054 暫定猛者

「——メラクで最強の漢は誰だ?」


「さ、最強……?」



 薄暗い路地の中。

 地面に横たわり、うめいている男の数は六人。



 そのうちの一人を掴み上げ、少年は獰猛な笑みを浮かべて問うた。



「そうだ、最強だ。ここで一番強えヤツを教えろ」


「そ、そんなこと言われても……ッ」


「抵抗すンじゃねえよ、カスども。このまま衛兵にぶちかましてやってもいいンだぜ? あ゛?」


「ち、ちくしょう……なンなンだよおまえ……ッ!!」



 悲鳴混じりの叫声に、少年はあどけない顔で答える。



「〝稲妻切りのレイジ〟——人は俺を、そう呼ぶぜ?」







 事の経緯は、窃盗スリだった。



 きょうもきょうとて、六人の男たちはスリに励んでいた。

 休日の目貫通りメインストリートを主戦場とし、観光客から地元の人間まで、特定のターゲットを定めず、しかしひとり三人以上からるというルールのもと、男たちは人混みに潜んでいた。



 男の一人——マイケルが彼を見つけたのは、比較的涼しい昼下がりのことだった。



 一目で彼がこの国の人間ではないとはわかった。

 ここいらでは珍しい東洋の着物と呼ばれる装いに、遠目でもよく目立つ赤いバンダナ。



「うへえ……ここも一段とすっげえな……。お、アレうまそ……」



 物珍しそうに周囲を伺い、地元民なら食べ飽きた串肉を感動しながら咀嚼するサマは、まさに観光客のソレだった。



 油断しきった表情。隙だらけの懐。

 標的に選ばれるのは、当然の装いだった。

 


「悪りぃな、兄ちゃん」



 そして、マイケルは当たり前のように、素知らぬフリをして男に近づき、通り抜けざまに懐から麻袋をる。



 簡単な作業だった。

 スリを極めること六年。

 スラム出身のマイケルは、窃盗スリの師匠でありその道の神とも呼ばれたジョーダンに、特に目をかけられ育てられた男だった。



 標的に接近し、離れていく合間も周囲の人間の懐から麻袋や貴重品を盗ることも忘れない。

 マイケルほどのレベルになれば、一目でどこに何を入れいているのかがわかる。

 重心、視線、無意識にさする懐、服装から体つきに至るまで。

 仕事をこなす上で必要な情報は、すべて見た目から得られる。



「ははっ! 大量大量……これでしばらくは食いっぱぐれねえ。バカンスにでも余裕で行けるじゃあねえか!」



 戦利品をアイテムボックスにしまい込み、隠せぬ笑みを手のひらで隠しつつその場を去ろうとしたマイキーの肩に、手が置かれた。



「……ッ」



 心臓が跳ねる。

 恐るおそる振り返ると、そこには……標的に定めた少年が、待ってましたと言わんばかりの笑顔でそこにいた。



「ちょっとツラかせよ」


「……ッ」



 咄嗟に逃げようとするも、握られた肩が悲鳴を上げて動かない。

 がっしりと、骨そのものに指をかけているかのような——。

 底知れぬ握力にマイケルは、冷汗が止まらなかった。



 それから——。

 様子を察した仲間たちが救助に駆けつけるも、少年の鬼神じみた強さにまったく歯が立たず、返り討ちとなって今に至る。







「そ……そういえば、最近噂になってるヤツがいるぜ……」



 打撲まみれの身体をなんとか起き上がらせ、壁によしかかった男が葉巻を咥えながら言った。 



「噂?」


「あ、ああ……なんでも、勇者パーティ所属で恐ろしく強い、バケモノじみた男がいるって噂だ……」


「勇者パーティ所属か……っ! それはおいしそうだぜ」



 勇者の噂は、遠く離れた少年の故郷にもしっかりと伝わっている。

 かの勇者アムルタートの英雄譚も、幼少期の頃から何度も味わった。

 その伝説に匹敵するであろうと称される今代勇者に選ばれた漢——。

 そそられないはずがなかった。



「お、俺は……勇者を追放し女を寝盗った極悪非道の魔術師って聞いてるぜ……。なんでも、山のように大きい体格だとか」


「勇者パーティを半殺しにした上に『光の騎行フォルサリナ』を壊滅させたってのもあるよな……。女三人を奴隷のように侍らせて、あのギルドマスターすらも籠絡してるっていう……」


「あまりにも力が強すぎて自分でも制御できないらしいぜ。普段は特殊な手袋で力を抑えていて、本気を出すときにだけ解放するンだとか——」


「俺はこれも知ってるぜ! なんでも——」



 芋づる式に次々と出てくる信憑性のない噂。

 そのどれもが荒唐無稽なモノばかり。案の定、少年も段々と表情を歪めていった。



「もう噂はいい! とりあえずそいつの名前を教えろ。そンでもって、どこにいやがるのかもな」


「お、教えたら……そいつのことを教えたら、俺たちを衛兵に突き出さないと約束してくれるか?」


「あ゛? ああ、いいぜ。約束してやるよ。だからとっとと話せ。さあ、早くしろッ」



 ——こうして、少年は男の情報を得た。



 メラク最強と名高い青年。

 超越せし者エクストラ・ワンを差し置いて、このメラクで最強を自負する男。



 そいつの名は、アルマ。

 勇者パーティを追放され、その腹いせにパーティを壊滅。一目惚れした女を手に入れるため、当時付き合ってた中堅クランの団長を殺害し、クランを壊滅させた——等々。



 これら全て、この夏の間に起きた出来事だというのだから恐れ入る。

 


「ま、真偽は一目見りゃわかるだろ」



 路地裏を後にした少年は、アルマの特徴を知るために生息地とされる冒険者ギルドへと向かった。



「——アルマさまに会いたい? はあ……どういったご用件でしょうか?」


「そいつが最強って噂を訊いてな。ちょっと腕試しってヤツだ」


「そ、そうですか……。えぇと、一応面会希望ということでいいですか?」


「ああ。頼むぜ。〝稲妻切りのレイジ〟が決闘を申し込んでるってな」


「はあ……。一応、こちらでその旨は伝えておきますが、面会なさるかどうかはアルマさま次第ですので、そこはご了承ください」


「おう。あ、それと顔の特徴も教えて欲しいんだけど」


「特徴……ですか?」



 訝し気な視線が、さらに深くなる。

 こちらを探っているような目だ。



 それは当然のことだろう。何故ならレイジは、冒険者ですらないのだから。

 すなわち身分を証明することができない。

 最悪、姿を変えた魔人族だと疑われても仕方がないのだ。



 そんな身元不明の少年が、Sランク冒険者に決闘を申し込む。

 身の程知らずもいい甚だしい。



「——あなた、先輩に会いたいんデスか?」



 そんな時だった。

 鼓膜をやわらかに舐る声音が、少年と受付嬢の間に差し込まれた。



「あ゛? ——って、え……超かわいい……っ」


「あ、どうもです。シャルルさま」


「こんにちはデス、サレン。助けにきましたデス」


「それは助かります……!」



 見たこともない神秘的な輝きを放つ美少女だった。

 蒼天のように透き通った青髪。

 深海のように濃く、それでいて鮮やかだと錯覚させるコバルトブルーの双眸。



 まだ幼く発展途上の体つきは、寧ろこれこそが至高の完成形なのだと主張するかのように、レイジの目には神々しく映った。



「あなたに一目惚れした——どうか跪かせてほしい」


「いやキモいデス」



 冒険者ギルドに舞い降りた天使。

 シャルル・ココと名乗った彼女は、件の暫定猛者——〝アルマ〟の後輩だという。

 これから会う約束をしているから、ここで待っていろと伝えられた。



「先輩に餌をあてがうのもシャルの役目デス。だから会わせてあげるデスよ」


「へへっ……俺が餌か。そんなにその男は強いのかい?」


「シャルの先輩は強いデスよ。誰にも負けないデス。負ける想像がつかないデス」


「じゃあ、俺がそいつを倒したら……俺と結婚してくれないか?」


「いやデス」


「な……ッ」


「とりあえず、シャルは先輩を迎えに行くデス。そこらへんで待ってるデス」


「一切、考える余地もなくフラれちまったぜ……しかし」


「なんか、急に喋りはじめたデス……早く先輩のとこ逃げないと。デス」



 初めての恋と初めての失恋が同時に押し寄せてきて、しかしレイジは逆に昂っていた。

 天使シャルルの目を見れば自ずと理解わかる。

 恋焦がれているのだろう、その男に。

 愛しているのだろう、その男を。



 だが、報われていないのだ。

 噂では、男には既に妻がいるという。



 選ばれなかった人間。

 それでも尚、そのアルマという男を待っている。

 その儚さたるや、美しさたるや、この世の秘密を解き明かしたとしても届かない、天上の死花リコリス



「ならば、俺が解き放ってやる」



 その呪縛から。

 その恋慕から。

 その男から。

 


「そして俺がシャルルだけの剣と盾になる」



 冒険者ギルド前。

 往来の真ん中で、レイジは待ち続ける。



 その男が来る時は——近い。



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