幕間 白昼夢 - Khatia day dream -
「――何をしているの。あなたたち」
最初の印象は、とても強そうだった――ただ、それだけ。
「あ? ンだてめえ邪魔すんじゃねえ、正義執行中だバカや……ろ、――」
「正義? どの口で正義をさえずるのかしらね。冒険者でもなんでもない一般人を寄ってたかって甚振って、同じ冒険者として恥ずかしいわ」
身の丈、百八十八センチ。推定体重九〇キロ。
服の上からでも鍛えられているのがわかる。
得物を持っていないことと、手の甲にいくつもの傷跡があることから、彼は
「あなたたちのような質の悪い冒険者が、冒険者全体の評価を貶めているということになぜ気が付かないの?」
「か、カティア・ルイ……なぜ、ここに」
「
「ぐびッ!?」
つま先が男の腹部にめり込む。
「―――」
視線が、まとわりつく。
「――?」
俺、関係ありませんよ――みたいなツラして、わたしの一挙手一投足を観察し、それなりの速度で打った蹴りを目で追って見せた。
視線が、まとわりつく。
彼の周囲の空間が、ぞわりと蠢いた気がした。
「ありがとうございます、助けてもらっちゃって」
「……いいのよ。それで、何を揉めてたの?」
「い、いやあ、実は――」
*
「おい……さっきの
「うわ、マジかよ……何年ぶりだ?」
「どっかの大手クランに速攻で盗られちまうんだろうなぁ。羨ましいぜ、生まれながらの才能ってヤツが」
Aランク……か。
あの青年が強いのは、一眼でわかった。
拳の傷跡から、努力を積み上げてきた人間だということもわかる。
けど、頭で理解していても、噂を垂れ流す男たちと根本は一緒だった。
妬ましい。
わたしが四年かけて到達した地点を、そんなあっさりと踏みしめてみせたという彼が、たまらなく妬ましい。
――同時に、興味が湧いた。
彼は一体何者なのか。
その強さは才能によるものなのか。
どんな鍛錬をしているのか。
わたしは、まだ強くなれるのか。
「――ちょっと待って。その依頼、わたしも一緒に行ってもいい?」
それからの行動は、早かった。
わたしはまず、彼を知ることから始めた。
*
彼――アルマは強かった。
とてつもなく、強かった。
己の強さを、恥じるほどに。
「《
黒紫色の雷を全身に纏い、刹那――音を置き去りに駆け抜けていた。
Bランク相当のフロアボスである『デス・スケルトンハウンド』をいとも容易く瞬殺して、何事もなかったかのように、
「な? いけただろ?」
なんて、戯けて笑って見せた。
彼は強かった。
自分が恥ずかしくなるくらいには。
圧倒的な強さがあることを知った。
けれども。
けれども。
この嫉妬心は、闘争心は、もっと強くなりたいと願うこの心は、消えることはなかった。
*
「副団長サマの喘ぎ声聞いったってマジ?」
「うらやまー。いいなあ、ダンチョー。俺にも貸出してくんねえかな」
くだらない。
「カティ、最近どこに行ってるんだ? 僕はキミのことが心配だよ」
くだらない。
「愛人のくせに……」
「村人のくせに……」
「穢らわしいわ、奴隷のくせに……」
くだらない。
くだらない。
くだらない。
どいつもこいつも、くだらない。
「――おーいカティ、飯行こうぜ飯」
でも、アルマの顔を見ると少し、そんな気持ちも和らいだ。
噂は所詮噂なんだと、真実なんかじゃないんだと、そんなもの切り捨ててしまえと、アルマなら言ってくれる気がした。
失ってしまった居場所を、彼に見出していたのかもしれない。
アルマだけは、いつものように接してくれる。
〝いつも〟をくれる。
付き合いができたのは、短い期間だけど。
「アルマ、馴れなれしい」
「そう言わずについて来いよ。そこにめちゃ美味しそうな焼肉屋を見つけてな」
「わかったから引っ張らないで」
彼と一緒にいる時、わたしは安堵していた。
*
そんな彼が、噂のアルマだったことを知った時……彼には言っていないけれど、わたしは少しだけ、嬉しかった。
同じ境遇の人がいたんだ。
こんなにも身近に。すぐそばに。
アルマが――
わたしにいつもをくれるアルマが、あのアルマだった。
彼は、もちろんわたしの噂を知っているだろう。
でも、なにも言わない。
気遣いもしない。
ただ、笑ってそばにいてくれる。
なぜなら、痛みを知っているから。
わたしが独りで感じていた痛みを、彼は知っていたから。
わたしは、独りじゃなかった。
それを知って、彼がどう思うかわからないけど。
わたしは泣きそうなほど嬉しくて、胸が詰まって言葉が出なかった。
「……」
「……」
終始無言で、ごめんなさい。
でも、今……何かをしゃべってしまうと、きっと涙も止まらないから。
「……カティ。ありがとな、助けてくれて」
違う。感謝したいのは、わたしのほうだから。
「幻滅したか?」
するわけない。だって、あなたは、わたしと同じ痛みを抱えているから。
「でも、カティは俺のために怒ってくれてる。そんな人間の心が貧しいワケ、ないだろ」
その一言で、わたしは救われた気がした。
*
「もう夜遅いしさ、俺、こっから宿まで二十分くらいかかるんだよな。歩いたら」
「……?」
「だからさ……泊まってっても、いい?」
……え?
泊まる? アルマが、わたしの部屋に?
表情が崩れそうになる。
内心でパニックになりながら、熱くなる皮膚をなんとか誤魔化そうと太ももをつねった。
アルマは、仔犬のようだった。
たぶん、尻尾があったら左右に振ってたと思う。そのくせ、表情は飼い主に捨てられましたと言わんばかりな憂い顔。
アルマと、お泊まり。
嫌じゃ、ない。
男女が同じ部屋で寝るってことが、どういう意味かなんて……もちろん知ってる。
アルマが度々、わたしに気があるアピールをするのも知ってる。
嫌じゃない。ちょっと知らないフリして、からかってるだけ。
見ていて、楽しいから。
でも、でも。
お泊まりって――
「そう。いわゆる女子会ってヤツね。いいわよ、そういうの、初めてだから」
突いて出たのは、苦し紛れの照れ隠しだった。
とても恥ずかしくて、心臓がドクドク高鳴って、気を抜いたら顔がすぐ真っ赤になりそうで。
「……お……う」
「でも女子会って、何するの? そもそもあなた、女子じゃないけどこれは女子会として成立する?」
「……当然」
「ならよかった」
でも、その成果に、アルマの呆けたツラを拝むことができて。
ちょっとばかし笑っちゃって、バレる前に彼の手を引いた。
手汗とか、嫌じゃないかな。
部屋、片付いてたっけ?
下着は……大丈夫?
アルマと……そういうことしたら、どうなっちゃうの。この関係……?
早鐘が止まらない心臓を抱えて、わたしはアルマを引っ張り続けた。
「…………結局、何もなかったわね」
密かに気合を入れたわたしが馬鹿らしかった。
カーテンの隙間から差す朝日に照らされて、寝返りをうつアルマ。
ふと、姿見の向こうから自分の姿が見えた。
「……っ!?」
その表情は、まるで別人のように弛緩する、いわば恋する乙女の顔だった。
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