初めてばかり

 私は今·····すごく驚いています。


「えっと、千紘ちゃん」

「ダメだよ?」

「恥ずかしいです!·····せめて、着替えさせて下さいよ!」

「せっかく可愛いのに、勿体ないよ!」


 千紘ちゃんは私の言葉を無視して、私の手を引っ張って歩きます。

 そして、陽介くんと圭くんが待つ商店街入口まで着いてしまいました。


「二人ともおまたせー!」


 千紘ちゃんの声に二人がこちらを見ます。

 私はすかさず千紘ちゃんの背中に隠れます。


「おう?、千紘·····と藤白さんどうしたの?」

「夏奈大丈夫だって!、変じゃないから!むしろすっごい可愛いから!」

「うう·····」


 私は恐る恐る千紘ちゃんの背中から出てきます。

 何故こんなにも逃げていたのかと言うと、お母さんに浴衣を着せられたのです。

 空色に赤色の金魚が描かれているデザインで可愛いなと思い、お小遣いを貯めて買った浴衣です。

 私は永遠に着ることは無いだろうなぁと思って保管していたのですが、お母さんがそれを思い出して、取り出してきました。


「··········」

「似合ってるよ、夏奈ちゃん」

「あ、ありがとうございます圭くん·····陽介くん?」


 陽介くんは先程から目を見開いて黙っています。

 私が陽介くんの目の前に来ると、少しだけ距離を置かれました。


「藤白さん·····ニアッテマス」

「何故敬語?」

「夏奈ちゃんの浴衣が良すぎて、キャパオーバーした?」

「ええ·····」


 私は困惑しています。

 しばらくするといつもの陽介くんに戻りました。


「ごめん、ごめん!·····いやぁすっごく似合ってるよ藤白さん!·····写真撮ってもいい?」

「ダメですよ?」

「ダメか〜、目に焼き付けとこ」


 そう言いながら陽介くんはそう言いながらスマホをしまいました。


「圭、千紘の事頼むぞ、あいつ目離すとすぐにどっか行くから」

「私は子供じゃないんですけど?」

「行こっか東堂さん、ようちゃんは、藤白さんと二人っきりでいたいみたいだし?」

「う、うん」


 圭くんの言葉に千紘ちゃんは少しだけ顔を赤くして、頷きます。

 私は千紘ちゃんの様子がいつもと違う様な気がしました。


「お祭りって、こんなに人が沢山いるんですね」

「藤白さんお祭り来るの初めて?」

「はい!、この時間はいつも家に篭ってることが多いので」

「へぇ〜そうなんだ、なら目一杯楽しまなきゃね!」


 陽介くんは意気込んでいます。

 私はその様子を見て嬉しくなりました。

 私はチラリと千紘ちゃんと圭くんの様子を見ます。


「東堂さんはどっか見たい屋台ある?」

「ん〜、強いて言うなら·····ベビーカステラ?」

「良いね、お祭りのベビーカステラって、なんかいつもより美味しく感じるし 」

「そうそう!お祭りでしか味わえない何かを感じるって言うか!·····あっ、ごめん」


 千紘ちゃんは圭くんとの話に夢中で、距離感を忘れたのか近づいたみたいです。

 圭くんは「大丈夫」と言っています。


「·····藤白さん?」

「はい!」


 私は不意に呼ばれて驚いてしまいます。


「射的やる?」

「射的ですか!やります!やりたいです!」


 私は食い気味に言います。

 私のその様子に陽介くんは珍しく戸惑っています。


「藤白さん、乗り気だね·····圭、千紘、俺ら射的行ってくる!」

「おう行ってらっしゃい〜」


 私たちは射的に行く事になりました。


「··········」


 私はコルクを銃に詰めます。

 そして欲しい景品に狙いを定めて、引き金を引きます。

 パンっ!と少し大きな音がなり、景品の横を掠めます。


「惜しい!」

「·····当たりませんね、おじさんもう一回お願いします!」

「藤白さん?!」


 陽介くんが私がもう五百円払いそうな所を止めます。


「おじさん、俺、一回お願いします」


 陽介くんは五百円を屋台のおじさんに渡します。

 そしてコルクを銃に詰めます。


「藤白さんの狙ってたやつって、あれ?」


 陽介くんが猫のぬいぐるみを指します。

 私はこくりと頷きます。


「分かった、頑張ってみる」


 陽介くんは照準をぬいぐるみに合わせます。

 そしてパンっ!と音がなり、ぬいぐるみの手に当たりビクともしません。

 焦る私とは違い陽介くんは落ち着いた様子で、銃にまたコルクを詰めます。

 そしてまた射ちます。

 ぬいぐるみの顔にコルクが当たりますが、ビクともしません。

 陽介くんはボソリと「絶対ズルしてる」と言いました。


「おじさん本当にこれ落ちるようになってる?」


 陽介くんの言葉に屋台のおじさんはビクリとします。


「な、何だ?ちゃんと落ちるに決まってるだろ?」

「じゃあ、後ろ見せてください」

「何でそんな事する必要があるんだよ?」

「嘘をついていないなら疑いを晴らしたいのなら、見せてください」


 おじさんは舌打ちをします。

 そしてぬいぐるみをどかすと、ぬいぐるみと同じ位の高さの支えらしき物が出てきます。


「やっぱり·····そのぬいぐるみで、この銃とコルクで、落ちないなんておかしいんですよ」

「くそっ!·····持ってけ」

「結構です」


 陽介くんの言葉におじさんは驚きます。


「俺の力で取るのが良いんです、だから取らせてもらいます」


 陽介くんは照準をまたぬいぐるみに向けて、一呼吸してからパンっと乾いた音がなります。


「·····いや〜、良かったよ取れて!」

「ありがとうございます!」


 私は陽介くんが取ってくれたぬいぐるみを抱きしめながらお礼を言います。

 あの後知ったのですが、陽介くんはここら辺の地域で射的で有名な人になっまていました。

 おじさんは悔しそうな顔をして陽介くんに景品を渡しました。


「·····スナイパーニッシー」

「やめて!?」


 陽介くんの友達が面白半分で付けたあだ名を呟きます。

 おじさんが「お前まさかあの…ニッシーか?!」と言っていたので、陽介くんに聞くと素直に言ってくれました。

 昔この祭りにある射的屋全ての景品を八割方かっさらい、不正行為を破っていっていたことを。

 お祭りでの要注意人物になっているそうです。


「ニッシーさん、今度射的のコツ教えてくださいね」

「藤白さん、楽しんでるよね?!」


 陽介くんは咳払いをして話をします。


「射的のコツはまた今度教えるよ」

「·····本当ですか?」

「本当だって、俺が嘘ついた事無いでしょ?」

「それもそうですね」

「信用してくれてるんだ」


 陽介くんは嬉しそうに笑って私を見ます。


「陽介くん」

「何?」

「·····です」


 私が言った小さな言葉は花火でかき消されました。


「ごめん、花火で聞こえなかった、もう一回言ってくれるかな?」

「千紘ちゃんたちと合流しませんか?」

「そうだね」


 私たちは、人が少ないところに移動して、圭くんに陽介くんが電話します。

 しばらくして陽介くんは困ったような表情になります。


「出ないな、圭」

「大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だって、圭はあぁ見えてすっごい強いし」

「それもそうですね」

「もう少しだけ花火見てようか」


 私たちは静かに花火を見る事にしました。



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