029 ゴブリンの巣穴②

 巣穴を進みはじめて約一時間。



「――順調だな」


「先輩の戦ってる姿、とってもカッコいいデス……はぅ。デス」


「そのデス、言わないと死んじゃうの?」


「エル先輩からメガネと白衣がなくなったらただの胸でかオバケになるのと一緒デス」


「ふむぅ」


「胸をジロジロ見るな、デス。マウントが適当過ぎるんデスよっ!」



 蒸し暑く異臭が漂う迷路のような巣穴を、襲いくるゴブリンを蹴散らしながら進む。

 深くに進めばすすむほど、武器を手にしたゴブリンや数が増え、挟み撃ちも多くなってきた。



「アルマ、また背後から来るわ」


「前方からも来た。先輩はカティの援護をお願いします。シャルは誰か怪我したら回復を」


「ん」


「りょうかいデスっ!」



 エルメェスとシャルルの了承を背に、俺は拳を構える。

 半歩退き、わずかに重心を落とす。

 顎を守るように拳を浅く握り、酸素を全身に巡らせた。



「グピギギギギギギグピ、グピギギグピギギグピギギ、グピギギギギギギグピ! ギギグピグピグピ、ギギギギグピギギグピ、グピギギグピギギギギ、ギギグピグピギギ、グピギギギギギギグピ、グピギギグピギギ!」


「グピグピギギギギ、グピギギ、ギギグピグピグピ、ギギグピギギグピ、グピギギギギ、グピグピグピ、グピギギギギギギグピ、グピギギグピギギ!」


「グピギギグピ、グピグピグピ、グピギギグピギギ、グピグピギギギギ、ギギグピグピグピ、グピギギグピグピ、グピグピ、ギギグピグピギギグピ、グピグピグピ、ギギグピ!」



 概算して十二のゴブリンがそれぞれ得物を握りしめ、深緑色の雪崩なだれが迫ってくる。



「先輩、あいつらの大半がシャルにイヤらしい視線を向けてるデス」



 ゴブリンの雌と同じ体型だからじゃないか? 

 ——とは、口が裂けてもいえなかった。



「雌なら誰でもいいンだろ。連れていかれないように気をつけろよ」


「はいっ! デス! シャルの処女は先輩のものデスっ!」


「いらんって」



 脱力と同時に踏み込んで、一息でゴブリンとの距離を詰める。

 先頭のゴブリンを蹴り上げ、左拳を硬く握りしめた。

 



「――《剛力強化フィジカル・ハイ》・壱段階ザ・ワン




 瞬間的に左腕を強化。

 拳を捻るようにして、かつ地面を蹴り上げるように踏み込む――




「〝全力殴りフル・レップス〟」


「グピグピギギ、ギギギギギギグピ――――……ッッ!?」




 槍のように鋭く穿った左拳。

 それに圧せられるようにして、都合十二のゴブリンが一瞬にして鏖殺。

 四肢と臓腑を撒き散らして道が拓けた。



「こっちは終わったぞ」


「――こっちも終わったところよ」



 剣を左右に振り払い、血を飛ばして鞘へ納めるカティア。

 俺とカティアの視線に挟まれたエルメェスが、ムスッと眉根を寄せた。



「まったく出番がないわ」


「はぁ……先輩の正拳突き……シャルの子宮にも欲しいデス……っ!」


「あなたはそこにいるだけでキャラが立ってて羨ましいわ」


「なんデスか、皮肉デスか? 喧嘩なら受けて立つデスよ?」



 エルメェスの皮肉に拳を向けながらも、やっぱり視線は俺へと向けて、舐めまわすように気持ち悪い微笑をたたえていた。

 慣れはじめた俺が恐ろしい。



「アルマ、ちょっといい?」


「どした?」


「話すかずっと迷ってたんだけれど、やっぱり話すわね」


「おう?」



 いやに真剣な顔をして、カティアが告げた。



「このダンジョン、おかしいわ」


「おかしい?」


「ええ。ゴブリンの数が多すぎる」


「んー……まあ、確かに。数えてないけど百は殺したな」


「加えてこの巣穴、大きすぎるわ。一時間も歩き続けて、まだ最深部に到達できない。……どういうことか、わかる?」



 問われ、俺は首を捻った。

 最深部が遠く、ゴブリンの数が異常に多い……か。




『——ゴブリンの巣穴は立派なダンジョン。ゴブリンという種は比較的に雑魚の部類だけど、生まれながらに『迷宮創造者ダンジョン・マイスター』という固有能力スキルを持っている』




 カティアとエルメェスの会話を思い出す。

 ゴブリンの巣穴は、ダンジョンと同義。


 ダンジョンは、その危険度に応じて深さが変わってくる。

 俺が修行のために篭っていた『剣の迷宮』は、A級ダンジョンにして脅威の二〇〇階層――



「あ」



 そこで、俺はカティアが何を言わんとしているのか、理解した。



「なるほど……ただのゴブリン寄せ集めバーゲンセールスじゃないってことだな」


「これだけ深いと、間違いなくキングがいるでしょうね。そうなると、高確率でクイーンもいる」


「そう考えるのが妥当だけど……なんでこれがCランク依頼として出てるんだ?」


「発見した冒険者なり村人なりがあやふやなまま報告したんでしょうね。稀にあることよ」


「稀に……ねえ」



 そこまで口にした時、二メートル離れたシャルルが瞳にハイライトを色濃く輝かせて、言った。



「シャル、先輩のために祈ったんデス。先輩に見合う魔物が現れるように、昨夜……三時間かけて祈りました。デス」


「なるほど。道理で昨夜は風呂が長いと思ったぜ」


「待って。突っ込むところはそこなの?」


「カティ。いい具合に聞き流してやるのが、シャルとのうまい付き合い方だぞ」


「そ、そうなの……?」


「ひどいデス先輩っ! 先輩のためにお祈りしたんデスよ~っ? 褒めて頭を撫でて押し倒してほしいデスっ!」



 制約のせいで決して埋められない二メートルという距離を、必死になって腕を伸ばすシャルル。もし、制約がなければ押し倒されていたのは俺の方だったかもしれない。



「とりあえず、潜っちまったモンはしかたねえし、むしろ運が良かったと思うしかないだろ。強敵とりあえるなら願ったり叶ったりだしよ」


「そうね。一応、そういう認識で進んでほしいという注意喚起よ。A級ダンジョンの前哨戦とでも思いましょう」



 頷きあって、再度止まっていた足を動かしはじめた。

 


 ――それから程なくして、俺たちは最深部に辿り着いた。



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