワームの節々から紐のような眩しい光が溢れて来て、それが空中で集まっていく。


 そしてサッカーボール程の大きさになると、その球体から雷撃が鞍馬に放たれた。その雷撃の速さに鞍馬は避けきれず肩を焦がした。


「多芸ですね」


 次から次へと放たれるモンゴリアンデスワームの雷撃を、鞍馬は飛び回る事でなんとか躱していく。


「いいわ。そのまま追い詰めなさい」

 

 髪の毛先を明滅させながら指示を出すケイに、モンゴリアンデスワームの雷撃と毒霧。それを躱しながら、間隙を見つけては風で切りつける鞍馬。


 派手な特撮映画でもみているような攻防が続く。


 確かにモンゴリアンデスワームにダメージは蓄積されているようだが、それは鞍馬も同様である。毒霧と雷撃の両方を避けるのは難しいようで、たびたび雷撃を受けている。


 そんな中、鞍馬が地面に足を付いたその時、


「今よ。ガリマス」


 何も無い空間からチュパカブラが姿を現し、鞍馬に爪で攻撃をする。風を起こし、モンゴリアンデスワームに集中していた鞍馬はその存在に意表を突かれ、腕を切りつけられた。


 直ぐに対応して蹴り飛ばしたチュパカブラは再び姿を隠した。


 迂闊だった。思い出してみると、ケイはチュパカブラを腰の球体に戻していなかった。だが、わかったところで俺には何も出来ない。


 それならば。


「阿字ヶ峰、幽霊の力を借りて抑え込む事は無理か?」


「あの赤目は見えさえすれば抑えられるが、大ミミズは無理じゃな。この辺りにいる幽霊にそこまでの力は無い」


「阿字ヶ峰だけの力では難しいのなら、水引はどうだ。阿字ヶ峰と協力したら出来ることがあるんじゃないか」


「そうね。阿字ヶ峰さんみたいな霊体は、霊能者と相性がいいの。だから強化する事も、使役する事も出来る」


「えっと、つまり何が出来るんだ」


「阿字ヶ峰さんに透明になったチュパカブラを見せる事が出来るかもしれないし、阿字ヶ峰さんとお友達の幽霊を強化する事が出来るかもしれない。

 理屈上はね。

 もっとも、私の力があっても、雑多に紛れるしかできない格の低い幽霊ではどうしようもないけどね」


 水引が阿字ヶ峰を閉じた目で睨み付ける。


「喧嘩腰でしか話せん子供にどう思われようとかまわん。それよりも今はあいつを倒す事を優先すべきじゃ」


「そうね。私こそ大人なげなかったわ」


 とりあえず阿字ヶ峰と水引は協力してくれるようだ。


「それでは作戦会議だ」


 俺は阿字ヶ峰と水引に作戦を伝えると前を見る。鞍馬とモンゴリアンデスワームの戦いは終わる様子は無い。

 

「阿字ヶ峰、水引、準備はいいか」


「いいぞ。いつでも大丈夫じゃ」


「こちらもいつでもいいわ」


 準備万端。鞍馬に近づいて説明する事は出来ないので、アドリブで動いてもらう。


「頼んだ、2人共」


「任せろ」


 阿字ヶ峰がそう言うと、彼女からどす黒い靄が発生する。


 その瞬間、全員に鳥肌が立った。

 死者への畏怖や敬意から来る感情が呼び起こされる。そして阿字ヶ峰が地面に手を触れると、モンゴリアンデスワームに手形が次々と押されていく。


 よく見ると手形だけではなく、薄っすらと人のようなもの、たぶん幽霊がまとわりついているのだろう。


「次は私ね」


 水引が両手を合わせて深呼吸をしてから、ゆっくりと瞼を開き真っ黒な目でモンゴリアンデスワームを見る。

 すると水引が光り始める。

 後光を背負っているようだ。


 水引の光を浴びていると、自然と不安や恐怖が薄れていく。

 

 水引がモンゴリアンデスワームに手をかざすと幽霊の縁が光り、なんと巨大化した。その幽霊はモンゴリアンデスワームを登っていく。


 一方のモンゴリアンデスワームは振り払おうと体を揺さぶるが、幽霊にはまったく影響が無いようだ。

 そして遂にモンゴリアンデスワームが地面に突っ伏した。


「チュパカブラも頼む」


「わかったわ」


 水引が阿字ヶ峰の肩に触る。


「おお! 奴の位置が見える。これなら」


 モンゴリアンデスワームのすぐ傍で、無数の幽霊が何もない場所に手を伸ばして地面に倒れる。その幽霊たちの中心には姿を現したチュパカブラが取り押さえられている。


「鞍馬、とどめを刺してくれ」


「了解です。でも怪物の弱点がわかりません」


「仕方が無いわね」


 水引がモンゴリアンデスワームに再び手をかざす。


「阿字ヶ峰さん見えるわよね。光っている場所は」


「わかった」


 幽霊の1人がモンゴリアンデスワームの巨体を登っていき、ある地点を指差すと阿字ヶ峰が叫ぶ。


「鞍馬よ。そこがその怪物の心臓じゃ」


「これはわかりやすいなあ」


 鞍馬が羽団扇を振りかざし、急所に向けて風の刃を飛ばした。


「くそっ! 戻って、ガリマス。バーラーバック」


 ケイが腰の球体に手を置くと、チュパカブラもモンゴリアンデスワームも光球になり、ケイの球体に戻って行った。

 鞍馬の刃が当たる寸前のところで、2体とも姿を消した。


「殺させるわけにはいかない。でもこれで勝ったと思うのなら間違いよ。私には……」


「阿字ヶ峰、水引。頼んだ」


 これを待っていたんだ。ケイが2対のUMAを戻すのを。ケイを先に倒すわけにはいかない。残されたUMAがどう動くかわからないからだ。


 俺の言葉で阿字ヶ峰が走り出した。そして阿字ヶ峰は自分の腕を引きちぎる。


「行くぞ水引! これで反省しろ、ケイ! ロケットパンチじゃああああ!!」


 阿字ヶ峰が自分の腕をケイに向かって投げる。水引はその腕に手をかざす。すると阿字ヶ峰の腕の付け根から赤色の光の粒子が噴射される。


 阿字ヶ峰の霊力を水引の力で推進力にして腕を飛ばしているのだ。


「ちょっと、直接って卑怯よおおおおおぉ」


 逃げるケイに阿字ヶ峰の腕がどこまでも追っていく。遂に、阿字ヶ峰の腕がケイの頬を思いっきり殴りつけた。

 吹っ飛ばされたケイは、地面の上に仰向けに倒れた。


 完全勝利だ!


 ケイとの勝負は、だけど。

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