その頃、勇者パーティは④




 思えば、アルマを追放したあの日から、俺たちの没落は始まっていたのかもしれない――。







「――やってられっかよクソがッ!! 付与頼りのクソ勇者がイキってんじゃねえぞッ!!」



 そう吐き捨てて、雇った付与魔術師がギルドから出ていった。

 周囲から冒険者たちの視線が突き刺さる。

 残された俺とマリィ、コーカは俯きながら、呆と安酒に目を移す。




「またか……もう終わったな、あいつらも」


「勇者の試練も一年経ったってのに、まだ終わらせられてねぇみたいだぞ」


「王都の勇者は半年以上も前に戦線に出て功績を挙げてるってのに……メラクうちの勇者様ときたら……」


「やっぱりあの噂、ホントらしいぜ」


「あー、金で〝勇者〟を買ったって話? じゃあ偽勇者フェイカーじゃん」


「勇者の紋章もないらしいからな。偽だよ、偽勇者」




 周囲から囁かれる声を受けて、俺は拳を握った。

 ふざけるな、誰が偽勇者フェイカーだ。

 俺は、本物の勇者なんだ。

 ただ、ここ最近は調子が悪いだけで……。



「へリィン……これからどうするんだ?」


「……」


「もう、残ったのは俺たち三人だけだ」


「……わかってるよ」



 そう、勇者パーティに残ったのは、コーカとマリィだけ。

 回復術師も前衛職の戦士たちも、全員辞めていった。

 雇った付与魔術師も、あれで五人目。



「流石にもう、誰も協力してはくれないぞ」


「……」


「雇う金も、もう尽きた」


「……わかってるって。俺ら三人だけで……十分だろ」


「……十分?」



 コーカが顔を上げて、俺を睨みつけた。



「十分なワケあるか。優秀な人間六人集めた今回でさえ、五〇階層が限界だった。たった三人で、いったいどこまでいける?」


「やってみねえとわかんねえじゃんか」


「やる前から敗北は見えている。回復術師がいない今、次こそ潜ったら生きては帰れんぞ」


「転移石を買えばいいだろ。危なくなったらそれ使って逃げる。楽勝だ」


「転移石を買う金すら、今の俺たちには稼げない」



 コーカが麻袋をひっくり返す。その中からは、なにも出てこなかった。



「アイテムボックスも売った。最新装備も売った。高級宿から安宿にかえて、一日一食に減らした。それでかき集めた転移石も、さっきのダンジョンで使い果たした。パーティの共有資金も底をついた。あとはなにを売って転移石を集める?」


「依頼を受ければいいじゃねえか。俺たちはAランク冒険者だ。稼ぎのいい依頼があるだろうよ」


「忘れたか……? Bランクの依頼さえも、俺たちではクリアできなかったんだぞ?」


「あれは……変異種オルタがいるなんて、知らなかったから」


「いや、あれはただのオークだ。ただのオーク相手でさえ、俺たちは勝てなかった」


「か、数が……多かったろ。あんなにいるとは思わなかったし、調子が悪かったんだ。今ならいける、問題ない……」


「……じゃあAランクの依頼を受けたとして。残り一ヶ月で、勇者の試練を終えられるか?」


「……っ」


「期限はあと一ヶ月しかないんだぞ。もしそれを越えられなかったら、おまえは〝勇者〟の適正なしと判断され、剥奪される。そうなれば、これまでおまえや俺たちに期待してくれていた人間全員を裏切ることになり、最悪この国から逃げる羽目になる」



 淡々とした口調のコーカだが、その声はわずかに震えていた。

 〝勇者〟の称号を剥奪される――その結果、どうなるのかは目に見えていた。

 


 現時点でさえ、周囲の視線は痛いほど煩わしい。

 それが倍以上――メンカリナン王国全体に顔が知れ渡っているから、約六千万の人間に後ろ指をさされることになる。



 そうなったらもう、この国では生きていけない。



「で、でも……でも、へリィンのお父様は公爵さまなのよ? そのご子息であるへリィンが、そんな目に遭うわけ……っ」


「……マリィ。実は、俺……親父から、勇者の試練を越えられなければ、勘当されることになってるんだ……」


「……ッ」


「後ろ盾もない、元勇者。……そんなの、誰が守ってくれるんだって話だよ」


「そんな……」



 絶望に染まるマリィの顔。

 自分の体を抱いて、震えるマリィの姿は小動物のようだった。

 肉食動物に狙われた、小動物。



「で、でも……わ、私たち……メラクに、国に貢献してたわよね……? それなのに、そんな仕打ちを受けるなんておかしいわ……!」


「本当に……そう思っているのか、マリィ」


「……え?」


「思い出してみろ。俺たちは、勇者の名を借りて装備を安く売ってもらったり、ギルドの飯をタダで食わせてもらったりと、色々恩恵を受けてきた。反感を買ったとしても、みんなが守ってくれた。

 これまでプラスに働いていたものが、勇者を剥奪された瞬間にマイナスへと反転するんだ。その温度差たるや、犯罪者となんら変わらない」



 コーカが、これから起こるであろう事態を予測して、嘆く。

 それを聞いたマリィは、ガクガクと全身を震わせて——



「…………………………



「マリィ……?」



 雰囲気が変わったマリィに、俺は声と同時に手を伸ばしていた。

 これから先おこる未来を予測して、おののいているのだろう。

 少しでも和らげてやろうとして触れた手は、瞬間――勢いよく弾かれた。



「さわらないで……」


「え……?」




「――触らないでって言ってんのよこの下郎がッ!!」




「……!?」



 聞いたこともない怒声と鬼気迫る表情。

 そして、瞬く間に構築された術式に炎が走り、目の前の空間が爆ぜた。



「――ッが、ァ!?」


「……だ、大丈夫、か、へリィン……!?」



 テーブルと椅子が木端と化し、衝撃で吹き飛んだ俺とコーカが床を滑る。

 周囲の冒険者をも巻き込んで、さらにファイア・ボールが四つ放たれた。

 標的は、すべて俺だった。

 先鋭化された火球が、迫る。



「――やめろ、ここはギルド内だぞ!?」


「うるさい……うるさいうるさいうるさい、黙れこのど腐れがぁぁぁッ!!!!」


「ッ!?」



 迫る火球の間に割り込んだコーカが盾で受け止める。

 しかし、長いこと手入れされず、たった一人で魔物の攻撃を受け止めていたこともあり、耐久値の限界を越えた盾が粉砕——。 



 四発目がコーカの胴を穿ち、後ろへ倒れるのと同時にジュッと肉の焦げる音が耳を掠めた。

 刹那、絶叫。

 これまた聞いたことのないコーカの叫びに、俺はあたふたして――




「死ね……しね、みんなしね……信じてたのに……あんたのこと、信じてついてきたのに……処女だって捧げたのにぃぃッ!!」




 暴走する。 

 渦巻く炎の渦が、周囲の冒険者もろとも燃やし、建物を焦がして俺へと放たれる。



「死ねよ……死んで償え……私も死ぬから……みんなみんな、滅びればいい」


「ま、マリィ……!!」


「気安く名を呼ぶなぁぁぁッ!!」



 右腕が焼かれ、瞬く間に炭化していく。

 マリィの魔術は……こんなにも強かったのか?

 明滅する激痛と、炎を背景に涙を流すマリィが、記憶の中のマリィと齟齬そごが生じる。

 


「勇者だから……公爵家だから……将来的に、あんたの方が有望だから……アルマじゃなくって、あんたを選んだのに……ッ」


「ま、マリィ……なぜ」


「バカな女のフリして、あんたに合わせてあげてたのにぃぃ……ッ!!」


「や、やめてくれ……やめろ、マリィ……!」


「もう芝居は終わりよッ!!!!」


「マリィッッ!!?」



 収束された高密度の魔力

 標準を俺に定めたマリィの顎から、涙が落ちる――




極熱収斂・炎剣フルフレイム此処に来れり・スルト――――ぁ」




 収束された炎が、放たれるその刹那。

 マリィの胸から、




「――ったく、おじさんにこんなことさせんなよ」




 それは剣だった。

 炎を反射して光る、銀色の剣。

 ついで、飛来した矢がマリィの首を貫く。




「……一足遅かった?」


「おいおい、オーバーキルやめろ。おじさん心が痛い」


「わたしの方が早かった……はず」


「――大丈夫ですか!? 生きてる人いますか!?」




 そして、肌寒さを感じたその瞬間、ギルド全体が凍結した。

 荒れ狂っていた炎すらも氷獄の檻に塗り固められ、消失する。

 


「ま、マリィ……マリィ……!」


「――大丈夫? 待ってね、腕一本くらいならなんとか治してみせるわ」


「俺、俺よりもマリィを……!」


「……もうダメよ。最初の一撃で心臓をやられてる。高位の魔術師ならまだしも、私じゃ……」


「……ッ」



 剣を抜かれ、首に矢が刺さったまま——マリィはうつ伏せに倒れた。

 俺は、ただ腕を伸ばして――



「あ、る――ま」


「マリィィィぃぃぃぃぃぃぃぃ――――ッ!!」

 

 



 ――それから、俺はふらふらと夜の街道を歩いていた。



 ここまで来た記憶がない。

 あれからどれくらい時が経ったのかもわからない。



 ただ、歩く。

 逃げるように。

 歩く。

 


 酒を片手に、先の光景を忘れようと安酒を飲み、しかしどうしてこうなったのかと思考が勝手に逡巡する。



「マリィ……コーカ……みんな」



 マリィの最期が、あの瞳が、あの顔が、薄い瞼の裏から離れない。

 


「どうして……どうして、こうなっちまったのかなあ……俺は、どこで間違ったのかなあ……ッ!!」



 自然と溢れてくる涙。

 どこで間違えたのか。どこで変わったのか。

 俺は、俺は――



「くそ、アルマの野郎……ただじゃおかねえッ!!」

「絶対に殺す……あの女も孕むまで使ってやる……!!」



 通り過ぎた路地裏から、数人の男たちの声が聞こえた。

 

 確かに、男はその名を呼んだ。

 

 

 マリィの、最期の言葉。



「ある、ま……アルマ……アルマ……!」



『…アルマじゃなくって、あんたを選んだのに……ッ』



「アルマ……ああ、アルマ……ッ」



『あ、る――ま』



「アルマぁぁぁッ!!」



 

 




「マリィが、最期に伝えたかった言葉……それは、、だ」




 ああ、愛しいマリィ。

 俺の愛しのマリィ。

 きっとおまえだけは、気づいていたんだな。

 だから、俺に教えてくれたんだな。

 


「殺さなきゃ」



 アルマを。



「殺して、みんなの仇をとらなきゃ」



 それが、勇者である俺に託した、みんなの想い。

 


 だから。



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