その頃、勇者パーティは① 

「なんか……体が……重くなった気がする……っ」



 選ばれし者勇者のみが立ち入りを許されているA級ダンジョン——『剣の迷宮』。

 その五〇階層のボス手前で、俺は肩で息を吐いていた。

 何故だか、疲労の巡りが早い。体も重い気がするし、息もすぐに切れる。

 風邪でもひいてしまったのだろうか。



「へリィン、大丈夫? 顔色が悪いけど……」


「あ、ああ、問題ないよマリィ。ちょっと……風邪をひいたみたいなんだ」


「もしかして……昨夜、裸で寝たから……とか、かな?」


「……そうかもしれないな」



 顔を赤らめて囁くマリィの赤毛を撫でながら、己に言い聞かせるように頷いた。

 きっと体調が悪いだけだ。

 自覚症状はないが……一応、パーティの回復術師に癒してもらう。

 


「んー……変わらないな」


「治癒魔術は疲労には効きませんので……申し訳ありません」


「いや、いいんだ。気にするな」



 回復術師の少女に笑いかける。

 もしかしたら気持ちの問題かもしれないと考え始めた時、近くから荒い吐息が聞こえた。



「昨夜のキノコが……効いてるのかも……しれ……ん」


「こ……コーカ、おまえ汗がすごいぞ……大丈夫か? 死ぬなよ……?」


「……ああ。問題、ない」



 前衛でタンクの勤めを果たすコーカは、ダンジョン攻略時には必ず重鎧じゅうがいを纏っている。



 己よりも重い鎧をなんなく着こなし、百階層到達時でさえ息を切らしていなかった体力オバケのコーカが、あろうことか壁に手をついて中腰になっていた。足元には、汗で水溜りもできている。脱水症状で死にかねない状態だった。



「いや、でもおまえ……それは流石にヤバイって。どうした、いつものおまえらしくねえぞ」


「キノコにあたったのかもしれない……」


「キノコ? ——ああ、なんか食ってたな昨日」


「あのキノコは栄養価が高い反面、まれに体調を崩す作用があらわれるというが……まさか、このタイミングで」


「……タイミング悪りぃな、そりゃあ」



 しかし、と呼吸がだいぶ整ってきた俺は周囲の状況を見渡した。

 マリィや回復術師等の後衛職はまだしも、前衛で体を張る役職の男たちが皆、いつもより体力を消耗しているようだった。



 確かに、魔物や十階層ごとに居座るフロアボスを再度倒しながら下るのは、生半可な体力ではこなせない。

 特に前衛職は動き回るから、体力の消費が後衛職とは桁違いだ。疲れるのも無理はない。



 だが、つい先日までは、百層までなんなくたどり着いて見せた。

 一度も休憩を挟まず、復活したフロアボスだって、初見じゃないから楽に倒せた。

 


「……今回相手にしたフロアボスはたったの二体だけだぞ……」



 いつもより少ない方だ。

 もはや慣れ親しんだフロアボス。目を瞑ってでも倒せそうな雑魚だ。

 


「五〇階層でここまで消耗するのは初めてだな……」


「そうね……。少し休憩を長く取る?」


「……いや」



 マリィの提案を、首を振って却下した。



「俺たちは勇者だ。このダンジョンを踏破した後は、魔王軍と戦うことになる。きっと今よりも過酷な環境に陥るだろう。疲労を抱えながらでも、戦わなければならない時が必ず来る。だからこれは——逆にチャンスなんだ」


「チャンス……?」


「そうだ、マリィ。俺たちはこれまで強すぎたが故に、苦戦なんて強いられたことはなかった。百層のフロアボスだって、時間はかかったが誰も傷を負わずに倒すことができた」



 百階層のボスは、これまで相手にしてきたどんな魔物より凶悪で、恐ろしかった。

 だが、それでも俺たちは勝利した。

 しかも無傷で。



「それは……良いことではないの?」


「ああ、とても良いことだ。だが、魔王軍との戦争はもっと厳しいことになる。何せ、かの勇者アムルタートですら魔王を仕留めきれなかったんだ」


「人魔大戦ね……あの戦いで、両者ともに甚大な被害を被ったと聞いているわ」


「いつかそれと似たような状況になるはず。流石の俺たちでも疲労は抱えてしまうだろう。楽に勝てるとは思えない」


「……なるほどね。だから今のうちに、疲れてる状態で戦うのに慣れよう、ってこと」


「そうだ」



 やっぱりマリィは物分かりがいい。頭もよく聡明だ。そして、俺に相応しい最強の魔術師足り得る。

 マリィの赤毛を指先で堪能しながら、俺はみんなに言った。



「このまま、疲労を抱えた状態で進む。百層まで進んで、そこで休憩しよう」


「へリィンが言うなら、そうなのよ絶対よ」


「……わかった」



 コーカも頷いて、他のメンバーも立ち上がった。

 よし、さすがは俺の見込んだパーティだ。

 アルマという無能がいなくなってから、なんだか気分がいい。



 ずっと霞んでいた視界が広がっていくような、清々しい気分だ。



 先日スカウトした超優秀で美少女な付与魔術師がパーティに加われば、俺の理想とした勇者パーティが完成される。


 

 誰もが俺を羨み、俺を尊敬し、俺を愛す光景が瞼にチラつく。

 俺はこのパーティを率いて、魔王を倒す。

 それが、俺の存在理由レゾンデートルだ。



「みんな、行くぞ!」



 そして、俺たちは五〇階層の最終フロアへ足を踏み入れた。







「な……んで」



 五〇階層のフロアボス、一つ目の巨人サイクロプスを前にして、俺たちは手も足も出なかった。

 疲労を色濃く抱えているとはいえ、あの百戦錬磨の前衛が一瞬で薙ぎ払われ、地を這いつくばっている。

 


「い、癒します!」


「援護するから、みんな今のうちに立って!」



 回復術師の全体回復エリア・ヒールで体の損傷は回復するものの、疲労までは打ち消せない。言うことの聞かない四肢をなんとか奮わせて、立ち上がろうともがく。



「ファイア・ボール!!」



 マリィの炎弾がサイクロプスに直撃し、攻撃を阻害する。

 その間になんとか全員立ち上がり、得物を構えるも……



「「「ぐぅぁぁぁぁぁぁッ!!?」」」


「へリィン!? みんな!?」



 サイクロプスの巨大な脚で薙ぎ払われ、俺たちは壁際まで吹き飛ばされた。



「へリィン!? しっかりして、大丈夫!?」


「だ……だめ、だ……マリィ……逃げる、ぞ……」


「に、逃げる?」


「ああ、あれは……変異種オルタだ」


変異種オルタ!? やっぱりね……道理でおかしいわけよ!」



 変異種オルタとは、稀に現れる強力な個体のことだ。

 ダンジョン内でのみ生まれる変異種オルタは、非常に獰猛で通常時の三倍は強いと聞く。

 


「サイクロプス如きに撤退するのは癪だが……タイミングが悪い。疲労を抱えた状態で、フロアボスの変異種オルタはキツイ……ッ」


「そうね……悔しいけど、撤退しましょう!」



 そして、俺たちはアイテムボックスから帰還石を取り出し、それを割った。

 体が光りに包まれ、数瞬後、俺たちはダンジョンの外に出ていた。

 使い捨ての転移陣が刻まれたこの石は結構高価なのだが……命には代えられない。



「体調を整えて、次こそリベンジだ……ッ!」



 唇を噛み締める。

 初めての敗北に、皆が苦渋を浮かべていた。

 だが、俺はそれと同時に、胸の内で新たな炎が芽吹いていた。



「これを糧にして、俺たちはもっと強くなる……」


「ええ、このままでは終われないんだから……」



 マリィに肩を貸してもらいながら起き上がり、俺たちは落ちていく太陽に向かって歩き始めた。




 ――そして、これがだとは、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。





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