第2話
兄からの電話の内容は、お父様がご病気で突然お亡くなりになられたというものでした。
急遽、日本へと帰国。急いで父が待っている自宅へと向かいます。玄関を潜ると、兄と姉が優しくも寂し気な表情で私を迎えてくれたのです。
「久しぶりだね、春香。父上は自室にいるよ。顔を見せてあげてくれ」
「……はい」
綺麗にお化粧を施された父は、本当にただ眠っているように、ベッドの上で仰向けになられていたのです。
「お久しぶりです。お父様。春香は帰ってきましたよ……」
当然、父からの返答はありませんでした。幼くして母を失った私たちが寂しい思いをしないようにと、お忙しいにも関わらず、いつも気にかけてくれましたね。
「本当にありがとう。お父様。あちらでお母様と楽しく過ごせるよう、毎日お祈りします」
静かに涙を流す私に、お兄様はハンカチを差し出してくれました。お姉さまは、私を強く抱きしめると一緒に涙を流されました。
それから、十日ほどが経った頃です。お父様の葬儀も終わり、私は現在一人暮らしを始める新居にて兄姉の3人でお茶をしながら、お話をしていました。
「春香。本当にいいのかい?私たちに気を遣わずに、向こうの大学を卒業しても良かったのに」
「いいんです。冬樹お兄様。それに日本の大学生活にも興味があったのです。こちらで、新しいご学友に出会えることも、本当に楽しみにしているんですよ」
そう、私はアメリカの大学を退学して、日本の大学に編入することにしたのです。
「春香。本当にいいの?こんな慎ましい場所が自宅だなんて。私、心配だわ」
「大丈夫ですわ。夏希お姉さま。お金は人の為に使うと決めたんですもの。私、節約というものをしてみます」
「……そうか。春香が決めたのなら私はもう何も言わないよ。でもね、辛くなったらいつでも私のところを訪ねておいで」
「ありがとう御座います。お兄様。でも、大丈夫です。こんな犬小屋くらいの大きさしかない家ですが、私一人だけなら十分な大きさですから」
ぐすっ。瞼から滲み出た涙をハンカチでふき取ると、冬樹お兄様は私の両肩に手を置くと涙声で仰りました。
「お、お前はなんて慎ましやかな子なんだ。でも、やはり心配なんだよ。お前はしっかりしているとはいえ、六本木などという下品な街でSPもつけないなんて。部屋も3ldkしかないのだろう?セキュリティーもたった4段構えというではないか……まあ、家賃が150万程度ではそれが限界なのだろうが」
「お兄様。私が聞き及んだところでは、150万円の家賃というのは庶民の間では少し高い部類に入るそうですよ」
お兄様は帝王学を幼少の頃より教え込まれた身だと聞き及んでいます。金銭感覚が少々おかしいのは仕方のないことかもしれません。
「庶民は庶民。うちはうちだ。お前にもしもの事があったら、国にとっても一大事だ。……あ、そうだ。大切なことを忘れていた。春香、これは、父上からお前宛への遺書だ」
「お父様が私に?」
「ああ。父上は若しかしたら死期を悟っていたのかもしれないな……勿論、内容は見ていないよ。我々も、そろそろお暇するから、ゆっくり見るといい」
差し出された封書には、お父様の字で“春香へ”と毛筆で書かれていました。
「ありがとう御座います。確かに頂きました」
「ああ。それではこれで。行こうか、夏希」
「はい。春香、本当にいつでも頼ってね。たまには遊びに来なさいよ」
「はい。近いうちに必ずお伺い致します」
お2人を見送った私は、その封書を空けると、その一文字一文字を噛み締めるように大切に読みました。
「……これが、お父様が私に望んでいることなんですね。分かりました、お父様。必ずご期待に添える様な生き方をしてみせます」
久しぶりにみた、父の直筆の文字。それを胸に抱えながら、私は静かに目を閉じました。幼少の頃の家族との記憶。それは、何よりも大切な思い出。
少しだけしんみりとした私でしたが、お父様たってのお望みです。全力で取り組む必要がありますね。
「よし!まずは、外に出てみましょう。何かヒントを得られるかもしれないですしね」
こうして、私は何処に行くのか頭を悩ませるのでした。
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