0.5章 最終話 最後の嘘つき

 夕方、ケイとの待ち合わせ時間である。


 俺は病院で貰った湿布を頬に貼って、天坂と共に多田篠公園内の待ち合わせ場所に行くと、すでにケイの姿があった。


 ケイは俺を見つけるなり笑いやがった。


「どうしたのよ、その顔。殴られでもしたの?」


「そんなところだ」


「大丈夫なの? 無理そうなら今日じゃなくても良かったのに。律儀ね」


 悪態ばかりつくケイの口から、まさかの労いの言葉が出た。あまりにも予想外の出来事に、次の言葉が出てこない。


「何よ、じっと見て。きっしょ」


 俺がよく知る安心感のあるケイだ。悪態をつかれて安心するのもどうかと思うが、これこそがケイだ。


「今回の事件が無事解決したから、その報告に来たんだ」


「あら、解決したのね。お疲れ様。無駄に頑張るわね」


「無駄とか言うなよ。他人事じゃないんだぞ」


「そうね。それでどんな事件だったの?」


「まずコンビニでの窃盗の件だけど……」


 俺は淡々とケイが巻き込まれた一連の事件について説明した。どうして事件が起きたのか、どういった事件だったのか。


「この事件は登場人物の全員が嘘をつき、更に偶然や意図が重なって、1つの事件のように見えた。そして全員がそれに乗った。これが事件の全体像だ」


「そうだったのね。まったく、迷惑な話ね」


 ケイがため息をつくと、今まで黙って話を聞いていた天坂が帽子を脱いで、ケイの前に立った。


 天坂が本来の姿を晒したことで、騒動になるのではないか。俺は咄嗟に周囲を見渡したが、運のいい事に人はいない。


「私はぬいぐるみを切り刻み、ケイさんの猫に押し付けてしまった天坂と申します」


「あれ、女性だったのね。いえ、あなたの顔を見た事あるわ。アイドルの人よね」


「はい。ケイさんには私の自分勝手な行動で、ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした。この件は公式に謝罪させていただきます」


 天坂は深く頭を下げた。ケイは俺を一瞥すると、天坂に言葉をかける。


「顔を上げて。もし一般公開するつもりなら、その必要はない。

 これはあなたの為じゃない。私の為にそうしたいの。あなたは影響力があり過ぎる。

 もしあなたが自分を売るための自作自演だと言えば、きっとマスメディアは飛びつく。その矛先は私のペットにも及ぶ。私はペットの無実さえ確認出来たらそれでいい。目立ちたくはない」


「ありがとうございます」


 天坂が感謝の言葉を述べた後、次に俺に顔を向けた。


「相山君もありがとう。だから先にケイさんに聞けといったのね」


「その可能性があっただけだ。ケイを助けるのが俺の役割だからな」


 それを聞いていたケイは、小声で何かを言ったかと思えば、俺と天坂に顔をそむける。


「どれだけ私の事を知り尽くすつもりかしら。ストーカーみたいで気持ち悪いわね」


 ケイはため息を吐いてから、ささやくような声で続ける。


「もし次も私が困ったことがあれば、委員長は助けてくれる?」


「俺がケイのクラスの委員長である限り助けてやる。その後は卒業後に考える。残念だけど疎遠になるかもしれないだろ。俺は自分の周りを助けるので精いっぱいだ」


「そう」と一言だけ発したケイは顔が見えないので感情が読めない。だから覗き込むと、その横顔はとても幸せそうに笑っていた。


 覗き込みに気が付いたケイは、蔑むような眼を俺に向ける。


「何を見ているのかしら? ド、変態」


「それでこそケイだ」


 俺の言葉にケイは爽やかに笑った。


「本当に2人は仲が良いのね。本当に、本当に羨ましいわ」


 俺とケイのやり取りを聞いていた天坂が呟いた。そして天坂は弾むように歩いていき、近くに設置されていた花壇を囲むレンガの上に飛び乗った。


 天坂は太陽の日を前面に浴びながら俺を見下ろす。自然のスポットライトが天坂を輝かせているようだ。更に風が天坂の甘い匂いを運んでくるので、意識の全てが天坂に引っ張られた。


 そうしてレンガの上というステージに立った天坂の表情には、幼さの中に妖艶さが含まれるものになっていた。その真逆の2つを内包した姿は危ういと感じる。だからこそ目が離せない。


 俺をこの時初めてアイドルの輝きに照らされた。

 天坂が少しだけ屈むと、俺と目線の高さが同じになる。


「もし私がこの先困った事があれば、ケイさんのように助けてくれる? あなたになら、私の全てを見せてもいい」


 俺は天坂を見て頷くことしかできなかった。

 アイドルという存在の破壊力は想像を超えていた。その輝きから目を離せない。

 

 そんな時、咳払いの音が聞こえて我に返った。その咳払いはケイのものだ。


「おモテになるようで」


 俺は苦笑いを返すと、レンガから降りた天坂が「どう?私、輝いていた?」と満面の笑みで聞いてくる。


「これがアイドルかと感心したよ。今まで興味は無かったけど、一度くらいはライブを見に行こうかと思った」


「それなら今度は私の主戦場で見せてあげる。気が向いたらライブに来てよ。チケットは連絡をくれたらプレゼントするよ。そうだ! 今週末にユニットライブがあるから、それを見に来てよ」


「そうだな。俺は遠慮をする男じゃない。本当に貰うぞ」


「勿論だよ。それとケイさんもごめんね。少しの時間だけど相山君を奪ってしまって」


 ケイは鼻を鳴らす。


「そう思うのなら、私のペット探しを手伝ってもらえないかしら。たぶんこの公園にいる筈なのよ」


 どうやらまだケイの猫は見つかっていないようだ。それなら探さないとな。俺はケイの猫を探すそうと足を踏み出すと、何かが俺の足に絡みついているのを感じた。

 

 何かと思い視線を足元に向けると、白いハート模様のある黒猫が、俺の足に体をこすりつけていた。


 見覚えのある猫だ……、ケイの猫じゃないか!


「ケイ! いたぞ。俺の足元」


 俺は猫を飼った事がない。だから扱い方が分からず、ただ動かないでいる事しか出来ない。


 俺の足元を見たケイの表情がぱっと華やかになる。それは写真の中で見たケイの表情だった。ケイが駆け寄ってきて「探したんだから」と言いながら、猫を掴み上げた。


 ケイの猫は、ケイの胸の前でおとなしく俺を見ている。やはり対処がわからないので、つい猫に対して首肯をしてしまった。

 ちょっと恥ずかしい。


 天坂は少しだけ屈んで猫と目線を合わせる。


「この猫が噂の。本当だ。ハートの模様がある」


 天坂が手を伸ばすと、ケイの猫は素直に撫でられている。


「今日は色々とありがとう。委員長のおかげで助かったわ。悪いけど、今日は帰らせてもらうわ。疲れているの」


「ああ、それと最後に話さないといけない事がある」


「なに?」


「この事件に関係者は全員が嘘をついていると言っただろ。その中にはあの警察官である榊さんとその部下も含まれている。だから注意をしてくれ」


ケイの顔が引き締まる。


「どうしてそう思うの?」


「事件の規模に対して動員される警察が多い。

 元々の事件内容は猫のいたずらだ。人が起こした凶悪事件ではないし、被害者の全員が罪に問わないと言っていた。

 それなのにユニットハウスまで用意して事件を調査していた。あまりに大掛かり過ぎる。それにも関わらず、俺に情報を教えて、ケイを簡単に釈放した。

 事件全体を見てもそうだ。俺でも気が付いた矛盾を見逃すほど、あの人たちは無能ではないと思う。

 現に俺が調べてたどり着いた相手の電話番号とか、コンビニ前の防犯カメラの映像を既に榊さんが持っていた。証拠は全て手に入れていた事になる」


「そうなると、彼らの目的ね。私や委員長が関わっている事なら、ある程度の推測は立てられるわね」


「だけどあくまでも推測でしかない。目的がハッキリとしないから注意をしろと言っても難しいとおもうけど、ケイが大きな嘘をついているのなら、俺の言葉を覚えておいた方がいい」


「忠告ありがとう」


 ケイは体を翻して歩いて行った。俺は既に帽子を被って男装をしている天坂の方に振り返る。


「今の話は聞かなかったことにしてくれ」


「わかった。だからいつか教えてね」


「たぶんだけど、そう遠くないうちに天坂の耳にも届くと思う。それまでは何も言えない」


 俺のクラスは普通ではない。だから普通に3年間を過ごせないだろう。いつか深刻な騒動になりそうな気配はする。俺は出来る限りそうならないように、頑張る事しか出来ない。


 委員長として。

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