財閥令嬢・阿部野宮春香は美男達を魅了する
ヒモートワーカーズ
第1話
ここは、ニューヨークにあるステーキ専門店のレストラン
現在、私の前にはジューッと良い音をたてながら、サーロインステーキが置かれています。
「うーん。たまには、こういったお料理も良いですね」
「春香様。ワインは何になさいますか?」
スタッフであるソムリエの方は、メニュー表を開きながら腰を折るとそう尋ねました。
「うーん、そうですね。久しぶりにMAYAを頂きたいです」
「かしこまりました」
ワインセラーから持ってきたワインのラベルを私に見せた後、慣れた手つきでワインを抜栓してくれます。そして、トポトポトポ、と音を立てて大きな丸みを帯びたグラスにワインが注がれました。
「どうぞ、ご確認下さい」
状態が悪くないかを確認するため、私はワインをゆっくりと口に含むと、その液体をコロコロと舌で転がすようにして味わいました。その時、鼻孔へと突き抜けた芳醇な香りは、ブドウの持つ果実感と樽由来のヴァニラの甘い香り。そして、真っ赤な薔薇が咲き乱れる庭園を想起させました。飲み心地は非常に穏やかで、ベルベットの様に柔らかく喉を撫でるかの様です。味わいは、煮詰めた上質なバルサミコを思わせ、今から食べるお肉との相性の良さを物語っていました。
「ありがとう御座います。とても、美味しいですよ。ただ、少しだけ固いですかね」
「かしこまりました。それでは、残りはデカンタの方に移させて頂きます」
「はい。お願いします。それでは……冷めないうちにこちらを頂きましょうか」
未だに、ジューッといい音と奏でるステーキ。焼き加減はレアで注文をしましたが、鉄板の上で自分好みに焼けるのが良いですよね。
「では」
ナイフを入れると、すうっと溶ける様に切れました。殆ど力を入れていないことが、このお肉の柔らかさを教えてくれました。断面は綺麗なピンク色です。うん、これ位が良いですね。
少し大きめにカットしたお肉。本来の味を楽しむために、少しだけお塩を付けて頂く事にしました。
「ふっーふぅー」
猫舌の私は少しだけその熱を冷ますと、一気にお肉を頬張りました。口の中では、一杯に旨味たっぷりの脂が広がりました。噛むほどに旨味が広がり、お塩のしょっぱさがその旨味を一層引き立ててくれます。
今度は、お肉と赤ワインを合わせました。バルサミコを思わせる味わいのワインと、ステーキはまさにベストマッチですね。ワインによって味わいが高まると同時に、余計な油を流し込んでくれるので、これはいくらでも食べれてしまいそうです。
そのまま、ぱくぱくと食べ進めお店を出たところで、男性に声を掛けられました。
「お待ちしておりました、お嬢様。どうぞ車にお乗りください」
「お迎えありがとう」
彼は、私の護衛を担当して下さっている方です。
車を走らせて直ぐに、満腹感とアルコールによる眠気に誘われ、ふわーとした感覚になってしまいました。
「お嬢様。ご自宅に着いたらお声がけさせて頂きますので、どうぞお休みになって下さい」
「そうですか?では、お言葉に甘えて」
車内での不規則な揺れも相まって、私は静かに眠りにつくのでした。
……どれくらい時間が経ったのかは分かりませんが、分かっている事は一つだけ。これが夢の中という事。この夢を見るのは久しぶりですね。
アメリカ・デトロイト州の、とある路地裏
「金をよこせ」
幼い私に、ナイフを片手に息巻く端正な顔立ちの少年。その目に光はありませんでした。
「どうしてこんなことを‥‥‥お金が必要なのですか?」
「そうだよ、殺されたくなかったら、あり金全部よこしな!クソビッチ」
「あら。レディにそんな言葉づかいはよくないですよ」
「うるせぇうるせぇ、何がレディだ!!高そうな服きて、お高く纏いやがって!お前らみたくなやつらが、俺達貧乏人から金を巻き上げてるんだろうが!そのせいで、俺の母さんは、、母さんは病気になっても‥‥‥薬も買えやしねぇ」
刃物をもつ少年の手は震えていました。
「お母さまを助けたいんですね‥‥‥」
「お前らはいいよな、毎日良いもん食って、病気になりゃすぐに医者が駆けつけてくれる」
「‥‥‥」
「俺だって‥‥‥俺だって好きでこんな事をしたいんじゃない」
「そうですか。‥‥‥それでは1つ約束をして下さい、もうこういうことはしないと」
「何を言って?」
「約束して頂けるならこれを差しあげます‥‥‥売れば纏まったお金になると思います」
首にぶら下げていた大粒のダイヤリングを私は少年に差し出しました。
「お前、何を?」
「あなたと、お母様にご加護があらんことを」
そうして、私は立ち去ろうとしました。
「ちょっと待て!」
「はい?」
「いつか、必ず返しに行く!俺は、いつか死ぬほど偉くなって!そしたらお前のことを‥‥‥」
プルルルルプルルルル!
突然、社内に鳴り響いた着信音で目を覚ましました。ディスプレイに表示されているのはお兄様の名前。何か、あったのでしょうか?虫の知らせとでもいうのでしょうか?何となくですが、不安な気持ちに駆られつつも私は、その電話に出ました。
「はい、もしもし。嘘‥‥‥お父様が」
人生の転機というものは、何の前触れもなく訪れる。
この日、私はそれを強く思い知る事になるのでした。
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