マネキン 1 (旦拝)

※CoC「ソープスクール」通過済の探索者が登場します。シナリオの内容にもやや触れますので、通過予定のある方の閲覧は推奨しません。





★探索者紹介(敬称略)

自宅:拝原遠→ソープスクールHO1 同性愛者で、不幸になりたくて不倫している。HO2と色々あって肉体関係を持ってしまったのをきっかけに、不倫をやめるため、HO2に「不幸にしてもらう」ことになる。

よそのこ:旦波緑青→ソープスクールHO2 もう色々なところがめちゃくちゃに破綻しているが、ある意味、誰より純粋な人物。HO1が不倫をやめられるように自分が彼を「不幸にする」ことを提案する。



 車を運転するのは久しぶりだったが、存外感覚は手足に残っているものだった、身体を折り畳まれるような窮屈ささえも。

 助手席できっちりとシートベルトをしめた同僚は、夜の山道のドライブが物珍しいのか、笑顔のまま窓の外を眺めている。外は暗く、鏡のようになった窓ガラスには、見慣れた彼の笑顔が映っている。

拝原はいばら先生、これ、レンタカーですよね? わざわざお借りになったんですか?」

「カーシェアリングですよ」拝原はハンドルを切りながら答える。

「ああ! 学生時代の友人がよく借りてました」

「…そっか、旦波たんば先生の年齢だともう大学時代にはポピュラーなんですよね、カーシェア……」

「そうでしたね! 拝原先生はよくこのへん来られるんですか?」

「うーん……よく、ではありませんけど、ときどき…たまーに……くらいですかね」暗く沈んだ木立を写すミラーを、ちらりと見ながら首を傾げる。「自分で運転して来るのは、初めてかもしれません」

 ぱしり、と、夜露に濡れた枝が助手席の窓を叩いた。山道には隠れるところがたくさんあるから、夜より暗い闇がみっしりと潜んで蠢いて、時々こうして苛んでくる、罪深いひとを。

 そう、自分も、隣の男も、罪人なのだ。



 見慣れた町中から山間部へ、夜間に車を駆って目指す場所は、うっかりしていると夜闇のなか通りすぎてしまいそうなくらい深い緑に埋もれていた。「ここじゃないんですか?」と旦波に言われ、慌ててギリギリで駐車場に滑り込んだ。ウィンカーを出し忘れたが、他に走っている車もない。

 廃墟になっていたらどうしようと思っていたが、駐車場の入り口には小さく「空室有」という緑色の文字が点灯していた。

 空いているスペースに、少し斜めになりながらも滑り込む。エンジンを切り、キーをポケットに入れる。「あんまりこういうとこ使うの、好きじゃないんですよね」ドアを開け、折り畳まれていた骨組みをぱきぱきと組み立てるように、ぎこちなく体を伸ばす。

「そうなんですか?」反対側から、自然な動作で降りた旦波がこちらへ顔を向ける。「ここ、いわゆるモーテル…というかラブホテルですよね。苦手なんですか?」

「いや、僕、目立つので」

「そうですね、拝原先生は遠くからでもわかります」

「……ここまで山の中ならどうか知りませんけど、入るの見られたら、絶対に僕だってわかるじゃないですか」

「ああ、確かに。教員としてはまずいですもんね、こういうところに来るの──」

 しかも、男とだ。拝原は心の中で付け加えた。

「じゃあ、普段はどうしてるんですか? ほら、あの──お子さんがいる方と会うときとか」

 顔がこわばった。答えたくなかったが、別にもう知られても構わない気もまたしていた。二秒ほど黙って、結局投げるようにぽつりと言った。

「部屋です」

「え、拝原先生の?」

「はい」

「いいなぁ!」

 通りのよい旦波の声に、びくっと拝原の肩が震える。

「僕も拝原先生のお部屋、入ってみたかったです」

「………それが嫌だから、こうしてわざわざこんなところまで来たんですけど……」カーシェアリングまで使って、とぼやいた拝原の隣で、聞こえていないはずはないのに「あ、このパネルで部屋を選ぶんですかね?」と旦波は元気な声をあげる。拝原は思わず身を縮めてしまった。

「あの……ここ、車停めるところと部屋が直結してて、車停められたってことは自動的にこの部屋になるってことなので……それは時間とかコースを選ぶやつです」

「あ、ほんとだ。どうします、拝原先生?」

 いつもと全く変わらない笑顔のまま訊ねられ、わけもなく囁き声のまま、拝原は「カーシェア、六時間予約してるので、戻る時間考えたら…三時間くらいが妥当じゃないですか」と返す。旦波の通る声が、そんなはずないのに、他の部屋の客や、来た山道に潜むなにか・・・に聞かれていないか怖くて、シャツと皮膚の間の空気がぞっと冷えていくような感覚に襲われていた。

「じゃあこの深夜休憩コース…っていうのにしてみます?」

「じゃあ、それで」

 旦波が落ち着いた、ゆっくりとすらした動きで操作するのを、横から蒼白い手を出し、ぱっと急いて終わらせた。指の間に、じっとりと汗をかいていた。

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