第3話
あれから何処に行こうかと悩んだ結果、最も多くの方々がいらっしゃるであろう、新宿に行くことにしました。というわけで、何となくハイヤーを出して頂き来てはみましたが……さて、どこに行けばいいのでしょう?恥ずかしながら、今まで一人での外出を極端に制限されていたので、土地勘などは当然ありません。
「新宿でも御苑前ならいった事があるのですが」
行く当てもなく、ふらふらと人込みを避けるように歩いていると、美味しそうな香りに誘われて小さな露店に辿り着きました。
「ケバブ屋さんですか?良いですね」
衛生的ではないと両親に止められていたこともあり、こういった食事に興味があったのです。そういえば、まだ今日は何も食べていなかったことを思い出した途端、突然空腹感に襲われたのです。いそいそと、お店の方に近づくとお声を掛けました。
「すみません。この、牛のケバブを一つ頂きたいのですが?」
「はいよー。アリガトウネ」
どちらの国の方でしょうか?癖のある日本語で接客をしてくださいました。軽快な手捌きで、吊るされた大きなブロック状のお肉を、刃物で削ぎ落し始めました。
「600円ですよー」
「ではカードで」
「カード?ダメよ。お金オンリーね。カードは手数料取られるから嫌いよ。カード使いたかったら沢山買うのが基本よ」
「あら、そうなんですか」
参りましたね。現金は基本的に持ち歩くことは無かったので、カードを使えないお店もあるのですか。これも社会勉強ですね。
「そうですか。残念ですが、またの機会に致します」
くるりと踵を返した時です。お店の方をジーッと見つめる視線に気が付きました。小学生くらいの男の子です。クリッとした愛くるしい瞳と、サラサラの髪の毛が特徴的でした。その子は、自分の財布をひっくり返して掌に載せると、お金を数え始めました。しかし、一通り数えたところで残念そうにため息を吐きました。
「こんにちは。ケバブが食べたいんですか?」
「うん……でも、お金が足りないし。お腹空いているのに」
「お昼ご飯を食べていないんですか?」
「お父さんもお母さんも家にいないし。家、貧乏だから」
「そう‥‥‥ですか」
流石の私でも、そこまで世間知らずではありません。世界には飢餓で苦しんでいる人たちが沢山いる事は分かっています。それでも、この日本という豊かな国で小さな子供が食べるのに困っているという現実を目の当たりにすると、物言えぬ感情がふつふつと湧き出てきました。いえ、ここに来るまでにも、恐らく住むところも無い人他たちを何人も見てきました。
現に今だって……
くるり。と再び踵を返した私は、再びケバブ屋の店員さんに声を掛けます。
「このお店にある商品、全て頂いても宜しいですか?」
「ウン?ン。オネーサンなんてイイマシタカ?」
「ですから、このお店の商品を全て買わせて下さい。それならカードでも大丈夫ですよね?」
目をパチパチとさせて、私とお肉を交互に見る店員さん。
「エエット、オカイアゲありがとう御座います。あら、お姉さんのカードは真っ黒ね。メズラシイね。ひゃ、百五十万円になりまよ。本当にイイノ?」
「ええ、問題ありません。それではお手数おかけしますが、早速どんどんケバブを作って頂けますか?」
驚いた表情でコクコクと頷くと、凄い勢いでお肉を削ぎ落し始める店員さん。先に2つだけ頂くと、片方を少年に手渡しました。
「どうぞ。お姉さんからのプレゼントです」
「え、でも。お母さんから、知らない人から物は貰うなって」
「それもそうですね。では、改めまして。私は阿部野宮春香です。貴方のお名前は?」
「武田次郎……」
「次郎君ですか。それでは、これでお友達ですね。改めてどうぞ」
差し出した私の手から、ゆっくりと受け取ると、それを一口恐る恐る口へと運びます。それでは、私も頂きましょうか。
ハムッ。
「うん。美味しいですね」
笑顔でそう問いかけた私に、次郎君も少しだけ顔を赤くしてコクコクと頷いています。お口に合った様で何よりです。さて、お腹が膨らみましたしね。
「それでは次郎君。お姉さんからお願いがあるのですが、頼まれてもらえませんか?」
「お願い?良いけど、何をすればいいの」
私は、ニコニコとした笑みを浮かべながら、少し照れている次郎君のお顔を覗き込むのでした。
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