037 篝火の霊廟①
「————はぁぁぁッッ!!!」
上段から振り下ろされたカティアの剣撃と共に、炎が割れる。
轟々と猛る火炎と斬風がせめぎ合う刹那、俺はその間を駆け抜けた。
「〝
「―――ッッ!!?」
地を踏みしめ、跳躍――全長五メートルをゆうに越えるフレア・サラマンダーの顔面へ、《
大きく穿たれた顔面。
牙と脳漿を撒き散らし、エルメェスの上位拘束魔術『
「……やりましたね、先輩っ! デスっ! ――『
「おま、軽い火傷程度で最高位の回復魔術つかうなよ!? これぐらい放っておいても大丈夫だぞ!」
「何言ってるんデスか!? 先輩の皮膚が焼けているんデスよ!? もったいないッ!! デスっ!!」
「もったいないって……なに」
「正直なところ、シャルだけ活躍してないのは癪デス」
「お、おう……なら、仕方ない……か?」
A級ダンジョン『
カティアと恋人同士になった――非公表ではあるが――次の日、俺たちは早朝から指定のダンジョンに潜っていた。
火山の
常に炎を纏っている、あるいは炎でできた
カティアにその旨を伝えられてはいたものの、俺の攻撃に耐え切れる防具が見つからなかったので、仕方なく素手で挑んでいる。
「あーくん。私の有用性を改めて認識できたなら、ぜひ結婚してください」
「逆プロポーズに走るほど追い詰められてるンですか?」
「最初からそこは一貫してるわ」
「威張ることでもないでしょ……。ですが、まあ先輩のおかげでここまで来られたようなものですし。感謝はしてますよ」
エルメェスが召喚した水精霊と風精霊の加護がなければ、一日で四〇階層も進めなかったのも事実。
彼女がいなければ、きっと今頃は二〇階層あたりで暑さにへばっていだろう。
「言葉より証拠がほしいの」
「調子に乗りすぎよ、エル。せっかく暑さを感じないくらい涼しいっていうのに、暑苦しいものを見せないで」
「ふむぅ……。なんか、カティちゃん……余裕が滲み出てる?」
「な、なに? どういうこと?」
「エル先輩、安心してください。すでにカティアさんには呪いをかけてあるデス。遅効性デスので、きっと明日あたりには効力を発揮するデス」
「なんてことしてくれてンだよ、ダンジョン攻略中に……」
道理で、道中ブツブツと俺では聞き取れない異言語を呟いていたのか。
「だってぇ、先輩何か隠し事してるデスぅ。シャルたちの間に隠し事は無しじゃあないデスかぁ」
「ん。同感。安心して背中を預けられない」
「シャルはこんなにも先輩のことが好きなのに……デス。先輩がもし世界の敵になっても、シャルだけは先輩を愛し守ってあげるデスよ? こんな優良物件、他にないデスよ? 盗られちゃってもいいんデス?」
「バラされたくなかったらわかってるだろ? みたいなことでカティアちゃんを脅してるの? そういうのはね、あーくん。年上で母性溢れる先輩たる私だからこそ成せる性癖であって、他の女の子にやっちゃうと引かれると思うの。だからその愛を、私にぶつけてほしいな。余さず」
妙な連携を発揮して俺を追い詰める
下半身が痺れたのはきっとエルメェスの妨害魔術で、素肌が
仲が良くなったとか、息が合うとかそんなチャチなものではない。
ただ振り上げた暴力の方向性が同じで、互いに平行線だからこそ妙な連携を見せているだけだ。
流石のカティアも隠し事をしているという後ろめたさからか、あるいは彼女の引用である『安心して背中を預けられない』という言葉にダメージを負ったのか。
彼氏が女ふたりに迫られているというのに、知らんぷりを決め込んでいた。
「先輩? 二メートル以上近づけないからとはいえ、何もできないということではないんデスよ?」
「あーくん。女の子にここまで言わせておいて、男として恥ずかしくはないの?」
俺が進級祝いで買ってあげたアイテムボックスから、禍々しい紫色の液体が入った小瓶を取り出したシャルルと、感情の欠落した顔で、しかして鼻息は荒く俺のズボンに手をかけるエルメェス。
ダンジョンを踏破できず、カティアと永遠に会えなくなるという契約よりも、この二人に襲われていることの方が怖かった。
なので、全力で抵抗さえてもらう。
こんな馬鹿馬鹿しいことで魔力を消費したくはなかったが、カティアの前で辱めを受けるよりはマシだろう。
「先輩、麻痺させるなら全身にかけておいた方がいいですよ」
「――ひゃんっ」
エルメェスの侵攻を右腕で抑えつつ、左腕に《
虚空を切るように手刀を打って、その風圧でエルメェスの肢体を吹き飛ばした。
「喰らえデスっ! 先輩ぃぃッ!! 裸をさらせぇぇぇデスぅぅぅッ!!」
瓶の蓋を取って投げるシャルル。しかし、先輩を吹き飛ばした風圧によって液体がシャルル自身へと跳ね返り――刹那、シャルルが口角を歪に釣り上げた。
「————先輩の、えっち……デス」
「な……んだ…………とッ」
紫色の液体がシャルルの服へ付着した途端、じゅわっと音をたてて布だけが溶けていく。
ものの数秒で、あっという間に素肌を露出させ、大きな虫食い状態となったシャルルが顔を赤らめて胸を隠した。
しおらしいシャルルの態度と、彼女が見せた素肌。
昨夜の中断され行き場を失ったなんやかんやも合わさって、心臓がシャルル相手に跳ねた。
「先輩……恥ずかしい、デス……」
「わ、悪い……ていうか、なんてものを俺にかけようとしてくれてんだ……!」
「先輩の匂い……好きデス……はぁぁぁ……癒される……」
「狙いはこれか」
俺の上着をシャルルに投げて被せると、待っていましたと言わんばかりに上着に顔を埋める後輩。
「これがあればシャル、一人で十回はいけるデス……っ! ダンジョンの中だろうとどこでも……デス!」
「そんな情報いらんって」
「先輩も一緒にしませんか? デス。ふたりで見せ合いっこしましょう? デス」
「そういうのに付き合ってくれそうなエル先輩を誘ってくれ」
「——百合の趣味はありませんデスッ!!」
「お、おう……悪かったな」
突然キレたシャルルに、頬が引き攣る。
そっち方面で何か、嫌なことでもあったのだろうか。
「シャルは先輩に抱かれるために自分を磨いてきたんデス……他の人間に見せたくなんてないデス……先輩はどうしてシャルの好意を無碍にするのでしょうか……デス……先輩。アルマ先輩。アルマ……アルマ、アルマ……アルマアルマアルマ――――」
「……」
双眸からハイライトを消して、俺の上着を羽織ったシャルルがブツブツと俺の名前を連呼した。
正直、めちゃくちゃ怖かったので、カティアの隣へと逃げた。
「か、カティ……。きょうはここで終わりにしよう。もう時間も時間だし」
「え、ええ……そうね。思っていた以上に順調で正直、わたしも驚いてるわ」
互いにプレゼントし合ったペアウォッチで時刻を確認する。
もう半刻で二十時をまわる。
「そういえば、『
「そうよ。しかも、ここまで来るのに一ヶ月もかかった。……優秀なふたりだと思っていたけれど、わたしの想像以上に活躍してくれたわ」
おうとつの激しい地面に寝そべって天井を呆と眺める白衣のメガネ先輩と、俺の上着を頭から羽織って体育座りしながら俺を見つめているホラー後輩。
個性的なふたりを微苦笑と共に見やったあと、カティアは俺の胸をトンと叩いた。
「あなたにも期待してるから。――わたしから離れていかないでね?」
「……おう。それは安心しろ」
絶対に、おまえをこの手から逃したりしない。
カティアの穏やかな微笑に、改めて誓った。
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