★クワリフ(蓮霖)

※R18性描写有り

※未成年に対する性行為の描写があります


攻・蓮台紫暮れんだいしぐれ

 元警察官。かなり特殊な部署に配属されていたがとある事件でPTSDを患い、現在休職中。昔出会った元不良少年である霖と暮らしている。

受・黄菅霖きすげりん(よそのこ)

 元不良少年。蓮台のところによく遊びに行ってたら壊れた蓮台に食われた。痩せっぽちの可愛い子。




 朝おきた瞬間から、頭ん中にクワリフっていう単語が居座ってた。

 うーん、と布団の上で三分くらいぼーっとして、顔をぱしゃぱしゃっと洗って、とりあえずパジャマのズボンを穿きながら考えてみたけど、まったくわからない。スマホで調べればよかったんだろうけど、ゆうべどこにうっちゃったか覚えてない。

 クワリフってなんだろー、なんだろー、今度蓮台れんだいさんに訊かなくちゃ、と思っているあいだに「おはよ、りん」と背後からぎゅっとされた。

「さぶー、やっばいな今朝。これ何度?」

 俺で暖をとりながらぼやく蓮台さんは、かなり寒がりだと思う。だって部屋に暖房はついてるし、蓮台さんは毛玉だらけのセーターを着こんでるし。いつもは、俺よりずーっと早く起きて、腕まくりなんかして家事をしているけど、起きたばっかりらしい。

「遅起きだね、蓮台さん」

「土曜日なんだから許してよ」

 眉を下げて笑うけど、ほんとうは蓮台さんに土曜も月曜もない。休職中だから。

 お給料はどうなってるのかとか、仕事にもどることができるのかとか、そういう細かいことは知らないし、訊かない。

 蓮台さんは、さむいなーとぼやきながらも台所にいって、コーヒー牛乳を作りだした。金髪はぼさぼさで、光をうけると輪郭が白く燃え、綿毛みたいになっている。薄い色の目の下には、俺よりピンクっぽい肌では目立つはっきりとしたクマ。

 こんなふうになっている理由を知っている。

 昨日の夕方、蓮台さんの元・奥さんが来ていたのだ。

 だから、お酒の瓶が台所の床に置かれていて、薬の袋がゴミ箱にたくさん捨ててある。蓮台さんは、いつもそうなるから。

 テーブルの上に、茶色い、かさかさした紙袋があった。昨夜、おみやげとして元・奥さん(瑞季みずきさんという名前は知ってるんだけど、ついこう読んでしまう)が置いていったものだ。俺が受け取ったら、奥さんは頭をぽんぽんと軽く叩いた。「霖くんが食べきっちゃってもいいんだからね」

 その中身は、つやつやした瓶詰めのジャムだった。新聞紙のような紙に包まれて、麻紐で縛られていたそれを、奥さんが帰ったあとに取りだしてテーブルに並べていたら、蓮台さんが──

「──軽井沢の、有名なとこのらしいよ」

 昨夜のことを思い出していると、蓮台さんが背後からやってきて、瓶をひとつひとつ手に取って、ラベルを読んだ。

「ママレード、キウイフルーツ、そんでこれが定番のストロベリー」

 ストロベリーがいいな、と思った。それで、そう言ったら、蓮台さんはおっけーと軽く言って、瓶をかぱっとかんたんに開けてしまう。え、今あけちゃうの、と思ったら、顔に出てたのか、「朝ごはん食べないの?」ときょとんとされた。

 蓮台さんがスーパーの食パン(半額シールつき)の袋を開けている間、クワリフ、のことを話した。蓮台さんは、知らない言葉だなあとうなった。

「なんだろ。響き的にはなんかロシア語とかっぽいけど」

 蓮台さんはすぐにスマホを取り出して、検索しようとしたけど、そのとき急に「あ」と声をだして、ジャムの瓶を包んでいた紙を指さした。

「これじゃない」

 言われて、じっくりにらんでみたら、その新聞紙のように見えていた紙は辞書のような文章をでたらめに印刷したおしゃれな紙だった。アルファベットと日本語がまじっている。

 そのなかに、太く目立つ文字で、か-りゅう【果粒】[クワリフ]とあった。

「……クワリフ、」カタカナをそのまま読み上げて、なんだこれ…と思っていると、蓮台さんが「旧仮名遣いってやつだよ」と空中にいくつか文字を書いた。

「でしょう、じゃなくて、でせう、とか」

「なにそれ」

「あー、うーん。どこかへ行く、の『へ』とか、音は『え』なのに『へ』って変な書き方するでしょ。昔はもっとそれが多かったんだよ」

「昔は『かりゅう』を『くわりふ』って書いてたってこと?」

「そうそう」

 頷きながら、蓮台さんは包装紙の「果粒クワリフ」の説明を読み「あ、これ商品説明になってる。凝ってんなー」と目を細めた。

「果粒たっぷりのグレープフルーツ・ジュース、人気商品らしいよ。ジャムにも入ってんのかな」

「俺、酸っぱいの好きじゃないよ。いちごの貸して」

「はいはい。…パン焼く? そのまま?」

「焼いて」

 蓮台さんから瓶を受け取り、がんばって蓋を外しながら、もう一度ちらっと台所を確認する。

 蓮台さんは警察官なんだけど(だから、かつて不良少年だった俺と知り合った、という事情がある)ちょっと特殊な課で、特殊な事件に対応するうちに心を病んで、今は休職中。暴れたり自殺しようとしたりはないけど、たくさんの薬を毎日飲んでいる。それがちゃんと処方された、飲まないといけない薬なのか、飲みすぎちゃいけないはずの薬なのか、俺には区別がつかない。

 しかも蓮台さんは、よく眠れなさそうな日は──特に、昨日のように元・奥さんと会ったりしたときは──睡眠薬をお酒で飲む。

 錠剤を砕いて、雪のような顆粒になった睡眠薬をざらざらと、ボウルいっぱいに降り積もらせて、甘い果物のお酒で流し込む。お酒に溶けた顆粒クワリフは、苦くって飲めたもんじゃないと、俺は思うんだけど。

 パンが焼けて、トースターから出して、お皿に置いて。

 ジャムの瓶とそのお皿をテーブルに置いて、蓮台さんは、突然、俺を後ろっから抱きしめた。

「……れ、んだい、さん」

 おはよう、や、おちついて、のハグとは違う。蓮台さんの手のひらは熱くて、焼けるような指は俺の体をなぞって服の中にはいる。それで、もう反射で、俺は口を開いて彼にもたれかかってしまうのだ。

 せっかく着た服を脱がされて、寒くてちょっとぶるっとした。その背中をまるごと抱きしめられて、お腹や胸のあたりを蓮台さんのあったかい手がこする。

「……ゆうべも、したよ」

 顎をとって首を傾けさせられ、ちゅ、と首筋を吸われた。

「まだ」

 大きな手が、俺の腹の下のほうを撫でる。へそと股の間の、薄くへこんだところを。

「あかちゃんできるまで」

 頭を固定されて、ぐうっと喉をそらしたかたちにひっぱられて、キスされる。厚いベロがぬるんと入ってくるえっちなときのキス、そのベロはざらざらして甘苦い。

 顆粒の、へんな薬。

 こういうことをするとき、いつも口移しで飲まされる。睡眠薬じゃない。俺が昔やってた覚醒剤ドラッグとかでもない。でも、ちょっとあぶないやつだと思う。

 あかちゃんできる薬、と蓮台さんは教えてくれたけど、たぶん強いセックス・ドラッグだと思う。蓮台さんもそれを飲んでいて、いろんな薬といっしょに。

 おかしくなっちゃった蓮台さんが、いったいどんな理屈でそんなふうに考えているのかはわからない。でも、蓮台さんは頑張って俺と子供を作ろうとする。

 普段の蓮台さんは、こんなことにならない。でも、こんなふうに、ときどき、タガが外れたように、怖い動物みたいに。

 いつもは、ちゃんと精神科にも通ってるし、職場のカウンセリングも受けているし、たくさんの人が蓮台さんを診察して、職業からくるPTSDと抑うつだって診断した──誰も、俺たちがこんなことしてるなんて想像できないのも無理はない、だって俺だって意味がわからなかった。だって、蓮台さんには奥さんがいたのに、別れて、それでなんで男の、痩せっぽちの俺を──

 テーブルに手をついて、昨日もひらかれた体をもっぺんでろでろにされる。俺の体のなかから、得体の知れない甘くて熱いものがどろどろ流れ出していっちゃうみたいで、すっごい、こわい。心とか脳みそとか、だいじな臓器がぜんぶ溶けちゃって、入ってきた蓮台さんのでかき混ぜられて、あれ、これ、なんでこわいんだっけ、こわくなんかないのに、こんなにきもちいいのに。

「いいこだね、霖、いい子」

 名前を呼ばれると熱い泡がはじける。あー、あー、とばかになって声が垂れながれて、よだれといっしょに床に落ちた。

 頭がぐらぐらする。煮立ったジャムみたいに甘くて熱くてどうしようもない。いっぺん沸騰しちゃったものは、熱が冷めるのをただ待つしかない。火傷しそうな熱い手を、蓮台さんが握り込む。ただ終わるまで待つ。ずるずる抜ける感触に泣きそうな声が漏れてしまう。ゆっくりされるのがなによりつらい。我慢は苦手だ。

 ベッドいきたい、って俺が言ったのかわかんないけど、ちょっとごめんね、と返されて、俺の体は溶けたバターのかたまりみたいに抱えこまれて、どろんと平べったいソファの上へ。溶けて流れていく体をまた型にいれるように、俺の上に覆いかぶさった蓮台さんの長い手脚が、四方で俺を閉じこめる。蜘蛛みたいに甘い糸でからめとられて、俺はもうひいひい言ってるんだけど、蓮台さんもだんだん息が荒くなって、蜘蛛の糸の隙間から動物の低いうめきがもれて聞こえる。

 ほんとはよくないことなんだけど。だけど。でも、おれはこわい蓮台さんがすき。

 もっと動物になって。

 そう思うけど、きっと蓮台さんはそれも苦しいのだ。俺をめちゃくちゃにして、あかちゃんつくろうって甘ったるく言う壊れちゃった蓮台さんは、ほんとうはとてもふつうで、優しい。ふたつに割れてしまった谷間を覗きこむとき、そこに潜む真っ黒な怪物が俺を見返す。その眼は、蓮台さんと同じいちご色。

 壊れた蓮台さんの亀裂からあふれだした黒いジャムに抱え込まれて、きもちよくてどろどろになって、全部がとろけそうな俺のなかにまだ──すこしだけ残っている、このざらざらした気持ちが、顆粒クワリフなんだろうか。

 ソファの上で俺は蓮台さんのあかちゃんのために泣き笑う。テーブルの上の、もう冷えてしまったトーストとジャムの赤さが、きもちよくてだらだらこぼれる涙でにじんでなんに見えなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る