050 真正

「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ―――!!?」」」



 情けない悲鳴を上げてギルドから逃げ去っていく男たち。

 勝敗は一瞬でついた。

 カティアの一閃が――いや、正確には三つの斬撃が、得物を握る男たちの手首を切り落としたのだ。


 

 反応することもできず、何が起きたのかもわからず、たが気がついたら手首と得物が床に落ちていた。

 その恐怖に駆られるようにして、男たちは手首をおいて退散した。



「情けないわね」


「出血多量で死なないといいンだけどな、あいつら」


「自業自得よ。生半可な気持ちでかかってくるからそうなるの」



 言い切って、剣を鞘に納めるカティア。その刃には、血の一滴も付着していなかった。



「それにしても……また一段と強くなったンじゃねえの?」



 イフリート戦で何かを掴んだのか、以前よりも無駄の少ない佇まいと技巧に驚嘆を隠せない。



「停滞している時間なんてないわ。常に強くなり続けているのよ、わたし」


「負けてらンねえな、俺も」



 言って、周囲の人間を見渡す。

 先の一件を見ていたであろう冒険者たちは、一斉に視線をそらした。



「俺にも誰かつっかかってこねえかな……」


「先輩には誰も喧嘩売らないデスよ……」


「どうして?」


「どうしてって言われても……先輩が周囲に振りまいてる得体の知れないが、人を遠ざけてるデス」


「え、なにそれ。すっげえ怖いンだけど」


「シャルも知らないデス。シャルにはとても魅力的に見えますが、他の人には猛獣が歩いているようにしか見えないそうデスよ?」


「おいシャル、それだれ情報だ? そいつ連れてこい」


「いまお家の用事で席を外している伯爵令嬢デス」


「先輩か……!」



 いやしかし、思い当たる節はある。

 『篝火かがりび霊廟れいびょう』を踏破した翌日あたりから……全身の筋肉痛が治ったあたりから、よく避けられるようになっていた。



 道の真ん中を歩いていると遠巻きに見られるし、俺の間合には、向かいから歩いてくる人でも避ける。

 最初は噂の産物かと思っていたが……どうやらそれは違うらしい。



「あまりにも強すぎると人目を惹くんデスよ。闘気を隠せないっていうか……ほら、学園長もそんな人じゃないデスか」


「あー、確かに。あの人はなんかこう、むやみやたらに近づいてはいけない気がするよな」



 その点でいうと、カルロさんやエクセリーヌさんもその部類か。

 師匠は……最初の印象がアレだったから、なんとも思わないぞ。



「ということは、ついに俺はその領域にまでのし上がったということか」


「はいデス! シャルの先輩はやっぱりかっこいいデス!」


「じゃあ、わたしにはなんの迫力もないということね」


「い……いえ、別にそこまで言ってないデス……不機嫌にならないでください。デス」



 ムスッとしたカティアを慣れない様子で宥めるシャルル。

 ともあれ、



「仕様はわかった。毎回、武闘祭が始まるまではこンな感じっていうことだろ? 油断せず行こうぜ、カティ。ンでもって、必ず勝つ」


「言われなくともやってやるわよ」



 好戦的な笑みを携え、拳を突き合わし互いに勝利を誓う。

 舐められようが下に見られようが、根本は変わらない。

 売られた喧嘩は買う。俺もカティアも、それが共通認識で道理だ。



「さってと、これからどうする? 三人で依頼でも受けに行くか? それとも遊びに―――」


「先輩……?」


「アルマ……?」



 言葉を区切って、俺は弾かれるようにしてギルドの出入り口を見た。

 ……何か、来る。

 予感にも似た確信を得て、瞬間、ゆっくりと扉が開かれた。



「――みーっけた」



 現れたのは、灰色の髪をオールバックにきめた青年だった。

 歳は俺と同じぐらいか。金と碧の妖瞳オッドアイを柔和に瞬かせた青年が、一切の隙もない足取りで真っ直ぐ――俺へ向かってくる。


 

「キミだよね。アルマって漢。ふぅーん……やっぱり雰囲気あるねぇ。噂に違わずってところか」



 地面と縫い付けるように、そこを動いたら殺すと言わんばかりの視圧が、左右で虹彩の色が違う瞳から発せられていた。



 ――いや。

 


 この程度の威圧など稚戯に等しい。

 息を吐くようにこの拘束から抜け出すことはできる。

 ただ、俺が動かないのは、その異様で珍しい双眸に釘付けとなっていたからではない。



「――いいねえ」


「あは、こっわ。元勇者パーティとは思えない恐悦っぷりだ」



 真に目を奪われたのは、その首元。

 黒い蛇の刺繍。

 俺や隣のカティアと同じモノ。

 それは即ち、獣神武闘祭の参加者たる証。



「間違いないね。キミがアルマだ」


「ああ。俺がアルマだ」



 そしてとうとう、待ち侘びたかのように互いの間合で向かい合う。

 俺より頭一個分はちいさい青年だが、それは物理的な大きさに過ぎない。

 この男を前にすれば、そんな事実は脆くも消し飛ぶ。


 

 見た目以上に大きい――こいつのすぐ背後で、異様な幻想ナニカが俺を見下ろしているのがわかる。



 強いな。強いな。ああ、こいつは強いぞおもしろい。

 この街にまだ、こんな野郎がいるとは思わなんだ。



「名乗らせてもらうよ。俺はルキウス――ルキウス・ヘルシングだ。キミのことは一年前から知ってる。優秀な付与魔術師だったそうだね。うん、それは今こうして会って、確信したよ」


「御眼鏡には適ったってところか」


「そうだねぇ。合格だ」



 刹那――



「ふふっ♡ 若いっていいわねえ、とても素敵なお二人方。まとめてたべちゃいたい」



 俺の左拳とルキウスの右脚を、割って受け止めたのは長躯のエルフ――エクセリーヌさんだった。



 下唇を舐り、瞼を半分閉じたその相貌に怖気が走る。

 気配もなくどこからともなく現れ、俺とルキウスの攻撃を……威力が生じるその手前で受け止めてみせた。



 とんでもない女性だ。

 拳から伝わる手のひらから、別次元の強さを見せつけられた。



「え、エクセリーヌさま……お久しぶりです」


「はい、お久しぶりルキウス。きょうは一人?」


「はい。武闘祭が終わるまで、休暇にしました」


「うん、偉いわあ。前線で魔族を食い止めるのも立派なお仕事だけどぉ、表舞台に立って強さを証明し、民草を惹きつけるのも勇者の立派な仕事。しっかり弁えているわねえ」


「お、恐れ入ります」



 引き攣った笑みを浮かべて、ルキウスが会釈した。

 いや、それよりも——。

 今、聞き捨てならないことを聞いたぞ。



「……勇者?」


「そうよぉ、勇者! カッコいいでしょう? へリィンくんとは違ってぇ、本物の勇者。しかもあのヘルシング家! とぉっても強いのよ、カ・レ♡」


「名前出したらわかるかなって思ったんだけど……知らなかった?」



 エクセリーヌの紹介を受けて、居心地が悪そうに頬を掻くルキウス。

 勇者。

 へリィンとは違う、本物。

 


 そういえば、王都にも勇者がいると聞いたことがある。

 へリィンはメラクから選出された勇者で、二人目の勇者だと……。



「待ってください、へリィンは……偽者だったンですか?」


「うん。だってあの子、紋章がなかったのよぉ」


「紋章……?」



『――そもそも、勇者の紋章があればここは自ずと開くはずなンだが……そのヘリィンとやら、本当に勇者か?』

 

 

 約一年前、師匠と出会い『剣の迷宮』に向かった際にも、紋章云々の話をしたのを覚えている。



「公爵家が多額のお金を出資したみたいねぇ。星に選ばれた勇者には紋章が宿るってこと知らなかったみたいでぇ」


「これが勇者の紋章だよ」



 言って、ルキウスが己の右眼を指で開いた。

 黄金に染まった瞳の奥に、何やら複雑怪奇な紋章が描かれているのを確認できる。



「ルキウスこそが正真正銘の勇者――仲良くしてねぇ、アルマ♡」



 

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