056 武闘祭へ

 獣神武闘祭が三週間後に迫ったきょう。

 参加権を与えれれた俺とカティアは、いよいよメラクを出発しドミティウス帝国へ向かう——はずだった。



「……はずだった——じゃあないデスよ、先輩。カティアさんと二人旅なんてさせるワケ——こほん。デス。もちろん、シャルも先輩たちに着いて行くに決まってるじゃあないデスか!」


「シャルの言う通り。久々の登場なのに武闘祭すらも絡めなかったら、モブキャラ降格の上に名前さえ忘れさられる可能性があるし。——ところで、あーくん。この子だれ?」


「俺、アルマさんを全力で応援しますからッ」



 シャルルと、最近諸事情で出番がなかったエルメェスはともかくとして、当然のように大荷物を背負ってメラク正門前に来たレイジを、俺は呆れた目で見遣る。



「なんでおまえまで来るんだよ……」


「アルマさん! その気持ち、わかります! 俺、邪魔ですよね! これからこの美女ハーレムと二週間の旅っていうのに! 男の俺、邪魔ですよねっ!!」


「わかってるならどうして来たデス?」


「そういう冷たいところも好きですシャルルさん!!」


「私がいない間に男でも作ったの?」


「眼鏡巨乳の姐さん、レイジですよろしくお願いします!!」


「だれ?」


「アルマの舎弟よ。ボコられて変な性癖に目覚めたみたい」


「ふむぅ。あーくんが男を……珍しい」


「いや、まあ……成り行きで」



 エルメェスの無機質な瞳が俺を据えると、おもむろに先輩は手を広げた。

 瞬間、俺の全身に電流が走った。



「——へ? う、動けない……!? か、肉体カラダが……動かないッ!?」


「久々のあーくん。充電してもいい? めちゃくちゃに溺れてもいい? これまで出番が少なかった分、ぐちゃぐちゃに愛してもいい?」


「ちょ、ちょっと……ッ!! ダメですよ先輩……ッ! 何言ってるんですか離れてくださいッ」


「ちょっとだけ。いいでしょ? ちょっとだけ……なんなら、先っぽだけでもいいから」


「ダメですって……ダメですって、先輩……ッ! みんな……見てますからッ! 先輩ッ」


「あーくん……ッ!! ダメ、我慢……できないッ!!!」


「あ、あ、あ————うぅぁぁああああああッッ!!?」


 

 身動きの取れない俺の背後にまわった先輩が、俺の衣服を力の限り左右に引き裂いた。

 露わになる俺の筋肉。

 冷たい視線が、三人から突き刺さる。

 俺の瞳からも、涙が溢れた。

 何してくれてるんですか、先輩。正気か?



「なに、今の茶番」


「わからないデスけど……エル先輩の妨害魔術がさらに練度を上げたということだけはわかったデス」


「あのアルマさんが成す術なくやられている……なんていう女性だ……ッ」


「先輩……術式構築の速さ、また上がったんですね……。ていうか、どうして服破かれてるんですか、俺」


「あーくんの反射神経よりも早く構築できるように、服を効率よく簡単に引き裂けるように、ひたすら演練してたの。この不在感、ずっと。ただ遊んでたワケじゃあないのよ」


「両親と旅行中になにしてるんデスか、あなたは……。あ、先輩、これ着替えデス!」


「あ、ありがとう……」


「シャル……あなた、どうしてアルマの着替えを……?」


「はっ!? ま、またついつい癖で……! ごめんなさいデス、先輩の彼女でもないのに……デス」


「それはいいのだけれど、どうしてアルマの服を持っているのかだけ知りたいわ」


「内緒デス」


「………」




 ——それから、なんやかんやあった後に俺たちは馬車へと乗り込んだ。

 御者経験のあるレイジに馬を任せ、メラクを発つ。




「これから二週間。武闘祭が一週間と少し。長くなりそうね、この旅」


「ああ。でも、初めてじゃあないか? こうやって遠出するってのは。ダンジョンを抜きにしてさ」


「そうデスねえ。なんか旅行みたいデス! また夜を過ごせるんデスね!」



 ではなく、……か。

 


「? どうかした、アルマ?」


「いや、何も。ちょっと考え事」


「ふぅん? 別にいいけど」


「そういえば、シャルは学園いいの?」


「問題ないデス。一昨日から夏季休暇に入ったデスよ。——エル先輩は仕事、大丈夫なんデスかぁ?」


「私は三年前からずっと休暇入ってるから」


「誇らないでください。デス」


「アルマさん……御者って寂しいです」






 五十年に一度開かれる獣神武闘祭。

 帝国が各国から選んだ暫定強者六人と、帝国が自国から選び抜いた暫定強者六人による対抗戦。



 開催日の五年前から参加者の情報を集め、厳選に厳選を重ねた末、開催する一ヶ月前に招待状を贈り、参加を促す。



 獣神武闘祭に参加するということ。即ちそれは、大陸随一の戦力と領土を誇る大帝国から〝おまえは強い〟と認められた証明に他ならない。



 勝敗の良し悪しに関係なく、その舞台に立つことが武人の誉。

 過去、幾人もの武芸者がその舞台を夢見て、痛みにつぐ痛みを己に課し、最強という称号を求めて朽ちてきた。



「——そんな獣神祭に、場違いな勘違いヤロウが特別枠ってヤツを与えられるらしいぜ。知ってるかい、オッサン?」


「さっきからベラベラと……何が言いたい?」


「いやね——帝国側に選ばれた六人。暫定最強。自称最強だ。そいつらに与えられたビックステージに立つ権利……それが奪われることはほとんどない。何故ならめちゃくちゃに強えから。

 最初から争うことを目的に与えられる特別枠は例外だ。ありゃあ、エンタメ精神の鏡だよ。

 しっかしよ……特別枠以外の自称最強が、選ばれることすらなかったモブに喰われちまったらもう、腹切った方がマシだよな?」


「要領を得ないな。はっきり言ったらどうだ? 俺の参加権を奪いに来たってな。それともなんだ、その特別枠がこの俺だと言いてえのか? 小僧」



 メンカリナン王国、王都デネボラ。

 薄暗い路地裏には、目貫通りメインストリートの絢爛な輝きは届かない。

 


 光の裏には闇があるように、王都の夜すらも貶める美しくも眩い街道とは真逆に位置するこの場には、二つの影。



「ハハッ、あんまり急かすなよ。気が早えと損するぜ? 特に、女関係でな」



 一人は、煌びやかな王都をそのまま体現したかのような装いの青年だった。

 身長は一八〇センチ前後。

 全体的に線の細い、王都によくいる遊び呆けた風貌の貴族そのもの。



 ハット帽を白髪の上に乗せ、一眼で高級品だとわかるスーツを着崩し、その上から羽織る外套には王都を代表する高級ブランドのロゴマーク。



 服装から靴、装飾品に至るまで、その全てが超一流の職人によってデザインされ、そしてそれらを真に、引き立たて役として着こなす青年が他の貴族と違うただ一つの点と言えた。

 


 ブランドに引っ張られず、寧ろ彼のためだけに誂えさせたと言わんばかりの風格と、それを身につけるに値する端麗すぎた容姿。



 優秀すぎるが故に何事もつまらなくなる——青年は、この危機的状況に立たされて尚、瞳から退屈の色が抜けていなかった。




「享楽に耽るのもいいがな……いつまでも親の脛を齧ってるようじゃ、坊っちゃん。俺のような大人に、骨の髄まで搾り取れちまうぜ」




 無知蒙昧と言わんばかりに嘲笑い、青年と相対するのは——身の丈二〇〇センチを越える巨漢だった。


 

 線の細い相対者とは違い、その相貌、筋量、風格からして只者ではないのは安易に伺える。

 常人ならば向かい合っただけで卒倒してしまいそうな眼力と、暴力的なまでの気配。



 しかして威風堂々と立つ彼の重心にブレはなく、武術を一定水準でおさめていることも読み取れた。



「今ならまだ許してやる。とっととウチに帰って勉学に励みな。今の地位に甘んじてると小僧、何者にもなれず干からびちまうぜ」



 王都ならば知らぬ者はいない、まさに〝最強〟の称号に相応しい大漢。



 名を、ナンシー・ヘルシング。



 王家から『聖火の守護者アシャ・ワヒシュタ』の称号を付与されたヘルシング家——その現当主の長男であり、武才だけに留まらずビジネス界でも鬼才を発揮する超のつく大物だった。



 加えて、ナンシーの弟のルキウス・ヘルシングが勇者として選ばれ、畳みかけるように武闘祭の参加権を兄弟で得たことにより、各方面にも名を轟かせている。



 一端の貴族では話しかけることすら許されない……そんな漢に、この王都で喧嘩をふっかける存在などほぼいない。


 

 そう——目前の、この男を除いて。



「ハハッ、いいねえ。その自信、誇り、大人の余裕ってヤツ? 勘違いしてるようだから言っとくけどよ……何も勝算なしに来たワケじゃあねえんだぜ?」


「ほう? どこかに仲間でも潜ませているのか? それとも優秀な暗殺者でも雇ったか?」


「俺はそんな安い男じゃあねえよ。正々堂々ってヤツを、これでも重んじてるのさ」


「ふん。別にいい。その勝算とやらが何か知らないが、退く気はないんだな?」


「ていうか、まずは俺の話を聞けよオッサ——」


「——ほざけ、ガキ」



 言い終えるよりも早く振り抜かれた拳。

 彼我との距離を一瞬にして詰め、巨体から繰り出されたとは思えない速度が体重に乗せられて迫る。

 しかし、



「こっわ。こりゃあ喰らったら一撃で死ねるぜ」


「——が、あ」



 ナンシーの振り抜かれた拳が、破砕する。ついで、頭上から飛来した何かがナンシーの頭を撃ち抜き、開始からわずか一秒。絶命。



「とどのつまり、俺が言いたかったってのはよ。アンタが……アンタが…………なんだっけ? ま、いいや。聞く耳もねえようだし」



 うつ伏せに倒れ、絶命した巨体。

 その首筋から黒い光が剥がれ、代わって今し方、ナンシーを下した青年の首へと絡みつく。



 青年は、ハット帽を人差し指であげて、倒れ伏したナンシーを見下ろした。

 歪に裂いた口角。

 どこか恍惚とした表情で、しかし瞳には退屈の色を宿して、踵を返す。



「とりあえず、アンタの分まで暴れてきてやっから、安心して眠りな。レスト・イン・ピース。さらばだぜ」



 正々堂々の欠片もなく、参加権を剥奪した青年は夜の街へと消えていく。

 取り残された骸が発見されるのは、夜が開けた次の日だった。


 

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