第17話 保健室の静寂
あかりに手を引かれて校舎に戻る。
途中水道で手を洗ってから保健室前にやってきた俺たちは、扉をノックして中からの反応を待つ。しかし返事はない。
「誰もいないのかな?」
「そうみたいね」
保険の先生は不在らしい。
どうしようか。
勝手に消毒液とか使ったら後で怒られそうだし。
あかりの言う通り特に大したことはないなら、水道水で冷やしてとりあえず家に帰るのもいいかもしれない。
俺が悩んでいると、あかりはズカズカと保健室の扉を開けてズカズカと足を踏み入れてしまう。手を掴まれている俺も必然的に中に入る。
「ちょ、ちょっとあかり? 勝手に入っていいの?」
「ちゃちゃっと終わらせれば大丈夫でしょ」
あかりは平気な素振りで棚を漁ると消毒液を取り出す。
何度か来たことがあるのか、動きに迷いがない。
「なんか俺にできることある? 何でも手伝うよ」
「んー大丈夫よ。すぐ終わる……いや、やっぱり包帯持ってきてくれる?」
「包帯だね、任せて!」
「そこの机の引き出しに入ってるわ」
「わかった!」
あかりが椅子に座って手を消毒している間に、俺は包帯を取り出す。
そんなんに大きな怪我じゃないけど、バイ菌が入ったら大変だ。
俺はすぐに包帯を持ってあかりの下に向かう。
「持ってきたよ」
「ありがとう。待ってて」
あかりは手の甲に消毒液をかけて布で拭く。
みるからに赤くなっている。擦り傷は本当に小さなものだけど、もしかしたら跡が残るかもしれない。
俺を守って怪我をしたんだ。俺の責任だ。
「はい消毒終わり。片手じゃやりにくいから清太が巻いてくれる?」
「うん、わかった」
差し出されるあかりの左手。
白くて小さな手だ。
化け物みたいな身体能力を持ってるあかりだけど、こうしてみるとちゃんと女の子なんだなと思う。
俺は慎重にあかりの手に包帯を巻いていく。初めてだからかなり不恰好になるだろうが、そこは目を瞑ってほしい。
あかりは俺が包帯を巻くところを見つめながら、小さな声で呟く。
「ねえ、ありがとね」
「なにが? なにもしてないよ」
「私が怪我した時、怒ってくれたでしょ。ちょっと嬉しかったわ」
「そんなの当たり前だよ。あかりは女の子なんだからさ」
美少女に傷をつけるなんて極刑ものだ。
いや、命一つで足りるものじゃない。人は平等ではないと皇帝も言っていた。
かのハンムラビ法典もあくまで対等な身分に適応されるものであって、あかりとそれ以外では貴族と蛆虫レベルの差があるんだ。
先輩には悪いけど、到底許される行為ではない。訴訟も辞さない気持ちだ。
俺が言葉を返したきり黙り込んでしまうあかり。
どうしたのかとチラリと顔をうかがってみると、なぜか目を丸くしていた。
俺なにか意外なこと言ったか?
意外性ナンバーワンの自負は常に持ってるけど。
「どうしたの?」
「……いや、清太って」
「俺?」
「…………やっぱり、なんでもない」
何だよ、気になるだろうが。
追求したい気持ちはあるけど、どこか話しかけられる雰囲気ではなかった。
それから俺たちは無言で過ごして包帯を巻き終えると保健室を出る。
そのままベッドに押し倒されるんじゃないかという邪推にも至らないほどに、その時のあかりはしおらしい顔をしていた。
喋っているとうるさい美少女だけど、黙っているとただの美少女になるらしい。
新鮮だからしっかり脳に刻みつけようと思いました。
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