004 修行①

 〝赫炎列聖ダイ・ハード〟、三人目の〝超越せし者エクストラ・ワン〟――数々の伝説を残してきたまさに最強の一角たる漢、ディゼル。



 そんな彼はなんと俺と同じ付与魔術師で、その特性も似ていた。



 たった一種類の魔術しか扱えない——。



 だが、それでも彼は、かの勇者アムルタートと肩を並べて戦える強者ツワモノにまで成り上がった。



 まさに生ける伝説。

 生死不明と噂で聞いていたが、まさかあんなところで、しかも空腹で倒れているとは思いもよらなかった。



 そして、そんな伝説の漢に、弟子入りできるなんて何かの夢だろうか。




「——いいか、小僧。付与魔術は味方にかける術ではない。己のスペックを強化するための魔術だ」


「付与魔術を……自分にかける?」


「そうだ」



 師匠と出会った次の日。再び『剣の迷宮』二〇〇階層にやってきた俺は、師匠の言葉に再度驚愕していた。



「やっぱり付与魔術を自分にかけていたんですね……! でも、それはディゼルさんだからできることであって、俺は体が……」



 自分の体を見る。もやしのように細い四肢に五〇キロにも満たぬ小軀しょうく

 付与魔術の《身体強化フィジカル・バフ》でも相当の負荷が肉体にかかる。ある程度鍛えていないと逆に体を壊してしまうのだ。



 さらに、上位魔術である《剛体強化フィジカル・ハイ》や、最上位たる《天鎧強化フィジカル・ブースト》は尚更、こんな華奢な俺に掛けたらどうなるかわからない。最悪、肉と共に骨が潰れる。


 

 あの勇者パーティの前衛を務めるへリィンですら、《天鎧強化フィジカル・ブースト》に耐えられず瀕死に陥ったのだ。



 なんとか誤魔化して魔物の襲撃ってことにおさまったけれど、正直あの姿をみた後にこの魔術を使おうとは思わず、ずっと封印していた。



 勇者パーティに使用していた魔術はもっぱら《剛体強化フィジカル・ハイ》。

 まあ結局は、誰も信じてはくれなかったが。



「うむ。今の貴様なら確実に死ねる。二重でかけたら即死だな」


「で、ですよね……」


「強化種系統の魔術は本来、ある程度体の鍛えられた前衛職に付与するものだ。後衛の者にはまず不要の産物。ダンジョンを長きにわたって歩いていける程度の体力があれば十分で、強化は不要だと考える輩も多いのは確かだ。しかし――」



 ドサッ、ととんでもない重さのリュックを地面に下ろした師匠。気のせいじゃなければ、地面がへこんでいた。



「――真に漢なら肉体カラダを鍛えろッ!! 後衛職だから華奢でいい? ふざけるなよ博愛主義者がッ!!」



「あ……また服が弾け飛んだ」



 きっとこの人は、食費の次に衣服代がかさんでいるに違いない。



「儂はなあ……『細マッチョ』という言葉の次に『後衛職だから……』みたいな自嘲文句が嫌いでならんッ」


「は、はあ……」


「しかも、己の非力さでマウントを取ってくる輩は殺してしまいたいとすら思っているッ」


「いったい何があったんですか師匠」



「細マッチョがかっこいい? ふざけるなよ、アレはただ単に痩せてるだけだ! 腹筋が割れていたらマッチョか!? 誰だって腹筋は割れてるわッ!!」



「あの、落ち着いてください師匠……っ!」



 荒ぶる鬼神のごとくシャドーボクシングを始めた師匠。相手が誰だかわからないが、一方的に殴っているのは安易に想像できた。



「いいか、小僧。儂と貴様のように特殊な付与魔術師はッ!! 肉体カラダを鍛え、己を付与強化し、前衛でバリバリ暴れるしか生き残る道はないッ」



 それしかないないのだと断言し切った師匠。

 潔く言い切られると、確かにその道しかないと思えてきた。



「付与魔術師は後衛職ではないッ! 前衛職だッ!」


「付与魔術師は後衛職じゃない……前衛職……ッ」



 反芻してみる。確かに、付与魔術師は前衛職なのかもしれない。



 事実、師匠は二〇〇層のフロアボス『バフォメット』を一撃で倒した。あれを見て後衛職だなどと言える人間が、一体どこにいようか。



「まずベースとなる肉体カラダ作りを念頭に、あらゆる場面で立ち回れる格闘技を小僧に叩き込むッ! 心してついてこいッ」


「はいッ!! ……あ、でも付与魔術の鍛錬は……?」


「強化系の究極たる《天鎧強化フィジカル・ブースト》を習得した貴様に、それ以上の鍛錬は必要ないッ!! 必要なのは、それに耐え得る肉体のみよッ」


「は、はいッ!!」




 こうして、ダンジョンの奥底で俺の修行は始まった。



 こうして、ダンジョンの奥底で地獄の修行が始まった。

 


 

「――筋肉の収縮を意識しろッ!! どうだ!? 筋肉が何か言っているか!?」


「ひ……悲鳴を、ミシミシと……悲鳴をあげています……ッ」


「否ッ! 悲鳴ではないッ! それは喜びの喘ぎだッ! 愉悦だッ!! もっと鳴かせてやれッ!!」



 地面に汗で水溜りができるまで腕立て伏せをやらされ、矢継ぎ早に待っていたのは、一時間耐久スクワット。



「ぁぁぁぁぁぁあぁあっぁぁッ!?!?」


「まだたったの百回だろうッ!! 声が出せるうちはまだ大丈夫! まだやれるッ!!」



 そして懸垂五〇回。手を離せば、百メートル下に落下して死ぬので意地でも離せない。



「あああああああああああ無理無理無理ああああああああッ!!?」


「手は絶対に離すな、上がれェッ!! ここで死ンだら、貴様を無能扱いし追放した勇者パーティを後悔させることができないぞッ!!」


「うぎぃぃぃぃッ!!!」




 どんな筋トレよりも、何よりも……一番辛いのは、飯を食うことだった。



 ずらりと並ぶ肉、肉、炭水化物、野菜。

 ざっと一ヶ月分はあるであろうその食事を、一日で食べなければならなかった。




「約三〇万カロリー……儂なら一日三食で食べられる量だ。これでも少なくしたんだぞ」


「……」



 一日五食じゃきかず、俺はその量を十回に分けてようやく食べ切った。吐くことは許されず、無理やり飲み込まされた。




「――よし、睡眠はしっかり摂れよッ!! 十時間寝ろッ!! いいか、休息も筋トレだッ!!」


「……」



 そして、ようやく一日が終わる頃、俺は一言も喋ることができないほどに消耗して、死んだように寝袋の中で眠った。




 そんな日々が続き――三ヶ月が経たった頃、体重が二〇キロも増えた。



「うがあああああああああああああああああああああッ!!?」


「ほれぼれほれほれほれほれッ!!!! 叫ンでないで躱せェッ!!」



 鬼のような筋トレをなんとか午前中までにこなせるようになった俺は、午後から師匠と組手をひたすら行った。



 武術を教えてくれると言っていたものの、「俺から盗んでみろ」と基礎すら教えてもらえず組手が始まった。



 見様見真似で拳を突くことすらかなわず、壁や床を抉る剛力から必死に逃げ惑う。




「クッソォぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


「うりィィエエエエエエエエエエエエぃぃッ!!!!」




 ――半年が経ち、師匠と拳を打ち交わせるようになった時、初めて俺は成長を実感した。


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