053 相貌

「——ッ、はぁぁゥッッ!!!」



 繰り出される回し蹴りから、破竹の勢いで飛び後ろ蹴りローリングソバットが虚を抉る。



 先とは比べ物にならない速さ、威力に秒速で修正される精密性。

 精神肉体カラダに追いついてきた——いや、無理やり合わせてきたのか。

 どちらにせよ、俺としては大歓迎だ。



「ハハッ! 踊れおどれ、しっかりついて来いよ乗り遅れンなッ」


「うッらぁぁぁぁッッ!!!」



 決戦花ケッセンカ——感覚的に、《剛体強化フィジカル・ハイ》の拾段階ザ・テンスと同等程度といったところか。



 少女のスペックと合わさって尚、俺の《天鎧強化フィジカル・ブースト》・壱段階ザ・ワンには届かないが、伸び代を考慮すると時間の問題だ。。


 

 ただし、それまでに肉体が壊れていなければ、の話だが。



「——ッッ!!!」


「らぁぁッ!!!」



 苛烈に猛る少女の剛拳と、紫電をまとった左拳の圧がとうとう石橋を粉砕させ——俺たちは仲良く川へ落下。

 重なる視線。

 互いに考えていることは、同じだった。




「———」


「———」




 着地までのわずか五秒間。

 その五秒を、ただの落下だけに費やすはずがない。



 おおきく息を吸い込んだ俺たちは、共に落ちる瓦礫をも巻き込んで盛大な拳撃ラッシュを打ち合った。




「う————ラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラッッッ!!!!」



「GAAAAAAAAAAAATSBYYYYYYYYYYY————ッッッ!!!!」




 互いに防御を捨てての攻め一択。

 俺の上半身を抉るように叩きつけられる超音速の拳からもたらされる威力に愉悦を浮かべ、それを更なるスパイスへと昇華させる。



ぶっ飛びやがれアーデ・ヴィーダ


「———ッッ!!?」



 女子だからとかそんなチャチな騎士道精神を貶めるがごとく、圧倒的手数量を誇った俺の拳が少女の肉体を打ちまくる。



 幾本もの骨を叩き潰す感触。

 内臓を破裂させ、肉を抉る感触に罪悪感を抱くことはない。



 何故ならこいつは、こんな滅多打ちの状況だというのにも関わらず、笑っているから。



 今、この瞬間が何よりも代え難い至福の時なのだと——その翠緑の双眸が物語っていた。




「——あー…………滞空時間がよ……長すぎンだろうが……ッ」




 互いの拳圧が巻き起こした暴風。

 そのせいで、予想した落下秒数を大きく上回っての着地となった。




「おかげで死ぬまで殴っちまったじゃあねえか」




 拳に付着した血液を服で拭いながら、壊滅した石橋に埋まる少女を見遣る。

 本気で殴った。

 一〇〇を超えたあたりから数えてはいないが、これで生きている方がどうかしてる。


 

 さらに、決戦花とやらを使って肉体カラダを限界以上に稼働、酷使させていたのだ。

 少女という華奢な肉体ウツワにかかる負荷は計り知れない。


 

 ——そう。



 だから、生きていること事態がありえないのだ。




「…………っ……」



「ハハ……マジか、おまえ」




 肉体カラダの向こう側まで見えてるってのに、少女は幽鬼めいた相貌で穴から這い出る。

 


「しかも、まだ闘る気かよ」


「……ッ」



 つくづく、肉体と精神が釣り合っていない。

 まるで人の皮を被った異形。

 ここまでやって殺しきれなかったのは、こいつが初めてだ。



「なあ、名前を聞かせろよ。おまえの名前が知りたい」



 問いかけに、少女は嗤った。

 相貌を歪ませ、少女とは思えない惨憺たる愉悦を滲ませて。



「——ジルヴェスタ。私の養子なんです♡」



「……は?」



 そんな只中で、妙に場違いな黄色い声が水面を揺らした。

 呆気に取られた俺は、ただその人物を見つめることしかできなかった。

 当然の敵意も、警戒心もくぐり抜けて、彼女はそこに舞い降りた。



「こんばんは、アルマ。うちの娘は楽しめたかしらぁ?」


「エク……セリーヌ、さん……」


「はいっ! エクセリーヌですよぉ♡」



 どこから現れたのか——いや、いつから見ていたのか。

 こんな真夜中だというのに、これから舞踏会にでも向かうかのような格好で着飾ったエクセリーヌさんが、破顔する。



「この子、かわいいでしょう? 見た目もだけどこの戦闘力、伸び代もまだまだ溢れてる。あなたのお眼鏡に適ったかしらぁ?」


「……どういうことですか?」


「どうもこうも、ねえ……ふふっ。喧嘩するのに理由は要りますかぁ?」



 ジルヴェスタと呼んだ少女の肩に腕をまわす。

 瞬間、蒼白の光がジルヴェスタを癒し、何事もなかったかのようにきれいに再生された。



「この子はただ、あなたと喧嘩をしたかっただけ。我慢できなかったみたいですよ。あなたに会いたくて会いたくて、私の元から逃げ出しちゃうほどに」


「……俺とその子、やっぱりどっかで会ってるんですか?」


「さあ? 私はそこまで深くは知らないけどぉ……。ふふっ、この子もきょうは疲れたみたいだから、また後日にでも紹介させてもらうわぁ。——そちらも、お迎えが来たようだしぃ」



 迎え?

 エクセリーヌさんの視線が上に向けられた。

 追って、粉砕した石橋の方へ顔をあげると、そこには寝巻き姿のカティアが立っていた。



「——アルマ? 大丈夫? そこにいるの?」


「カティ……」



 帰ってこない俺を心配して起きてきたのだろう。

 手には、既に抜き放たれた剣を握っていた。

 


「それじゃあ、アルマ。また会いましょうね」


「………」



 艶かしくへばりつくような微笑をたたえて、転移魔術で消えていくエクセリーヌさんとジルヴェスタ。



 取り残された俺は、歯磨きした後に水を飲んでしまったかのような後味の悪さを抱いて、カティアの元へ向かった。




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