第41話 転機


「もう少しで、おれの方が死ぬところだった」


「あんな状態で魔法を使わせて悪かったな。おかげで助かったよ。まさか神聖魔法まで使えるとは。いくら公爵家と言えど、普通はそんな危ないものには手を出さない」


 ジョエルはケルンにもたれかかり、そのケルンの手綱はアランが引っ張っている。

 おれはエステル先生に抱きかかえられるようにして、なんとかシロの上に乗っていた。

 なんども後方と上空を確認しながら、おれたちは森の中を進んでいる。

 今はエレニア王国に向かって、ロアの森の中を進んでいるところだ。


 おれは気が動転して気が付かなかったが、あの魔族の大群がいたキャンプ地の沖には、確かに島のように大きな海竜がいたそうだ。

 そのネッシーのようなそれを見つけることで、今回の目的は果たしているので、役目を果たしたおれたちは帰還する最中だ。

 おれを襲った魔族と同属の個体は見つけられなかったが、上位の魔族はそれだけ個体数も少ないので最初から期待薄だった。


「よくあの状況を一人で片付けられたよなあ。まさかバウリスターってのが、そこまでのバケモンだとは思わなかったぜ」


 先頭で槍を振り回していたアランが振り返って言った。

 あれは召喚獣の体の中に入り込んで時間稼ぎをしただけだ。

 だけど持てる魔力すべて使っても、時間稼ぎすら危うかった。

 ただの偵察任務だったというのに大惨事だ。

 それでも2割くらいは戦力を削れたのではないかと思う。


 気楽に話しているが、今だって魔族の追跡に見つかれば、今度こそ全員そろってあの世行きだ。

 一晩寝てもほとんど魔力が回復していない中で、襲い来るモンスターの群れを切り開きながら進んでいる。

 アランはもう弓が折れて、ジョエルが持っていた短弓を使っている。


 魔法を使えば、その魔力の動きを感知されるかもしれないので、強化魔法以外は使うことができない。

 いまだ元気よく先頭で槍を振り回しているアランだけが頼りだった。

 そのアランも寝ずの番をして、一晩中ジョエルの血の匂いに集まってくるモンスターを音も立てずに倒し続けたあとなのだ。


 もはや、まだ生きているのが奇跡に感じられるくらいの状況だった。

 アランが持っている槍も相当に大きなもので、あんなものを振り回しているのだから魔力が尽きるのも速そうだ。

 青龍刀の切れ味と、槍のリーチを持つ武器で、雑魚を倒すのだけは本当に速い。

 なんとかヘルネ王国との国境までたどり着ければ、そこからはモンスターも減るだろうから一瞬でエレニアまで戻ることができるだろう。


 途中からアランと交代して、群がりくるモンスターの相手をしていたら、後方から物音が迫ってきて、おれたちの間に緊張感が走る。

 おれたちの前に回り込んできたのは、8本足にクモのような胴体と、形だけは人間のような上半身を持つアラクネに似た魔族だった。

 おれが問答無用で剣を振ると、木の幹を蹴って上に逃れられた。


 蜘蛛の巣のような糸を放ってきて、絡め取られると体から魔力が抜けていくのを感じる。

 ケケケケケと、きみの悪い笑い声を発しているのを、追いかける気にもなれずに見上げていたら、エステル先生が魔法で蜘蛛の巣を焼いてくれた。

 魔力が十分にあるなら、このくらいの炎など大した熱さも感じないが、こんな状態だと命の危険すら感じてしまう。


「仕方ありません。私が相手をしましょう。ここでレオンたちの魔力が無くなれば先はありません。私が魔法を使います」


 8本足による機動力は大したもので、最初の跳ね上がるスピードはおれですら目で追うこともできないほどのスピードだった。

 昆虫というのは、そのまま大きくなれば人間の反応できる速度ではないという、もとの世界で読んだ図鑑のコラムを思い出した。

 この機動力相手に魔法など通用しないだろう。


 先読みで攻撃しなければ剣の攻撃すらかすりもしない。

 最初から心眼を使っておけばよかった。


「レオン、もう一度魔法で攻撃してください。地面におろしてくれたらあとはなんとかします」


 真槍では音がするので、おれは氷刃の魔法を放った。

 宙に浮かべた氷の刃を、心眼を使ってなるべく相手の動きを先読みしながら飛ばす。

 一発だけ当てたが、おれの魔法ではさすがに魔族相手に効くわけがない。

 それでも距離を開けるように後ろに飛んだので、エステル先生が地面に召喚した沼地に落ちる。


 蹴る地面が無くなれば、いくら足が8本あろうとも動けなくなるようだった。

 そこを消滅の剣で突き刺して、完全に絶命したのを確認してからその場を去った。

 そこからはもうモンスターを相手せずに、ひたすら全力で駆けてヘルネ王国の国境を越えた。


 ヘルネ王国の地方都市で二泊して、体調を戻してからなんとかエレニア王国まで戻ってきた。

 おれは家に帰るなり体調不良で二日間ほど寝込んだ。

 報告を終えたエステル先生は、おれが勝手について行っただけなのに、危険なところに連れて行ってしまったと後悔しているようだった。


 そもそも偵察任務で、魔族の軍団とあの距離で鉢合わせるなんて誰にも予想できないことだから仕方ない。

 しかもタートルドラゴンを召喚したのは将軍クラスだったはずだ。

 あれは伝説級の召喚獣であるとジョエルが言っていたので、出くわしたのは魔族の精鋭である。

 しかし、あれを召喚した個体は倒せていないというのが恐ろしい。


 それから一月ほどが過ぎたある日、おれにある転機が訪れる。



 朝日に透ける金髪が、まるで輝きを発しているようだった。

 白い肌に、胸を隠すしぐさがとてもかわいらしく見えた。


「おはようございます、レオン」


 今、おれの前で肌を晒しているのはエステル先生である。

 どうしてこうなったかと言えば、話せば長くなる理由があった。

 今回の調査任務で多大な功績があったとして、王城に呼び出されて王様から褒賞を賜ったのである。

 そして今回は魔術師爵を与えられ、前回の騎士爵と合わせて、おれは子爵の身分となった。


 調査任務という、本来なら宮廷魔術師が受けるような任務であげた功績という事で、魔術師爵が選ばれたのだと思う。

 本来なら喜ばしいことであるが、戦争中のロアに行って魔族を倒したことが親父にバレてしまった。

 そして姉上の結婚式で王都にやってきた両親に、こっぴどく叱られた。


 いいかげん落ち着くように言われ、そんなことでは一人前になれないぞと脅され、アニーとエリーを相手に、女の扱いを練習するようにとまで言いつけられる。

 親にそんなことを言われるというのは、なんとも言えない気持ちになった。

 しかし軽く考えていたおれは、もう一度ロアに行ってリベンジしようかなんてことを算段していたのだ。


 次はアルバートでも連れて行こうかと、あいつの訓練に付き合ったりもしていた。

 それでアニーとエリーに手を出さなかったために性的不能を疑われ、あろうことか両親はエステル先生を、おれの寝床に差し向けたのである。

 おれはメイドたちによって、そんなシモの事情まですべてを報告されている身の上なのだ。


 いくら常識の違う世界とは言え、ここまでくると閉口するしかない。

 さすがにエステル先生から誘惑されては、この若い体の欲望に流されてしまうことになった。

 というか、エステル先生はどうしてそんな頼みを受け入れたのか謎である。


「いいですか、レオン。私を愛人にしようなんて考えてはいけませんよ。ましてや妾にしようなんて論外ですからね。星の民は長寿の種族ですから、人間のように結婚したりしないのですよ。長い人生の中で子育てするのはほんの一瞬ですからね。それに異性に対する欲望だって、人間に比べたらとても少ないのですよ。ですから、人間の常識に当てはめて、それを押し付けるのはやめてくださいね」


「なにも先生が、そこまでする必要は……」


「私だって女なんですから、優秀なオスがいれば相手をするのはやぶさかではありません。ちょっと優秀過ぎて怖いくらいでしたけど、昨日の夜のレオンはとてもかわいかったですね。将来結婚する人のためにも、これからはちゃんと練習しなければいけませんよ」


 可愛い顔でそんなことを言われて、おれはもう何が正解かもわからなくなってくる。


「…………」


「あっ、ちょっと、ダメですよ」


 その後で、ベッドの上でエステル先生を見送ったら、シーズが廊下から顔を出してこちらの様子をうかがっているのに気が付いた。

 もうどうでもいいやとなって、ついでにシーズの相手もしてやるかと手招きしたら、もっとちゃんと雰囲気を作ってくれなきゃ嫌です、とかなんとか言われて逃げられてしまった。

 相変わらず中身は乙女で、めんどくさいところがある。


 そのあとは午前中をぼーっとして過ごし、午後からは例の帳簿整理などで過ごした。

 魔族へのリベンジも挑みたいが、さすがに相手の戦力を分断する算段もなしに突っ込めば今度こそ死ぬことになる。

 そして、その算段が浮かんでこないうちに、ロアでの戦争が終結してしまった。


 かなり戦力を失った魔族が引き上げてしまったのである。

 それきり五年近く続いた戦争も終わったらしかった。

 それからもエステル先生は今まで通り家庭教師を続けてくれているのだが、おれの方がどうにも意識してしまう。

 エステル先生は忙しいので、授業以外ではなかなか会うことができない。


 だから生殺しすぎて、アニーとエリーに手を出すことになった。


「あらやだ、レオン様ったらまたエリーのお尻に見惚れているわ。きっとまた押し倒されちゃうわね」


「キャアッ、どうしましょう。昨日もあんなにお相手した後なのに、体が壊れてしまうわ」


「若いうちはそういうものなのよ。そのうちレオン様も床上手になられて、メロメロにされてしまう日も近いかもしれないわね」


「そうなのかしら。楽しみね」


 別に二人の面倒を見るくらい、もはや負担でもなくなったし、二人とも幸せそうにしているから難しく考えるのが馬鹿らしくなったのもある。

 どんどんこちらの貴族の常識に染まっていってるのがわかるが、それも仕方のないことだ。

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