030 ゴブリンの巣穴③

「ものすげえ数のゴブリン……これ、何体いるんだ?」



 最深部と思わしき広間の手前で、俺たちは壁に背をつけて中の様子を伺っていた。

 まるでボス部屋のように広大な広間には、侵入者を迎撃するためか幾百ものゴブリンが武器を握り、隊列を成して俺たちの到着を待ち侘びていた。



 そしてその中央——威風堂々と座す一際巨大なゴブリンを見遣り、カティアが囁いた。



「あれはゴブリン・キング……実際に見たのはこれで二回目よ」


「へえ。王様らしくそれっぽい椅子に座ってるじゃあねえか。クイーンってのは見当たらねえが……あの通路の奥か?」


「クイーンは配下を産み落とす母胎だから、死に物狂いで守るはずよ。間違いなくキングよりも優先度は高い」


「なるほど……そンで、アイツか――ずっと俺をてやがったのは」


「……視られていた?」



 怪訝な顔で俺を見遣るカティアに目も向けず、何食わぬ顔でキングの背後を守るように立つゴブリンを見つめた。

 


「ずっと視線を感じてた。それはきっとアイツもだ。多分、互いの気を無意識に察知してたンだろうな。闘争本能……いわば、つええヤツと戦いたいという欲求……この巣穴ダンジョンに足を踏み入れた瞬間から、俺はアイツと見つめ合っていた」


「……そう」


「なんだ、カティ。いつものおまえなら、意味がわからないわ、とか言って侮蔑するのに」


「意味わからないこと言っている自覚、あったのね。そっちの方が驚きよ」


「いや……ほら、俺は感覚を大事にしたいタイプだから」


「そう。それに関してはどうでもいいけれど……」



 俺から視線を外して、カティアが件のゴブリンを見据える。

 仁王立ちの体勢のまま、俺らの存在に気づきながらも瞼を閉じ、精神を統一させている屈強なゴブリン。



 こちらが逃げ出さず、向かってくることを確信しているからか。

 あるいは、敗北などあり得ないという自負に溢れた余裕からか。

 あるいは、強敵と拳を交えることに対する、愉悦か。



 カティアは、石像のように厳粛と立つかのゴブリンを忌々しく睨みつけて、呟いた。




「……?」


「わたしなんて、眼中にない……そういう態度が、ムカつくわ」


「……ハハッ」



 ああ、そうさな。

 やっぱりおまえも、本質は俺やあのゴブリンと同じだ。

 


 強いヤツと戦いたい。

 もっと強くなりたい。

 さらに上へ手を伸ばしたい。



 女として意識しはじめてから度々忘れそうになるが、コイツは根っからの

 


「素質あるよ、カティ。おまえならすぐ俺と同じ土俵に上がれる」


「……舐めたわね。今、わたしのこと」


「おお、怖っ!」


「譲りなさい。アイツは、わたしがるわ」



「ちょ、おま――――俺のだぞッッ!!」



 一息に通路から飛び出して、カティアが剣を抜きつつ疾走を始めた。

 カティアの背後で暴風魔力が追い風となって吹き抜け、さらに加速――先頭のゴブリンが得物を構えるよりも早く、カティアの剣撃が颶風ぐふうと化した。



「グピギギグピ――――グピギギグピギギグピギギ、グピギギグピ、グピギギグピギギグピ、ギギグピ、グピグピ、ギギギギギギギギ、グピグピギギギギッッ!?」


「――わたしは、一振りの剣でいい」


「グピグピグピギギ、グピグピ、ギギグピギギグピグピ、グピグピ、ギギギギグピギギギギ、ギギギギグピギギギギ――――ッッ!?」


「――何者をも断ち切り、何物にも阻まれない。最速にして最強の剣——」



 言い聞かせるように、あるいは鼓舞するように。あるいは、敵将へ名乗りを上げるように。

 ただ己は一振りのつるぎであると、それ以外の何者でもないのだと、カティアは祈るようにはしる。斬る。斬る――



「完全にスイッチが入ってやがる。先輩、俺とアイツの背後ケツたのみましたよ。あくまで、支援の範囲内で。先輩が出張ると、一瞬で終わっちまいますから」


「ん。気をつけて。お尻は先輩に任せてね」


「シャル、おまえのおかげでいい相手に出会えた。ありがとう」


「んふふ。先輩、ご褒美くださいねっ! デスっ!」


「おう」



 シャルルが微笑むのと同時に、俺の肉体カラダに光の粒子が注がれた。

 


「これは……?」


「先輩、ご武運を――デス。僭越ながら、シャルの加護を先輩に。デス」



 見慣れない真面目な表情で手のひらを組み、瞼を閉じるシャルル。

 彼女が魔術を使う際の手法ルーティンだ。



「重ねて、ありがとう」



 それだけを告げて、俺は上着をすべて脱ぎ去った。

 それをシャルルが、死に物狂いで取りに行く。

 


「んーっと……別に、一対一タイマンじゃなくたっていいんだぜ?」


「…………」



 腕を十字に組み、ストレッチさせながら俺はそいつを見上げた。

 無数のゴブリンが道を割り、その間を堂々とヤツが歩んでくる。

 深緑の肌。実戦で培われたと見て取れる、スリムでありながらも磨き上げられた筋肉。肢体。

 


 身の丈、約二メートル。体重は百キロとちょっと。

 得物は俺と同じ拳。

 有無を言わさぬ鋭い表情は、堅実に強さを求める求道者のソレだった。



 ああ、やべえ。

 惚れそうだ。



「ンじゃよ……始めようぜ。ずっと待っててくれたンだろ? 俺だってずっと我慢してたんだ。早くりたくてうずうずしてたンだよ」



 ——おまえも同じだろ?

 確信を以て、俺は微笑んだ。



「――名乗らねえぞ。大して売れた名でもねえからな」


「……」



 同意するように、ゴブリンが拳を低く構えた。

 獣のように目つきを尖らせ、射抜くように拳を、縦に向ける。



「来いよ。敬意をもって、叩き潰してやる」  

  



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