011 再会

「――久々だなあ。てっきり王国にはいないもんだと思ってたが、また帰ってきたのか? ていうか、神経図太くね? 勇者パーティを追放された無能って広まってンのに、呑気に女と焼肉かよ。また後ろ指さされるぜ?」


「……ガンジャ」



 一団の先頭に立った男ガンジャは、魔術学園時代の同期だ。

 専攻は俺と同じ付与魔術で、何かにつけて対抗してきた男だったから、よくおぼえている。

 


 貴族の子息が多い中、村人出身の俺を嫌悪し、よく絡んできていたが、それは卒業しても変わらず健在だった。



「勇者パーティ……?」


「あん? って、あんたカティア・ルイだろ? あの斬撃公ヘル・クォーツの」


「その名前で呼ばないで。可愛くないから」



 ……あ、そういう理由で嫌がってたんだ。初めて知った。

 ていうか、一振りの剣になりたい云々言ってたくせに、それっぽい名前は嫌がるのな。



「どうでもいいし。どうせ俺より弱いんだろおまえ」


「……なんですって?」


「まあいいや。興味ねえし? っていうか、もしかしてさっきの反応からして知らないのか、斬撃公ヘル・クォーツ



 下卑た表情で、俺を見下すガンジャ。

 次に言う言葉は、安易に想像できた。



「こいつ、クソ使えねえからっていう理由で勇者パーティ追放されたんだぜ?」



「……」



 カティアが、感情の読めない瞳で俺を見た。



「チョーウケるだろ? 魔術学園を首席で卒業したってのも、教師に賄賂送ったからとか言われはじめてよ。カカッ、しかも聞いたか? あの勇者パーティもすっかり落ちぶれてよ、今じゃ偽勇者扱いだ」


「ちょっとガンジャさん、クソ雑魚勇者パーティに追放されたって、もう表現しようのないゴミカスじゃないっすか。種族ゴブリンかよ」


「付与魔術も一個しか使えなかったもんなぁ? 俺が新たに魔術を習得している間、おまえは壊れた女みてえに同じ魔術を繰り返してたよなぁ? どうよ、あれから何か覚えたか? ん?」


「一個しか使えないって、それで魔術師名乗ってたんすか?! うわ、やめてくださいよ魔術師の箔が落ちるじゃないっすか。ていうか、生き恥晒してるぐらいなら死ねよ」



 公衆の面前で、処刑するかのごとく俺をいびり嘲笑を浮かべるガンジャとその取り巻き。

 ……カティアには、悪いことをしてしまった。

 こんなの聞いた後では、せっかくの焼肉も美味しく食べられないだろう。

 俺は、まだ続けるガンジャからカティアに視線を移した。



 カティアは、宝石のようにきれいな翡翠色の瞳ペリドットを瞬かせて、数瞬後、拳を突き上げた。



「なんなら俺が殺してやろ――――ブボぁッ!!?」


「が……ガンジャさんッ!?」


「か、カティ……?!」



 カティアの拳が、気持ちよく俺を罵倒していたガンジャの顎に突き刺さり、舌を噛みちぎりながら後ろに倒れた。同時に歯も数本逝ったようで、床に歯と舌が転がった。



「て、てめえなにしてくれてん――」


「黙りなさい。あなたたちこそ、なにを根も葉もない噂を垂れ流しているの。他所でやって、他所で」


「うギィッ!?」



 取り巻きの右目に人差し指と中指を突き刺すカティア。容赦ない手指が炸裂し、男が床の上で悲鳴をあげてのたうち回る。



「か、カティ、おまえ――」


「アルマ。あなたもよ、なんで黙ってるの」


「それは……」


「こういう奴は、すぐにつけあがるから。少し痛めつけておかないと」



 少しの度合いから結構外れてると思うんですけど……なんて、こんな状況で言えなかった。



「さっさとね。懲りずにまた変なことを吹聴したら、我がクラン総出で引き摺り回してやるから覚悟しておくように」


「く、くそ……ッ」


「ガンジャさん、行きましょうッ」


「~~~ッ!!!!」



 カティアの鋭い睨みから逃げるようにして、ガンジャたちは店を出て行った。



「困るわね。であそこまで言われると」



 カティアは、何事もなかったかのように平静と肉を食べた。



「カティ……その、俺は――」


「黙りなさい」



 言葉と瞳で、それ以上は言わなくていいと、静止させた。

 俺は、小さく頷いた。



 それからすぐに焼肉屋がいつもの喧騒を取り戻し、



「――ねーちゃんッ! よく彼氏を守ったなッ! あんたかっこよかったよ!」


「彼氏じゃありません。友達です」


「あんたも災難だったな! なんでか知らねーけど、人違いでボロクソ言われてよ!」


「そうそう。可哀想だぜ、あの〝アルマ〟と一緒にされちゃあよ! 俺ぁ一度見たことあるから知ってるぜ! 兄ちゃんはガタイもいいし身長も高え! アルマは兄ちゃんの正反対のチビで根暗よ!」


「俺ぁ人を何人も殺したって聞いてるぜ。男にでも体を売るっつう変態ってのも有名だよな?」


「それにしても、あのカティア・ルイの彼氏ってのは、やっぱり難癖が大変だろう? どうだ、ねーちゃん! 俺はなに言われてもしっかり言い返してやっから、俺とつきあ――」




「彼氏じゃ、ありませんから」




「――硬いねえ! 硬派だねえッ!!」


「ぎゃはははは、おまえ嫁いんだろうがッ! またドヤされちまうぞ!」



 酔っ払った親父集団に絡まれるカティア。慣れているのだろうか、淡々と冷静に肉を食べながら親父たちをあしらっていた。



 それから、たっぷりと肉を腹に溜め込んだカティアと一緒に席を立つ。会計は、なぜかカティアが多く支払ってくれた。



「……」


「……」



 無言のまま、夜の街を歩く。

 俺は黙ったまま、カティアの後を追った。



 カティアが足を止めたのは、街から少し離れた郊外にある公園だった。

 そのタイミングで、俺はようやく口を開いた。



「……カティ。ありがとな、助けてくれて」


「別に、助けたつもりはないわ。いい加減鬱陶しかったから殴っただけだし」


「それもだけど……俺が難癖つけられてるだけだって。ホントのことなのに、別人ってことにしてくれた」



 顔も名前も知られているカティア・ルイが違うといえばちがう。

 少し無理はあるが、それでもあの場にいた全員はそう思い込んでいるのは確かだった。



「名前、変えたほうがよかったかな。あんなに俺、評判悪りぃンだってこと知らなかった」


「なにふざけてんのよ。もっと深刻そうにしなさい」


「落ち込んだら慰めてくれるのか?」


「慰めない。怒る」


「ならこれでいいだろ」



 ベンチに腰掛けて、隣をポンポンと叩く。

 カティアは、硬い表情のまま俺の隣に腰を下ろした。



「幻滅したか?」


「なにが?」


「なにがって……俺があの噂の〝アルマ〟だってこと知って」


「……わたしは、今のあなたのことを知っているから。幻滅なんてしないし、どうだっていいと思ってる」



 そういえば、初めて出会った日も、そんなことを言っていた気がする。

 俺が〝アルマ〟について訊いた時、カティは興味ないと切り捨てた。



「みんな、馬鹿よね。ガンジュってヤツも馬鹿だけど、あのおっさん連中も馬鹿。あなたのことを悪く言う国中の奴らもみんな、馬鹿」



 馬鹿ばっか――。

 そう言って、カティアは砂を蹴っ飛ばした。



「周りのことを気にする時間があるなら、己を磨けばいいのに。心が貧しい証拠よ。……こんなこと、言ってるわたしも例外じゃ、ないんだけれど」


「でも、カティは俺のために怒ってくれてる。そんな人間の心が貧しいワケ、ないだろ」


「……違うの。わたしは、あなたのためだけに怒ったワケじゃないの」



 目を伏せて、カティアは俯いた。



「……クラン、うまく行っていないのか?」



 言うつもりはなかった。

 だが、期せずしてカティアは俺に踏み込んだ。 

 なら、俺もカティアに踏み込もうと、そう思った。



「そうね。わたしも、昔のあなたと似たようなものよ」



 そう言って、カティアは笑った。

 その笑顔がとても悲しくて、俺は――——




「――や、やっと……見つけた……ッ!!」




 横槍を入れるようにして、そいつは俺たちの前に現れた。




「あ、アルマ……会いたかったぞ、アルマ……ッ」




 ボロボロの装備にボサボサの髪。

 やつれきった表情を醜く歪ませたその男を、俺は知っていた。



「もしかし……へリィン?」


「ああ……ああ、ああ。そうだ、そうだ俺だよ! 俺が勇者のへリィンだッ!!」



 かつての面影と輝かしさをすっかり失ったへリィンが、突として地を蹴った。

 右手に抜いた剣を揺らめかせ、へリィンが上段に振りかぶる。



「みんなの仇だ――死ねエエエエエエッ!!」


 

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