051 歯牙

「――さっきは悪かったよ。ちょっと高まっちゃってね。勇者がこんなことしちゃ悪いとは思ってたんだけど、抑えきれなくて」



 エクセリーヌさんがいなくなった後、ルキウスが頬を掻きながら笑った。

 それに対して、俺も首を左右に振る。



「いや、お互い様だ。俺も、おまえみたいな強者ツワモノを見るとついりたくなっちまう」


「わかるよ。一眼見てわかったし。俺とキミは同類なんだって」



 互いに微笑み合う。

 表面上は友好的だ。

 しかし、それは面だけ。



 本当は、互いにりたくて闘りたくてたまらなく疼いてる。

 一種、睥睨へいげいとも言える視線の差し合いに、痺れを切らしたかのように影が割り込んだ。




「――なに二人でホモってんのよ。ぶっ飛ばすわよ」




 俺とルキウス、その両方を相手取るかのように——頬を引き攣らせたカティアが敵意とともに剣を差し入れた。



「あっは! ごめんごめん。この子、アルマの彼女だったりする感じ?」


「ああ、俺の彼女だ」


「ふぅーん。見る目あるぅ。悪くないよ、彼女さん」


「当たり前だろ。うちのカティアは世界一だ」



 二人の間を裂くように入り込んだ刃ですら、会話を弾ませるスパイス。

 俺たちはすっかり意気投合して、硬く握手を交わしていた。



「じゃあきょうはこの辺で。武闘祭で会おう。キミと肩を並べて闘えること、楽しみにしてるよ」


「俺も、かの勇者殿と同じ舞台に立てること、光栄に思うよ」


「言うねえ。――彼女さんも、武闘祭で会おうね? それまで負けちゃダメだよ」



 そして来た時と同様、颯爽と去っていくルキウス・ヘルシング。

 その背を見送った後、俺はカティアに向き直った。



「……いい加減、剣しまえよ」


「そ、そうデスよ。いくら蚊帳の外だったとはいえ、剣を抜くなんて――」


「歯牙にも掛けなかったわ」


「……え?」


「歯牙にも、かけられなかった。まるでわたしのことが見えていなかったかのように。眼中になかった」


「そ……それは、シャルたちもですけど……? 目的は先輩だったようデスし……」


「それが気に食わないのよ。あいつも、アルマも……わたし自身も」


「か、カティアさん……? 先輩、どういうことデスか?」



 困ったように俺を見上げてくるシャルルへ、俺は一瞬迷ってから、答えた。



「相手にされない——眼中にない。それってつまり、なんだ」


「え、なんデスかそのルール。生まれて初めて知りました。デス。どこ界隈の常識デスかそれ」


「ほら、俺ら戦闘民族だからさ。そういうの無意識のうちに分かっちゃうんだよ。あいつは強い。あいつは弱い。あいつは美味しそうだ。あいつはまだこれからだ、とか」


「戦闘民族ってところスルーでいいデス?」


「なんか若干冷たくなったな、シャル」


「全肯定するのやめましたから。デス」



 はっきり言われてしまうと、少しショックだ。



「要は、ルキウス強者に敵視されなかったってのが何よりも辛いことなんだよ、俺らからすると。明らかに隙があるのに攻撃を加えてこないフレア・イグニスとかな」


「あー、先輩めっちゃキレてましたデスね」


「敵視され、敵意を抱かれ、おまえを倒すと言われたその時、初めて己が強者であることを実感できる。俺は強いんだと理解できる。比べる相手がいないと強弱がわからないように、互いに認め合うからこそ強者足り得るんだ」


「……カティアさんは眼中にされなかった。デス。先輩の言葉にあてはめるなら、認識するまでもないクソ雑魚ってことデス?」


「ッ――シャル、明らかに言い過ぎだろ! おまえのせいで前髪切られたわ!!」


「先輩の髪の毛…………ごくん」



 鬼でも棍棒放り投げて逃げる形相で鞘から刃を抜いたカティア。俺じゃなかったら、額が鍋蓋のように斬られていたことだろう。



「簡単に言うと嫉妬、ってことデスよね。目の前で恋人が他の男とイチャイチャしてたからムカついた。わたしにもかまってー、みたいな。そういう認識であってるデス?」


「おおまかには……って、おまえ何してンの?」


「――はっ!? ほぼ無意識に先輩の切れた髪を拾ってました……」


「集めてどうするつもりだったんだおまえ……」


「決まってるじゃないデスか。ミサンガにするんデスよ――って、やめてくださいなに言わせるんデスか! もうシャルはそんなことしませんよ! デス!」


「じゃあその右腕のミサンガ、誰の髪の毛で作ったンだよ」


「えへへ……先輩♡」


「………」


「実は他にも……このネックレス、紐も先輩の髪の毛で、この十字架は先輩の爪で――」



 かつての面影を徐々に取り戻していくシャルル。双眸に狂気を滲ませ、ハイライトが消えていく。

 懐かしいな――じゃなくって、止めなくてはやばい気がする。

 いやそもそも、どうやって止められるんだ?

 物理的にも彼女を止めることはできない。



「先輩の陰毛でいまマフラーを編んでるデス」



 嬉々として、何らかのスイッチが入ったシャルルが知りたくもなかった情報を解禁してくる。

 人様の陰毛でマフラーとか、ふざけんな恥ずかしすぎるだろ。

 ていうか、マフラーを編めるほど落ちてたのか、俺の陰毛。



「ちなみに先輩が在学中の頃から集めて、本当は卒業式の日にプレゼントする予定だったんデスが……」


「俺にプレゼントかよいらねえよ誰が自分の陰毛でつくられたマフラー巻くンだよ」


「せ、先輩はワガママ、デス……。シャルの陰毛で編んだマフラーがいいなら……それでも、いいデスよ?」


「この会話でその思考回路に直結するおまえが恐ろしい――ていうか、もう陰毛の話やめない?」



 ほら、サレンもついていけなくて業務に戻っちゃったし。

 カティアはまだイライラした様子で仁王立ちしてるし。

 周りの冒険者からもなんかよくわからない視線を浴びせられてるし。



「そうデスね……シャル的にはまだ物足りないんデスけど……仕方ないデス」



 どんだけ陰毛好きなんだよおまえ。思春期の子どもか。

 


「それで、どうするデス? 今のカティアさん、抜き身の刃みたいデスけど」


「んー……無難にお家デートでもするか」


「シャル、帰るデスよ? 二人がイチャついてるところ見るぐらいなら舌噛み切って死にます。デス」


「いや言葉のあやってヤツでな……」



 結局、三人でダンジョンへと行き、カティアのストレスを発散させるに至った。

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