看病してもらいました


―――風邪を引いた


いつもの起床時間よりも早くに目が覚めた時、体にふと違和感を感じる。

寝起きの気だるさとは違う、疲労感にも似たずんと伸し掛かる重み。

まさかと思い、熱を測ってみれば体温計には38.1℃と表示されているのが目に入る。


「あっちゃー……。完璧風邪だわ」


まだ陽の登りきってない朝、薄暗い部屋の中で俺は頭を抱える。

ズキズキとほんのり頭痛がして、喉が異様に乾いている。


「今日は会社…休むしかないよな」

「仕事、溜まってるんだけど…」


自分が風邪を引いてまず始めに思ったのは悲しきかな仕事の事ばかり。

急ぎの仕事こそ無いものの、早めに手を付けておきたい案件はいくつもあるのに

こうして体調を崩してしまった事の後悔ばかりが襲いかかってくる。


「体調管理が出来ない奴は未熟って風習ってやだなぁ」


ぽつりと社会に対する愚痴が溢しながらスマホで時間を確認する。

会社に連絡するにはまだ早すぎる時間だ。

その間、もう一寝入りしておこうと足取り重くベッドへと戻っていく。

瞼を閉じると意識はすぐに眠りの世界へと誘われていった。




―――夢を見ていた。

俺がまだ幼い頃に風邪を引いた時の夢を。

あの時は俺は体が弱く、よく熱を出して学校を休んでいた。

そういう時は決まって母が看病をしてくれていたけど、

時折買い物をするために家を開ける時、一人ぼっちになるのが嫌だった。

病気の時に部屋に一人でいると寂しくって、心細くなって、不安が押し寄せてきた。

だから風邪を引くのは嫌いだった。


―――でも

風邪を引いた俺にあの子はいつも寄り添ってくれてたっけ。

布団の上で苦しそうにしている俺を見ると、そっと側に近づいて隣に座っていた猫。

何が出来るでもないけど、隣に居てくれた青い目をしたあの子。

俺は一人じゃないと勇気づけてくれたあの子の姿が懐かしくって頭を撫でようと腕を伸ばす。


「あ、起きた?智成ちゃん」


目を覚ますと目の前に恵ちゃんの顔があった。

長いまつ毛に猫っぽい目が目立つ、成長したら美人になると確信させる可愛らしい顔立ちをしている女の子。


「あれ、恵ちゃん?」

「大丈夫、智成ちゃん?熱あるんだよね?」


まだ意識が覚醒しきってない俺の額に恵ちゃんは濡れタオルをそっと置く。

ひんやりと冷たくって気持ちいい。


「もう、びっくりしたよ。お部屋に来たら智成ちゃんがぐったりしてるんだもん」

「慌てて額触ったらすごい熱出してるから心配しちゃった」

「そうだったんだ。ごめんね、心配かけちゃって」

「いいんだよ、こういう時の為に私がいるんだから」


むふーんと腰に手を当てて誇らしげな顔を浮かべる恵ちゃん。

こういう所はまだ子供っぽいなと思う。


「お粥作ったんだけど食べれる?」

「あ、うん。丁度お腹空いちゃった」

「じゃあ、用意してくるから待ってて」


パタパタと軽やかな足取りで台所へと行く恵ちゃんの背中を見つめる。

妙に手慣れた手付きで食器を用意している後ろ姿に何となく母の姿を重ねてしまう。


「今のうちに会社に連絡しておこう」


時計を見ると時刻は8時過ぎ。

もう誰かが会社にいる頃合いだった。


「もしもし、はい。はい。すみません。」

電話を取ったのは俺の上司で、今日は休むと伝える。

普段から世話焼きの性格だからか病院には行けよとか、水分補給はこまめにしろよとか

電話越しにあれこれと言ってくるのはありがたいのだが、話が長引くのはちょっと…


「智成ちゃ~ん、お粥これくらいの量で大丈夫~?」


―――と電話の途中で恵ちゃんが話しかけてきた。


台所からこちらまで聞こえるくらいの声だったのだから、当然電話の向こうにも届くわけで…


「何だ、彼女が看病してるのか。じゃあ余計なお世話だったな」

「あ。いや、違っ…!これはその!」


電話越しに上司が豪快に笑っているのを聞こえる。

彼女ではないのだが、親戚の女の子(小学生)だとは言ったら余計に危ない。

誤解を解くことも出来ず、そのまま通話は切れてしまう。


「ありゃ、どうかしたの?」

「ナンデモナイヨー」


恵ちゃんはキョトンと首を傾げる。

そういう仕草も可愛らしいなと軽く現実逃避していると

恵ちゃんはお盆にお粥を盛った食器を載せて近づいてくる。


「はい、あーん」

「………」


スプーンでお粥を掬うとふーふーと息を吹きかけて、冷まし、俺へと差し向ける。

あの、これは流石に……


「だ、大丈夫だって恵ちゃん。自分で食べれるよ!」

「えー、良いでしょう。一度こういう事やってみたかたんだ」


やってみたかったって言われても、成人男性が小学生にあーんをしてもらうのは些か絵面が犯罪的と言うか。


「智成ちゃんは昔っから風邪引いて寝込んでたでしょう」

「猫の時は側に居てあげることしか出来なかったけど、今はたくさんお世話してあげられるもん」

「これくらいはしてあげたいな~」


恵ちゃんはイタズラぽく上目使いに俺を見つめてくる。

そういう目をされると悲しきかな、男は逆らう気力を失うもので


「あ、あーん…」

「はい、どうぞ」


結局、俺は受け入れるしか選択肢はなかった。


「美味しい」

「やった♪」


丁度いい塩っ気と出汁の風味が口の中に広がっていく。

俺の好みの味である。


「ところで恵ちゃん、学校は?」

「今日は創立記念日だよ」

「だから今日はずっと看病してあげるね、智成ちゃん♪」


満面の笑みで微笑みながら恵ちゃんは再びスプーンを差し出してくる。

何だかこそばゆしさを覚えながらも俺はまた口を開けて、お粥を食べさせてもらう。

そして一日中、彼女に甘やかされてしまうのだった。

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【昔拾った捨て猫が転生して金髪碧眼の美少女小学生になって俺の通い妻になった】 @kuromannto

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