058 一方通行

「――カティはなんか、盗賊に恨みでもあるのか?」



 首領ベアビッグの首をアイテムボックスに収納し、俺たちは再び馬車を走らせていた。

 兼ねてから気になっていた問いを、俺は隣のカティアへ率直に投げかけた。



「盗賊団にも詳しい様子だったし。昔なにかあった?」



 俺の問いかけに、カティアは少しの間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。



「……そういえば、まだ話していなかったわね。――わたしの両親ね、盗賊団に殺されたのよ」


「両親が……?」



 それは、悪いことを聞いてしまった。

 しかしカティアは、なんてことないと言った様子で続けた。



「ええ。——って、あなたが気にする必要はないでしょう? なに俯いてんのよ」


「いやだって、悪いことを思い出させちまったなって」


「もう吹っ切れてるわ。気にしてないし」



 俺の肩に頭を乗っけて笑うカティア。

 彼女の言う通り、全く気にした様子はなかった。



「その盗賊団、まだ存在してるのか?」


「『絶対悪の竜王アジ・ダハーカ』――聞いたことない? それが両親の仇よ」



 絶対悪の竜王アジ・ダハーカ——聞いたことがない名前だ。



「……盗賊団の中でも最上にして最悪の勢力ね」


「知ってるのか、先輩」


「王国と何度も戦争するぐらいの悪名高い連中。王都に住んでたことあるから、知ってるの。メラクだとあまり被害はないから、知らない人も多いと思うけど。貴族の中では有名」


「シャルも聞いたことあるデス。王国転覆を狙っているって。デス。しかも首領格の三人は、あの〝赫炎列聖ダイ・ハード〟を相手に逃げ延びたとも。デス」


「え、師匠が?」


「デス?」



 本気だったのかどうかはともかく、あの師匠を相手にして逃げ延びるなんて安易なことではない。

 


「先輩? なんて言ったデス? 師匠?」


「アルマはね、自分より優れたモノを師匠って呼ぶ癖があるの。この前はゴキブリのことを師匠と崇めていたわ」


「漫画の読みすぎデス、先輩……怒られないデス?」



 カティアの前では言えないが、その三人と会ってみたい。

 師匠が倒しきれなかった三人。

 相当な強者ツワモノなのは間違いないだろう。



「カティは復讐したいのか?」



 私利私欲で申し訳ないが、カティアがそれを望むのなら、俺は喜んで手を貸そう。

 だが、返答は俺が予測していたものとは違うものだった。



「いいえ。ただ、強くなりたいだけ。よりももっと強く……誰にも負けないぐらい強くなりたいだけ。復讐なんて、そんなことに興味はないの」



 気のせい……だろうか。



「カティアさんは、なんていうか……ホントに脳筋デスね」


「ん。『絶対悪の竜王アジ・ダハーカ』を潰すために強さを目指すワケじゃないのね」


「そうよ。わたしより強いヤツがいるってことが許せないの。だから鍛えてる」



 両親の仇だというのに、そいつらの話をしていた時。

 カティアの口調が、表情が……俺のよく知っている感情を宿していた。



「もし『絶対悪の竜王アジ・ダハーカ』と遭遇したら……カティアはどうするンだ?」


「もちろん、今度はわたしが全て奪い取ってやるわ」



 ――

 カティアから感じ取れたのは、そんな信じられない感情だった。







 山脈を下り、そろそろ帝国の領土内が目前に迫ってきていた。

 


「この山道を越えればもう帝国領土。小さな町があるから、きょうはそこに泊まりましょう」



 ワクワクした様子のエルメェスの言葉に賛成して、レイジが馬に鞭を打つ。

 弱肉強食を地で這う修羅の国。

 師匠も認める強者が集うその地に、とうとうやってきた。

 武闘祭が今から楽しみでしょうがない。

 少しぐらいつまみ食いをしたいところだが……。



「……あれ? なんか渋滞してるっぽいですね」


「ン? ――通行止めか?」



 御者を務めるレイジの困惑した声を聞いて、俺たちも前方を見遣った。 

 約一キロ向こう――山道を抜けたその先で、複数の馬車が立ち往生していた。



「土砂崩れか? それとも魔物が出てるのか」


「行ってみましょう。障害があるなら突破するまでよ」


「ここまで来て迂回する時間はないデスからね」


「ん。正面突破」


「えーと、とりあえずこのまま突っ込んでいいってことですか? 姐さん方」


「おい誰もそんなこと言ってねえぞ止まれよ!?」



 そして、なんとか目前で停止した俺たちは、馬車から降りると馬車群を通って先頭にやってきた。

 何やら、この馬車たちの主であろう商人が複数、困った様相で前方をみていた。



「何かあったンですか?」


「ん? おお、もしかして冒険者の方ですか? ――ってそれ、その首のそれ!? それは武闘祭の参加券!? ――た、助かったっ!!」


「え?」



 今にも泣きつかれそうな勢いで商人たちが俺の元へ集まってきた。

 カティアがさりげなく、首元を指でさする。

 誰もカティアの首元には興味を示さなかった。



「………」



 頬をぷくっと膨らませたカティアがとてもかわいらしい。今すぐに抱きしめたいくらいだった。



「ど……どうかしたンですか?」

 

「それが……あの男が……」


「男?」



 一人の商人が指差した先には、確かに一人の男が仁王立ちしていた。

 瞼を閉じ、槍を己の肉体カラダ立てかけた、が、そこにいた。



「あの男が、〝この先を通りたくば俺を倒してみろ〟と言って退かないんですよ」


「我らの護衛も全く歯が立たず……便所の隙をつこうにも、あの眼力に睨まれたら萎縮してしまいましてね……」


「これから迂回するにしても、武闘祭に間に合わなくなってしまう。だからあの男を倒せる猛者を待っていたんところなんですよ」


「へ、へえ……。デス。ちなみに、どれくらいここで足止めされてるデスか?」


「もう三日目ですね」


「超絶時間を無駄にしてますね。デス」



 道端で仰臥する護衛の数は十人。

 傷一つなく、全身を汗だくにしているのに対して、件の男は傷どころか汗ひとつかいていない。

 一対一タイマンだったのかどうかはともかく、それなりにやれる男のようだ。



「じゃ、ちょっくら行ってくるかな」


「先輩。ここまでシャル、たいして活躍できてないので、ちょっぴりぐらい怪我してきてください! デス!」


「何かあったら助けに行くから」



 シャルルとエルメェスの応援(?)を背に受け、しかし俺の前にレイジが踏み込んだ。



「アルマさん、俺にやらしてください」


「おまえが?」


「出番の数でいったら、俺の方が少ないでしょう。俺にやらせてくだ――」


「——残念だけど、わたしが行くわ」


「え? ――あ、ちょっとカティアの姐さんッ!!?」



 レイジの横を通りぬけて、カティアが走った。



「出番の数でいうと、俺だって負けてないぞ」


「アルマさんはボスなんですから、後ろでドンと構えていればいいんですよ……」



 肩を落としたレイジをあっという間に置き去り——

 駆けていったカティアと、謎の武人との一騎打ちが始まった。


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