036 想愛

「――カティ? 大丈夫か?」


「……ぁ」



 呆とした様子のカティアを揺する。

 これで三度目だ。

 どこか体調が悪いのだろうか。

 それとも疲れてしまったのか。




「ごめんなさい……少し、考え事をしていたわ」


「いや……いいんだ。演劇後だし、眠くなるのも仕方ない」


「いえ、楽しかったわ。思えば、劇を見るのなんて初めてのことだったし、とてもワクワクした。でも、少し物足りなかったわ」


「まあ、カティは恋愛って柄じゃないしな」


「……それはちょっと癪よ。確かに、もう少しバトルシーン多めが良かったなって思ったのは事実だけど」




 拗ねたように唇を尖らせるカティア。

 そんな可愛らしい顔に頬がニヤつくのをなんとか抑えて、夜の街を歩く。

 


「きょうは、楽しかったよ。カティはどうだった?」


「初めての割には、まあしっかりエスコートされたわ。良かったんじゃないの?」


「遠回しだな。もっと素直に喜べよ」


「嬉しいわ」


「棒読みやめろ」



 笑い合って、いつの間にか肩が触れ合う距離まで縮んでいて、妙に気分が高まる。

 とても楽しい一日だった。

 こんなに穏やかで楽しかった日は、一度もなかった。



 あてもなく街を歩いて、急遽カティアとB級グルメ大会に出場することになって、ジョニーが泣く泣く予選敗退。俺が準々決勝敗退で、カティアが優勝。

 優勝賞金で買い物して、柄にもなく腕時計をプレゼントして、プレゼントされて。

 


 夜は恋愛モノの演劇を観て、こうやってバカな話をしながら帰り道。

 今まさに、俺は幸せの絶頂に立っていた。

 


「……明日だな」


「ええ。明日ね」


「やれると思うか? 俺らだけで」


「やるんでしょ。ここまで来たからには、後戻りできないわ」


「……そうだよな。なんなら、楽しんで行かなきゃな」



 さりげなく指をカティアの指に触れさせた。

 カティアは、変わらずツンとした無愛想で……俺の指に、指を絡ませた。



「……なに?」


「いや……」



 言葉が詰まる。まさかカティアから絡ませてくるとは、思わなかったから。

 しかもこいつ、なんてことないですみたいな顔してさ。



 指先、温かいのな。手汗がすごいぞ。

 しかもちっちゃくて、簡単に折れてしまいそうだ。

 


「カティは……兄弟とかいンの?」


「いないわ。わたし一人よ。……安心した?」


「あ、安心とか、そういうのないから。……ちなみに、ご両親って、怖い?」


「そうね……どうだったかしら? よくおぼえてないわ」


「おぼえてない?」


「ずっと昔に死んだのよ。盗賊団に襲われてね」


「……ごめん。知らなかった」


「でも、少しホッとしたでしょ? 挨拶しなくて良かったって」


「ホッとするワケないだろ。むしろ哀しいし……。今度、お墓に連れてってくれよ」


「ええ。きっと喜ぶわ」


「ところで、さ」


「ん?」



「俺ら、結婚する前提で話してきたよな? 今」



「―――」



 カティアが、表情をかたまらせた。

 あれ……? 

 冗談よ、とか調子に乗らないで、とか。その程度で彼氏面しないで、とか……。

 そういうツッコミが来るの待ってたんだけど……。



「…………。………………」


「……」



 顔、赤くなってるぞ。

 夜でもわかるぐらいに。



「――え、と」


「……カティ」


「ち、違うの……ちがく、ないけど……その、わた――」



 あたふたするカティアがおかしくって、俺はたまらず彼女を引き寄せた。



「好きだ、カティ」


「――し、……んんっ……んぅ?!」



 動揺するカティアの唇を閉ざす。

 それ以上、彼女に恥をかかせるわけにはいかなかった。

 タイミングも、これを逃すと無い気がして。

 


「……あ……ある、ま……っ」


「……帰ろう」


「……うん」



 俯くカティアの手を引っ張って、俺は部屋に戻った。







「あ、アルマ……っ」


「ごめん、カティ」



 部屋へと戻り、着替える間もなく俺はカティアをベッドに押し倒した。

 前髪で隠れたカティアの赤い顔。

 シミひとつないきれいな頬に指を這わせて、前髪を払った。



「わた、わたし……わたしその……経験、ないから……っ」


「……っ」



 瞳に涙を溜めて、羞恥に喘ぐカティアの破壊力たるや、ディゼルの魔拳に匹敵する勢いだ。

 もう、我慢できなかった。

 カティアに対する想いが、止まらなかった。



「好きだ。カティ、好きだ」


「ぅぅ……ばか、そんなに言うな……っ」


「カティは、どうなんだ?」


「あ、るま……っ」



 鼻と鼻が触れ合う。

 カティアの乱れた息。

 長いまつ毛。

 桜色の唇。

 彼女を構成するすべてのものが、愛おしくて仕方がなかった。



「い、言いたくない……っ」


「なんで?」


「は……恥ずかしい、から」



 だから、と。

 代わりに、カティアは唇を差し出した。

 これをもって、答えとすると言わんばかりに。



「アルマ……っ」


「カティ……かわいいよ」



 指を頬から首、喉、鎖骨から胸へ滑らせて――遠慮なく俺は唇を、




「――たぁだいまぁぁぁデスぅぅッ!! 先輩っ! シャルに会えなくって干からびてませんデスかぁぁぁっ!!?」




 玄関から勢いよく飛び出してきた制服姿のシャルル。



 歓喜に打ち震えながら、くるくるまわって俺の二メートル手前で止まったシャルルが、ロボットのようにぎこちなく首をかしげた。



「あれ? どうしたんデスか、先輩? なんか顔が赤いデスよ? もしかして、シャルに会えなさ過ぎて熱でも出たんじゃ――」


「お、おかえりシャル! べつになんともないぞ、何もしてないぞシャル!?」


「お、おかえりなさいシャルル。わたしはべつに、至って普通よ。何事もなかったわ!」



 ベッドから飛び上がり、一定の距離を保った俺とカティアはさりげなく乱れた服をなおしながら全力で首を横に振った。

 シャルルの瞳から、徐々にハイライトが消えていく。

 勘のいい後輩だ。

 薄々、察しているのかもしれない。

 逃げようか。

 いや、カティアを置いて逃げるのは得策ではない……。



「ふーん……そうデスかぁ? なんかあやしいデスね……先輩」


「……えと」



「――くさい」



「へ?」


「先輩、臭いデス」


「く、くさ……?」


「はいデス。女の匂いがプンプンしてやがります。デス」


「……」


「これは、シャルが消毒してあげないといけないデスね」



 笑って、シャルルが浴室に消えていった。

 顔を見合わせる俺とカティア。

 すぐに先程のことを思い出して、視線をそらす。

 程なくして、浴室から忌々しい気配が漂ってきた。



「■■■■■■――――」



「おい、おいおいおい——おいおいおいおいおい何してるんだおまえッ!?」


「邪魔しないでください先輩っ! デスッ!! 今、シャルはそこの女に呪いを――ッ!!」


「さ、させないわ……っ!! なんかよくわからないけれど、止めなくっちゃいけないってのはなんとなくわかるわッ」


「ずるいデス! ずるいデス! シャルは先輩に触れたくてもふれられないのにぃぃッ!! デスぅぅぅッ!!」



 ——暴走するシャルルとカティアによる決死の攻防が終わったのは、それから三時間後のことだった。



「……どうしたの?」


「せ、先輩……帰ってきてたんですね」


「うん。今。それで、どうしたのこの子達」



 帰ってきたエルメェスが、部屋の惨状をみて小首をかしげた。



「なんでも、ないです」


「ふむぅ?」


「はぁ……はぁ……回復術師のくせに……どうして……こんなに……っ」


「は、はは……シャルは…………こんなところで……先輩を……げはぁ……デ、スぅ……」



 半裸になって力尽きた二人を、そのあと俺とエルメェスで介抱して、一日の幕を閉じた。 

 



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