私は手を握った

 いつもより低い声の陽介くんが私と近藤くんの間に立ちます。

 本当に来てくれたんだ。


「陽介·····なんだよヒーロー気取りかよ」

「そんなんじゃない·····けど、好きな女の子のこと守れるんだったらそれもいいかもしれないな」


 私は陽介くんが来てくれて安心しました。

 さっきまでの恐怖が少しだけマシになりました。


「調子乗りやがって!」


 近藤くんは拳を振り上げます。

 その拳を陽介くんは止めました。


「·····藤白さんがさ、お前殴ったとしたらすっごい心配すると思うからさ·····腹たってるけど殴らない」


 近藤くんの顔が少ししか見ませんが、少しだけ動揺しているのか「え、あ」という声が聞こえます。


「あの時お前のこと殴ってでも止めとけば良かったよ」

「·····」


 近藤くんは黙り込みます。


「藤白さんがさ言ったんだよ笑ったり泣いたり、怒ったりするのもできない疲れちゃって感情なんて持ってない方が楽だって·····そう言ってたんだぞ」


 私は彼のその言葉に驚きます。

 あの時屋上にいた私はたまたま入ってきた知らない男の子にそう言ったのです。

 どうせ会うことも無いとかそんなん感じに自暴自棄になっていたので、まさかその男の子が今目の前にいるなんて。


「たかがそんな事って思ってるだろうけど、藤白さんを傷つけたんだよお前は」

「·····知らなかった」

「知る努力をしてないだろうが」


 近藤くんの呟きに冷たく陽介くんが言います。


「無愛想な女だからって、何も思わないって思ってた·····」

「本当に最低だよ」

「·····」

「黙りかよ·····都合のいい時だけ喋ってさ、目逸らすなよ?お前の撒いた種だろ」

「あの·····陽介くんそれ以上は·····」


 私は陽介くんの前に立ちます。

 これ以上陽介くんが怒る必要はありません。

 陽介くんがこれ以上辛い顔する必要はないんですから。

 言葉を紡ぐ度に泣きそうな声を出す彼をもう見たくないから、笑っててほしいから。


「私が傷つくのはいいんです·····でも陽介くんが、近藤くんが傷つくのは·····嫌です」

「藤白さんは関係ないから·····これは俺が勝手にやってる事だからほっといてくれるかな?」


 いつもより冷たい目で陽介くんは私を見ます。

 でも私だって引くわけにはいきません。

 貴方をここまで追い込んだ過去の私に会えるのなら殴りたい。


「ほ、ほっときません!わ、私は関係無くなんてないです。これ以上やるなら、私を何とかしてからにしてください!」

「頑固者」

「それは陽介くんです!」


 私は恐怖を押し殺して陽介くんをキッと睨みます。


「·····あーもう!分かったよ·····俺ちょっと冷静じゃなかった、ごめん」


 陽介くんのその言葉を聞いて私はホッと胸を撫で下ろしました。

 そして近藤くんの事を睨みます。


「帰れよ、藤白さんにもう用ないだろ。それか言いたいことあるなら言えよ」


 そう陽介くんが言うと近藤くんは黙って帰っていきました。

 私は彼に聞かないといけないことがあります。


「あの·····陽介くん」

「·····いつか言おうとは思ってたんだ」


 陽介くんは力のない笑を見せます。


「でもこれだけは分かって欲しい」


 そう言って私の手を握って言いました。


「同情で藤白さんを好きになったわけじゃないから…償いで君といるわけじゃないから」


 その言葉に少しだけ胸がドキリとしてしまいます。

 この人は本当に私のことを好きでいてくれるんだ。


「········なんで会ってたって教えてくれなかったんですか?」

「えっと、俺の事忘れてると思ってたし·····」

「それはまぁ、否定しませんけど·····」


 私は少しだけ目を逸らして言います。

 確かに私は他人をすぐ忘れてしまいます。

 今こうして陽介くんを覚えている事が私にしては珍しい事なのです。


「これからどんどん友達増やして名前覚える努力しようよ、俺手伝うしさ?」

「·····ど、努力します」

「そんな固くならなくても大丈夫だって!」


 陽介くんはそう言っていつもの明るい笑顔で言いました。

 彼の笑顔を見るとなんでもできるような気がします。

 私はそう思いながら彼と帰路に着きました。



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