057 巨大熊の戦斧

 メラクを出発してから一周間が経った頃。

 メンカリナン王国とドミティウス帝国を分断する山脈の頂上付近を走っていた時、囲まれていることに気がついた。



「……魔物か? いや……人間?」


「ん。盗賊かも」


「盗賊? こんな山ン中で?」


「山の中だからデスよ。ここらに拠点を置いた盗賊がいるんでしょうね。デス。シャルも詳しくないデスけど」


「どうする? あーくん」


「返り討ちにに決まってるでしょ」



 間髪入れず、カティアが言った。



「ああ、カティアの言う通りだ。襲ってくるなら返り討ちだ。シャルと先輩は馬車内で支援を。俺とカティアで——」


「——アルマさんッ!! 盗賊がいまっせェッ!! ぶち殺しますか!?」


「……一旦停車しようか。その勢いだと横転しかねない」


「オッスッ!!」



 妙にテンションの高いレイジが馬車を停止させると、周囲をかこんでいた盗賊たちが次々と姿を現した。

 概算して二〇人といったところか。姿は見せていないが、後方で待機している人間も含めれば五〇人は越える。



「——よーし、よしよしよし。良い子だ、聡い子達で俺らも助かるぜ。褒美に頭を撫でてやろう。へっへへ、これでも頭を撫でるのは得意なんだぜ?」



 二つの戦斧を両手で軽々と持つ醜男が、品定めするような目つきで馬車から降りた俺とカティアを舐る。

 俺の隣で、カティアが首を鳴らした。



「……『巨大熊の戦斧ビッグ・ビッグ・ベア』の首領ベアビッグ……懸賞金一〇〇万だったかしら? C級の犯罪者よ」


「ほう? 嬢ちゃん、俺を知ってるのかい? 聡いなあ、俺ぁ頭が悪りぃからよぉ……嬢ちゃんみたいな切れ者は大好きなんだ。ご褒美に頭を撫でてやろう」


「そう。殺されたくなかったら武器を捨てて跪きなさい。わたしに殺されたいのなら、一歩踏み出しなさい。痛みもなく殺してあげるから」


「はは、はははははは。前言撤回だ、どうやら嬢ちゃん……相当頭がイカれちまってるらしい」



 嘲笑を貼り付け、周囲を取り囲む仲間たちに笑いかける首領ベアビッグ。

 その毛むくじゃらの大男は、右手の戦斧を肩に担ぐと、



「安心しな、嬢ちゃん。痛いのは出産の時だけだ。おまえは俺専用の苗床にしてやるからよぉぉぉ——ッ!!」


「そう。こちらとしても助かるわ」


「———?」


「これから一週間、あなたと同じ馬車で呼吸をするなんて、考えただけで鳥肌ものよ」



 首領ベアビッグが地を蹴ったその刹那、鮮血とともに首が舞う。

 鮮やかな剣技。 

 常人ならば目で捉えることすら適わない一振りが、大男に肉薄したカティアによって仕留められた。



 宣言通りに首領を殺したカティアは、首を無くした巨体が地に倒れるよりも早く駆け出していた。



「あ、へ?」


「ひげ——」


「う、うわ——」



 首領が死んだという事実を認識できず、硬直する盗賊を次々と斬り殺していくカティア。



 どこか鬼毛迫る勢いで剣を振るうカティアの姿は、数日前にルキウスへ抱いていた感情とはまた別種の怒りを抱えているのが垣間見えた。



「に、逃げ——」


「補足した。半径五十メートル——《無謬の天鎖アン・エクリプス》からは逃れられない」


「な、なんだこの鎖はよォ———ぁぁぁッ!!?」



 ようやく思考が追いついた時にはもう、致命的に遅かった。

 エルメェスの白衣から濁流のごとく溢れ出した白銀の鎖が、次々と盗賊を締め上げていく。



「なんか……前回とは桁違いに強くなってる気がするデスね、その魔術……」


「ん。鍛えれば鍛えるだけ強くなる。魔術っていうのはそういうもの。筋肉と一緒よ、おチビさん」


「——エル先輩? 回復魔術って、毒にもなるってこと教えてあげましょうか? デス」



 ミシミシと何故か馬車が軋みはじめ、馬が怯えるように暴れ出した。

 それらを目撃していたレイジが、肉体カラダを震わせながら俺に言った。



「あ、アルマさんのハーレムって、めちゃくちゃに恐ろしいですね。魔境じゃないですか」


「……ハーレムじゃないぞ?」


「魔境は認めるんですね?」


「……レイジ、おまえもカティアの手助けに行って——」



 と、俺の言葉を遮るようにカティアが戻ってきた。



「その必要はないわ。全員やったから」


「うわ、返り血一つ浴びずにあれだけの数を……姐さんやべえっスね……」



 レイジが露骨に怯えた表情でカティアを見遣り、ついでシャルル、エルメェスの順番で視線を送る。

 


「……薄々気づいてましたけど、まともな女の子っていないですね」



 瞬間、周囲は濃厚な殺意で満たされた。



「あなた——」


「いい度胸デスね——」


「お姉さん容赦しないよ——」


「ヒィッ!!?」



 逃げる間もなく鎖に縛り上げられたレイジが、カティアとシャルルによって袋叩きにされた。

 この一週間ですっかりとお馴染みになってしまった光景を横目に、俺は先のカティアの表情が気になっていた。



「手と足、どっちの爪がいい?」


「どっちも嫌です!!」


「安心するデス。死んでも生き返らせてあげるデスから」


「ひぃぃぃッ!!?」



 今はすっかりとなりを潜めてしまったが。

 なんなら、愉しんでいる様子だが。

 


 ……しかし補足しておくと、シャルルはともかく、カティアは弩級のマゾだ。

 俺に冷たくされると興奮するタイプの女なので、決してSっ気があるワケではない。



「——アルマ? なに考えてたの?」


「カティって無理やりされるの好きだったなあとか考えてた」


「アルマは上に乗っかられるのが好き」


「おいそこのバカップル。デス。性癖暴露大会はやめろ。デス」


「ああああああ!!?」



 レイジの悲鳴を背景に、シャルルが俺たちを睨めつけた。

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