第5話 戦いの始まり

 翌日の朝。

 幼馴染のヤンデレ化を間近で目撃してしまって大いにショックを受けたけど、今日は平日だ。普通に学校があるわけで。

 きっかり七時に起床した俺は目覚ましがてらブルーライトを浴びるべくスマホをチェックする。


 無読メッセージ66件。

 震えた。

 全部あかりのものだ。

 朝の六時から始まる不在着信の嵐。

 それから電話を諦めたのか、メッセージがいくつか送られている。


『まだ寝てるの?』


『話があるんだけど』


『今日一緒に登校しましょ』


『迎えにいく』


 やばい。

 俺は飛び起きる。

 最新のメッセージは十分前。

 つまりあかりは早くても六時五十分には家を出ていることになる。

 瞬間、俺の脳内に計算問題がフラッシュする!


『あかりさんの家から清太くんの家まで時速4キロで歩いた場合、平均で約十五分かかります。

 さて、百メートル走における十秒の壁を突破していると噂のフィジカルモンスター女子高生が全力ダッシュで向かった場合は何分かかるでしょうか』


 ただの登下校で走るバカがあるか。

 あかりが俺の家に到着しているわけがない。

 まだ間に合うはずだ。

 あかりが家に来るよりも早く出て、全力で走るんだ!


 俺は部屋を出てリビングに向かう。

 いつもの香ばしい油の匂いがドアの奥から漂っている。

 蹴破る勢いでドアを開け放って、俺は台所に立つ母さんに声をかける。


「母さん! 俺ちょっと急いでるから飯は――――」


「あら清太、今日は早いわね。あかりちゃんが来てるわよ」


 うそ……だろ……?

 母さんの言葉によって、俺はその場に頽れた。

 呆然とテーブルに目を向けると、あかりが俺のコップで俺が買った牛乳を飲みながら、俺の席で俺の妹と楽しそうに談笑していた。


 あかりが俺に気づいたようでこちらを見る。


「どうしたの清太、そんなに急いじゃって」


「……ああ、起きてからあかりのメッセージを見てさ。あかりが家に来るのは久しぶりだったから、嬉しくって飛び起きちゃったんだ」


「もう、清太ったららしくないこと言って!」


「ハハハ」


 嬉し恥ずかしそうに笑うあかり。

 俺の胸中は絶望の一言だ。

 我が家の宝である可愛い妹まで籠絡しやがって。

 東雲家の生ゴミの方(あかりの命名)と呼ばれる俺ならどうなっても構わんが、妹だけは汚してたまるか!


「なんでそこに座ってるのよ。こっちで朝食にしましょ」


「うん」


 考えるんだ東雲清太。

 これまでのオタク活動を無駄にするな。

 幾百と創作に触れてきた俺は、当然ヤンデレキャラの生態もきちんと把握している。地雷を踏むな。刺激するな。常に潔白であることを主張するんだ。


 活路を見出せ。

 今のあかりは謎の精神異常に罹っている。

 オカルト的には呪いというやつだろう。

 あかりがヤンデレ化した原因を見つけてそれを解消すれば、元通りのツンデレ美少女に戻るはずだ。ダメならお寺に駆け込むしかない。


「お兄ちゃんたち付き合ってたんだ」


 俺の前に座る妹の涼華すずかが言ってきた。

 くそ、すでに外堀を埋めてきている。

 ヤンデレの行動力は化け物か。


「ああ、昨日からね」


 はははーと適当に笑って流す。

 頼む我が妹よ。察してくれ。

 母さんが用意してくれたベーコンエッグを食べながら、俺はチラリとあかりに目をやる。


「…………」


 こえーよ。真顔でこっちみんな。

 心なしか目のハイライトが不在な気もする。

 なにか疑われてる……のか?

 まさか、昨日の今日で怪しまれるようなスキャンダルはあるはずがない。

 おちけつ……これはささいなせいしんこうげきだだだだ。


 地下に監禁される前にあかりを正気に戻さなくては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る