第42話 将来の事


「もうちょっと爆発の威力を調整できないとさ、自分が死ぬんじゃないのか」


「いや、切り札なんだから、このくらい派手じゃないとつまらない。復活の指輪、取り込みの指輪、爆発の指輪ときたから、最後は屈折の指輪なんてどうだろう」


 新しい能力だという爆発の指輪によってできたキノコ雲を見上げながらそんな話をする。

 アルバートは、戦いに必要なものを見極める能力に問題があるように思える。

 大きな力で吹き飛ばしてしまえという対処法は、すくなくとも最初に考える手段ではない。


「屈折の指輪ってのは」


「光を操る魔法を応用して、幻覚を作り出すのさ。幻覚でなくとも光の向きに干渉できるだけでも強いと思うんだ。レオンが戦った魔族の召喚獣を参考にしてるんだぜ」


「そんなのに応用できそうな魔法があったかな。それにモンスターや魔族は、光だけに頼ってるわけじゃないぜ」


「モンスターくらいなら他の魔法でなんとかするさ。一番怖いのは人間だよ。それよりも、農業をする話は考えてくれたか」


 農業には、土を耕し、肥料を撒き、実った麦を刈り取る召喚獣が必要になる。

 そこまでは特に難しくもないだろうが、最後に刈り取ったものを吸い込んで脱穀までできる召喚獣は簡単には見つからない。

 親父の使っているパンデモニウム以外では、それができる召喚獣などいないだろうと思われる。


 しかし、アルバートなら機械によって、それを代替可能だという話である。

 そういった機械を作ることができれば、動力だけ召喚の力に頼ればいい。

 アルバートは仕事柄、そういった機械の仕組みに詳しかった。

 だから十分に可能性のある話である。


 どうしてアルバートが急にそんな話をし始めたかと言えば、モンスターを狩って金を稼ぐのに限界を感じたからである。

 モンスターの肉では運搬も大変だし、人気の部位だとしてもたかが知れた額にしかならないというのがある。

 魔道具作りの職人や商人になるのでは、アルバートにはあまりアドバンテージがない。

 そこで機械の知識を生かして、おれと一緒に農業をしようと言い出したのである。


「だけど、モンスターを二十四時間狩り続けることのできる召喚獣も必要だし、開墾もしなきゃならないだろ。それに土地の問題もある。いろいろと問題が山積みだぞ」


「まあな。だけど麦なら、それほど水を必要としないから土地も選ばないし、畑作りも本格的にやらなくたって、最初は焼き畑くらいでも十分に収穫できるはずだ。国力に直結するから、お前が土地をくれって言えば、王様だって嫌とは言わないはずだぜ」


「収穫は機械で代替するにしても、モンスターを駆除する召喚獣だけはどうしても必要だぞ。索敵能力もあって、機動力もあるやつだ。それに、なによりダメージを受けずに敵を倒せる強さも必須なんだ。そんな召喚獣が簡単に見つかるかな。この国は街道のモンスターを駆除するだけでも、国中のハンターや傭兵たちが総出でやっとなんとかやってるくらいだ」


「ふむ、確かにモンスターが強すぎれば不可能か。その辺りは調査する必要があるな」


 ハーレム作りのためとあらば、無限に湧き出てくるこいつのバイタリティがうらやましい。

 結局、アルバートの元に残った女の子は3人である。

 ほかは自立したり、結婚先を見つけたりしてアルバートのもとを去った。

 大旦那からせしめた財宝を売ったお金もあったので、店を持って自立した子たちもいる。


 そしてハーレムのために大きな家を借りたはいいが、エイミーにまでギルドに卸すポーション作りの内職をさせて、なんとか生活を維持しているのが、今のアルバートたちの現状である。

 この無計画な人間と一緒に何かを始めて大丈夫なのかと心配になってくる。

 弟子を募集していた薬師と、大旦那から奪った元手のおかげでなんとかうまくいっているだけだ。


「調査って、王都から離れるつもりなのか。なら、使える前衛を育ててからにした方がいいな。無計画に魔法をぶっ放して、魔力の尽きたお前を担いで走れるくらいのやつが必要だぞ」


「それに足の速いケルンと魔法の鞄が欲しいな。お前のケルンを繁殖のために貸してくれないか」


「卵なら家で生まれた奴を持っていってもいいけど、お前の魔力量じゃ育てられないだろ」


「そうか。それじゃケルンはレオンが育てくれ。良さそうな奴が生まれたら取りに行くよ」


「簡単に言ってくれるな。卵に魔力を与えられるのは一度に一個が限界だし、あれをやると他の修行ができなくなるんだぞ」


「だったら、しばらくは両親の希望通り、女の扱いでも練習していればいいじゃないか。お前は働く必要もないんだし、退廃的な生活を楽しめよ」


 一方的なことを言って、アルバートは安っぽい黒ずんだケルンに跨ると、オーク狩りに行くと言って森に向かってしまった。

 馬車もないからオークの死体を引きずって運ぶので、奴が売る肉は量が多くとも価格は安い。

 それにしても、おれにケルンの育成を頼んでくる貴族はいくらでもいるというのに、気安く言ってくれるものである。


 おれに、いったい何羽育てさせる気でいるんだろうか。

 おれはため息をつきながら家に帰り、よさげな卵を一つ見繕って家に入った。

 この卵は王都で一番早いというメスのケルンとシロの間に生まれた子供である。

 卵だけでもすごい値段で売れるのだが、その中から一番いいのを見繕った。


 それからは地方の領主からモンスターの氾濫討伐を頼まれたり、ケルンを育てたりしながら大人しく過ごしていた。

 おれが大人しくしていると親父は小遣いをはずんでくれるので、オークションなどに顔を出すのは忘れていない。

 しかし、おれたちに必要な召喚獣の契約書はそうそう簡単に見つからなかった。


 この頃にはアガサ商会から火薬を使った武器が次々と出てきて、手りゅう弾のようなものが出回るようにもなった。

 モンスターの巣穴に使うと一網打尽にできると評判は上々である。

 王都で隠居生活を始めたヒョードル先生に、ことあるごとに連れらて行かれて、奴隷商とも懇意になってしまった。


 そんなこんなで王都での生活にも慣れ始め、剣と魔法の訓練にも身が入らないような期間が続いた。

 おれにそんな生活を無理強いしておいて、アルバートは魔法の教本を執筆してそこそこの稼ぎを得たらしい。

 読ませてもらったが、科学を知らない者でもわかるように上手く説明していた。


 仕組みを理解すれば、魔法の習得にかかる時間は劇的に短くなる。

 しかし一冊の本で説明できるのは、燃焼の仕組みとかの狭い範囲だけだ。

 ケルンが4匹出来上がったら、鬼人族の女性を一人増やしたハーレム4人とともに、アルバートは農地を探すための調査に旅立ってしまった。

 最初は古い遺跡が多いという大森林を目指すようで、調査の方は二の次ぎのように見えた。


 大森林はエレニア王国が領有権を主張しているが、そこの領主は税の支払いを拒否している土地だ。

 ボンとの国境の上半分くらいに広がった森林地帯で、砦のような山の上にしか人の住む所がないというほどモンスターが多い危険地帯だった。

 おれはアランが使っていた槍が便利そうだったので、鍛冶屋に作ってもらい独学で振り回し始めた。


 親父との手紙のやり取りで、おれは騎士学院と魔法大学の両方に行きたい旨を伝えた。

 騎士学院では戦術や魔法戦術の授業が受けたいし、魔法学院では一般に出回っていない魔法知識を身につけたいと思っている。

 親父からの返信では、それを許可する旨と、お前ならどちらも無事卒業できるであろうと確信しているとのことが書かれていた。


 そして一番下の姉に結婚相手が決まったところで、おれの結婚相手もついでのごとくに両親から告げられてしまった。

 相手は8歳のお披露目会で会ったことのある、あの可愛い女の子である。

 今もかわいいかはわからないが、あの子ならさぞかし美人になっていることだろう。

 おれと同い年で、来年の春から魔法大学に通うそうだ。


 これから二年間は同級生として過ごし、その後で結婚という事になる。

 ほっとしたような、なんともふわふわしたような心地がした。

 そして将来のことも、すこしだけ心配になってきた。

 アルバートと農業をする話も、本気で考えてみた方がいいかもしれない。


 子爵とはいえ、おれは領地も持たない一代貴族である。

 迷宮探索や冒険者としてやっていくとなると、途中でおれが死んだりしたら、周りの人間を路頭に迷わせてしまうことになる。

 家族を持つとなると、どうにも色々と心配事が無くならなくなった。

 家族だけでなく、所有する奴隷の心配まであるのだ。


 王都にあるバウリスターが所有する商会でも引き継ぐという手もあるが、楽しいイメージはなく、考えてみてもあまり乗り気になれなかった。

 やはりアルバートと農業でもやるのが一番楽しそうである。

 しかし、召喚魔法の契約書だけがどうしても見つからなかった。


「あら、レオン様ったら物思いにふけっていらっしゃるわ」


「本当に絵になるわね。あっ、こちらを見たわ。聞こえたかしら」


 アニーとエリーが仕事をさぼって何やら話している。

 ここで二人の方に行ってしまえば、身を持ち崩すだけだ。

 おれは鋼の意思でもってして二人を思考から離し、将来設計について考えた。

 もうちょっと独身で自由に生きられると思っていたから、急に現実を突きつけられたような気分である。

 あれもよくない、これもよくない、と所帯じみて来た自分の思考が嫌になる。


 やはりアルバートと二人で楽しく農業でもするのが一番良さそうだった。

 この時期のおれの頭にあったのはそんなことばかりだったように思う。

 そんなこんなで入学試験の当日を迎え、何の準備もしていなかったが、一番手こずりそうだった距離の適性を計る試験すら魔弾で簡単にクリアした。

 30メートルくらい先に立てられた木の看板のようなものを破壊しろと言われて、魔弾で真っ二つに割ってみせた。


 ほかの受検者たちは魔法の槍を投げたり、炎を飛ばしたりと苦労しながらも木の板を壊せたのは4人くらいである。

 距離の適性をみる試験をクリアしてしまえば、ほかの試験はおれにとってなんの問題もなかった。

 騎士学院の試験も弓以外は問題なく、最終的には合格できた。


 そして騎士学院の入学式を迎え、次いで行われた魔法大学の入学式で、許嫁である女性との再会を果たしたのである。

 すぐに大学一の美女と呼ばれるようになったセシリア・エインズは、北西の港町領主の娘だった。

 その美しさには、おれですら衝撃を受けたほどだ。


 14歳で許嫁に会うというのは誰にとっても緊張するものらしく、初めて再会した時はセシリアも緊張で顔が強張っていた。

 しかしながら、問題のある人間ではないとわかれば、廊下ですれ違った時に挨拶するくらいの関係になるのは早かった。

 しかしそれだけである。


 向こうは学習院だし、受けている授業が違うので、廊下ですれ違う時の挨拶くらいしか接点はない。

 そして恐れていたロレッタの授業である。

 おれだけ最初に走ってろと告げられて、時間いっぱい走らされ、その後は魔法以外使うことを禁じられたうえでロレッタとの模擬戦までやらされた。


「あの先生はレオン様と同じ師匠のもとで修行していたのよね」


「そうだ」


「レオン様につらく当たるのは、きっと恋心を隠すためなのよ」


「馬鹿も休み休み言ってくれ」


「私もそう思うわ! 女だからわかるのよ」


「そうかなあ。いくらなんでも厳しすぎなかったかな。レオンは頭に雷まで落とされていたよ」


 おれの周りでそんな馬鹿な話をしているのは、同級生の三人だ。

 女の方はどちらも警備の衛兵志望で、男の方は元老院を務める高位貴族の次男坊で近衛騎士を志望している。

 庶民出身の女二人はすでに結婚していて、ハンターとして生計を立てながら学院に通っていた。


 最近では騎士学院の近くにある小さな迷宮に通って金を稼いでいるらしい。

 元老院家の坊ちゃんは、とりあえず学院に通いながら騎士にでもなろうかという感じだった。

 おれに口利きを頼んできたが、入学試験を見た限り、クリフの腕と家柄があれば、近衛に入れないという事はないだろう。


「でもさ、指導教員に負けたって噂が立つ方がヤバいんじゃないのかな。名を上げるために決闘を申し込んでくる奴がいないとも限らないよ。バウリスターに勝ったなんて自慢になるじゃないか」


 そう言ったのは、お坊ちゃんのクリフだ。

 手加減してあげたのですね、なんて言ってくれたのはエステル先生くらいのもので、みんなおれが負けたと認識している。

 おれは召喚魔法すら使わせてもらえなかったのに、どうしてそうなるのかわからない。

 あれはおれをいびるためだけに仕組まれたような戦いだ。

 それでも、噂はかなり広まっている。


 しかし、そんなことはおれにとってどうでもいい。

 ロレッタも結構いろいろと考えたんだなとしか思わなかった。

 苦手な一般魔法しか使わせず倒せば、魔法の名家出身のおれにとっては不名誉な噂を広められるのだ。

 なかなか手の込んだ嫌がらせである。

 触手にとらわれた女騎士ごっこは、かなりの怒りを買っていたようだ。


「本当に挑んでくる奴がいるなら楽しみだよ」


 そう言って、おれは雑談から意識を離した。

 騎士学院と魔法大学は隣り合っているので、おれはあのセシリアの許嫁と噂され、騎士学院でも一目置かれる存在となった。

 彼女の美貌と優雅なしぐさは、それだけ見るものの心を奪うらしい。


 学院や大学に入学するくらいの歳で結婚するのが一般的だから、誰々に婚約者がいるとかいう話は、周りの人たちにとっても重要なのである。

 クリフですらセシリアをひどく羨ましがっていたくらいだ。

 流石は公爵家だ、同じ次男坊なのにバウリスターはあつかいが違うと、ひどく嘆いてもいた。


 自分の婚約者だってそれなりにかわいいと言っていたのに、わざわざ大学まで出向いてセシリアを目にしたとたんにそんなことを言い出した。

 そんなことを考えながら、聞き飽きたような話をしている授業に意識を戻す。

 いくつかの授業はほとんど出る意味が無い。


 卒業するのに何が必要なのか知らないが、貴族の特権を振りかざしてでも、早々に意味のない授業はサボれる算段をつけてしまおうと決意する。

 結婚している女二人は18歳で、すでにハンターとしてそれなりに実績も残していた。

 あとでおれも迷宮に連れて行ってもらおうか。

 ついでにクリフも連れて行こう。


 在学中にしなければならないことは多いのだ。

 ドラゴンを倒すための力をつけ、強い召喚獣を手に入れ、アルバートと農業をする手はずを整えなければならない。

 そんなことを考えながら、けだるい午後の時間を過ごした。



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ここまでで第一部完となります。

第二部の予定は今のところありません。

お付き合いくださり、ありがとうございました。

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転生したら召喚魔法のエリート家系だった 塔ノ沢 渓一 @nakanaka1127

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