第18話 心の友

 もう何度目かもわからない作戦会議。

 いつもの喫茶店に集合した俺たちだが、今日は久遠さんが妙に自信ありげだ。

 腕でも組んで高笑いをしそうな空気である。


「今日の人材は当たりよ」


「あーそう。それじゃ紹介よろしくお願いします」


「ちょっと、もっと食いつけ」


「いちいちテンション上げてられるか」


 紹介されるたびに誕生日パーティーでもしてんのかってくらい歓迎してるこっちの身にもなれよ。

 あとお前の隣の男子待たせてるから、早くしてくれ。


「聞いて驚きなさい。この人は同じクラスの久保田君」


 どこに驚く要素があるんですか?

 思わず涼華と一緒に首を傾げる。

 おっと、兄妹の約束されたシンクロ率を意図せずお見せしてしまったようだ。

 紹介された久保田君は眼鏡を中指で軽く持ち上げて応える。


「久保田です。お見知り置きを」


「どうも、東雲です」


「東雲妹です」


 恒例のごとく挨拶を交わして、さっさと本題に入る。


「久保田君は頭がいいの。毎回科学のテストは満点だし」


「誇るほどのことではありません。それと、僕の得意科目は保健体育です」


「聞いてないから」


 呼んでおいてそんな塩対応すんなよ。

 しかし久保田君は全く堪えた様子もなく、再び眼鏡を持ち上げて口を開く。


「話はうかがっています。実在するヤンデレの観察実験とは……実に興味深い」


 観察実験?

 謎のワードに引っかかった俺は久遠さんを見る。


「あかりのヤンデレ化をどうにか解消したいって相談したらね。なんかそういう話になったというか」


 なんでそうなるの。

 あかりはモルモットじゃないんだぞ、まったく。

 でもここで久遠さんを責めても始まらない。秘策ありといった面持ちの久保田君の話を聞いてからだ。


「これまでのデータは久遠さんに見聞しました。その結果僕が導いた結論として、外圧ではなく内圧によって変化を促す作戦に至りました」


「内圧? 精神的な話ってことか?」


「はい。外圧は力関係がはっきりしている限定的な状況でしか正しい効果を発揮しません。早乙女氏の並外れた能力を鑑みるに、この世の人類では彼女を物理的に屈服させることは不可能です。であるなら、内面からアプローチをかけることが最善であり最良でしょう」


「なるほど、一理ある」


 今までにない理論武装タイプだ。

 俺は感心して頷く。

 店員さんもアプローチの仕方を考えてみろと言っていたし、これはなかなか期待できそうだ。


「でもどうやって内面に? あいつ最近変なやつに敏感だから、少しでもちょっかいかけたら攻撃してくるぞ」


「問題ありません。たとえいかなる状況であっても攻撃されず、そして口にする言葉がダイレクトに早乙女氏の心に届く存在がたった一人だけ存在します」


「そ、そんな人間が!? いったどこのどいつなんだ!」


「あんたよあんた」


「…………は? 俺?」


 久遠さんに呆れ気味に指摘されて、俺はポカンとする。

 予想もしていなかった状況に唖然とする。

 そんな中でも久保田君は構わず説明を続ける。


「東雲氏。あなたは早乙女氏の寵愛を一身に受けた運命の申し子なのです。あなたの一声であれば早乙女氏も変化を余儀なくされるでしょう」


「そんな簡単に変わるものなのか……?」


「もちろんシチュエーションは重要です。無理に早乙女氏に迫れば流石の東雲氏の言葉とはいえ心の壁に阻まれてしまうでしょう。

 そこで僕が考えた理想の状況を提示します。日常の何気ないタイミングで、それとなく東雲氏の本心を吐露するんです。それも早乙女氏に間接的に伝わるように。

 本人が不在だからこそ口にできる本音があるというもの。

 東雲氏がヤンデレを心底嫌悪する意思を見せれば、早乙女氏は行動を変化させるはずです」


 俺は雷に打たれた気分だった。

 要はあかりにヤンデレという存在を恥ずべきものだと認識させればいいのか。

 直接あかりの振る舞いを否定するよりも、あかりに思考と選択の自由を与えているぶん抵抗も少ない。

 人は好きな人の趣味を好きになると聞くけど、おそらくそれと同じ理屈だ。ヤンデレを否定すると同時に、ツンデレを推せば以前の状態に戻るかもしれない。


「……すげえ、すげえよ! 久保田君、いや久保田! お前は最高だ!」


「ふっ。そう言ってもらえて光栄です、友よ」


 今までの有象無象とは違う。

 勝利の確信さえ感じる作戦に、俺は感極まって久保田と硬い握手を交わす。


「急になに? キモいんだけど」


「男の友情は突然目覚める」


 女子の白けた視線なんて気にもならなかった。


「しかしよくここまで理詰めした作戦を思いついたな。これが科学満点の思考能力なのか?」


「まさか。僕の脳内に巡る幾百幾千のギャルゲー知識が必然的に答えを導き出したに過ぎません。感謝なら、僕の彼女たちに」


「震えてきたぜ。お前との出会いは偶然の気がしない」


「おっと、僕にそっちの気はありませんよ。惚れるのは構いませんがね」

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ツンデレ美少女幼馴染のキャラ崩壊を食い止めるべく死力を尽くしていたら、いつの間にかラブコメが始まってました。 itsu @mutau

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