第6話

それは、とある吟遊詩人のお話


昔々、

真っ白く降り続ける雪の日のこと。

その日の夕暮れ、

世界はあっという間に闇に染まった。

朱朱とした夕陽が、

燃え尽きるように黒く染まるのを

旅人は見た。

後には、哀しみに満たされたような闇だけが

残ったそうだ。

もう二度と日が昇らないのではないかと思うほど、

それはそれは深い、静かな闇だったという。

深々と雪の降り続ける中、

旅人はひたすらに歩き続けた。

どのくらい、闇に呑まれていたのかわからない。

ふいに、空を見上げたときだった。

白く細い光が見えた。

目を凝らしてみると、

下弦に浮かぶ月が、頼りなげに瞬いていた。

音もなく降り積もった白雪の上に

懸命に浮かぶその月は

ひどく哀しげで、

今にも消え入りそうな光だったけれど、

暗がりを急いでいた旅人の心を暖かく

優しく照らした。

やがて、

目的の地へ辿り着いた旅人は、

旅支度を解き、宿の窓から月を眺めていた。

限りなく細い、微かな光りが照らす先には

大きな樹の輪郭が浮かび上がっている。

その影を、ぼんやりと見つめていた

そのときだった。

旅人は、思わず何度も瞬きをした。

細い月が、ゆらりと揺らめいて

蝶のように鳥のように、

ひらひら羽ばき、

空の彼方へ消えていくのを見たのだ。



気がつくと雪は止んでいて、

闇は、いつしか夜に溶けていた。

朝日が昇る時間になっても

世界は夜に包まれたまま

数える星のない空が

どこまでも続いていた。

旅人は、先へ進むために

身支度を終えると、

明けない夜空を見上げながら、

凍りついた世界を歩き始めた。

そして見たのだ。

朱色の光を導くように空を舞う

大きな羽ばたきを。

遠くに見える大樹の向こうから、

朱色の光を連れて真っ白く羽ばたいてくる

それは、大きな蝶のように鳥のように、

悠々と空を渡り、

その羽ばたきは世界を揺らした。

羽ばたきに応えるように、

幾星霜の流星が弧を描き、

無数の鳥たちが空へ飛び立った。

朝焼けが深い闇を解かす頃、

真っ白な羽ばたきは、

水面に浮かぶ泡のように空へと消えていき、

後には空のように海のように、

蒼く染まった羽根が無数に舞い降りたという。

旅人は蒼い羽根を一枚拾い、大事に持ち続けた。

それからしばらくの後、

旅人の願いが叶ったのだという。

旅人の願いが何だったのかは伝えられていない。

だがそれ以降、細く欠けゆく月が美しい夜は

何かが起こる。

そして

月に願えば願いが叶うという、

言い伝えが生まれた。

その言い伝えを知る者たちは密かに、

新月前の細い月夜のことを

羽月夜「うづくよ」と呼ぶ。

この話を誰が伝えたのかは、

誰も知らない。

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