第40話 魔族の軍団


 海岸線にある小さな村は、すでに住民が避難して物資も荒らされつくした後だった。

 海岸線に出て二日目には、大きな都市がボロボロの城壁を晒して、なんとか形を保っているようなありさまなのを見つけた。

 そこから先は白骨死体がバラバラと点在しており、一ヶ所で苦悶の表情を浮かべて死んでいる新しい死体も発見した。


 そこからは森に入って慎重に進む。

 視界も悪くなるし鳥の声や風に揺れる木々のこすれる音で、どうも索敵がやりづらい。

 森に入ってすぐ、いきなり一体の魔族に出くわした。

 腕が六本も生えた昆虫のようななりの魔族だった。


 アランが問答無用で弓を放ち、ジョエルが氷槍の魔法を放った。

 弓は弾かれ、氷槍は砕け散る。

 それでも冷気がまとわりつくが、体表が白く凍り付きながらも、昆虫男は獲物を見つけた喜びでニタニタと気味の悪い笑顔をこちらに向けただけだった。

 迷宮で何度も見てきたが、こういう外骨格を持つやつには剣や魔法が効きにくく、無理に倒そうとすると時間がかかりすぎる。


 そこで昆虫男の六本の腕に、魔力操作の気配がした。

 ハウルでは音がするから、おれはシロに乗ったまま駆け抜けて、消滅の剣でニタニタと笑った笑顔ごと頭部分を空中に斬り飛ばす。

 それでもまだもぞもぞと動き回るのを、ジョエルが関節部分から剣を突っ込んでとどめを刺した。


「やるな。助かったぜ。魔法を使われるところだった」


 アランは額に浮いた汗をぬぐう。

 おれも経験があるが、敵に魔法を使われそうになった時の緊張感は言葉に言い表せないものがある。

 どんな魔法かも、どこから攻撃が飛んでくるのかもわからない。

 さっき見た死体も、たぶんこいつが作ったのだろう。


「こいつは王子を襲った奴とは別種だよな」


 ジョエルは落ち着いた調子で、魔族の死体を検分していた。


「ああ、まったく違う」


「それにしても恐ろしいほどの魔法抵抗力だった。どうやらこの外骨格に秘密があるらしい。俺の魔法を食らっても中身はまったく凍ってない」


 魔族は魔族同士で殺し合いをしてきたから、体がそのように進化しているのだろう。

 魔法に対抗するような進化を獲得した生命体ということになる。

 それに比べて人間などは、ないも同然な魔法抵抗力しか持たない。


「持って帰ったら、いい防具の材料になるんじゃないか」


「どうだろうな。魔力を通してないと効果を発揮しないなんて場合もある。つまり本体が死んだらただの木片以下、なんてこともあるからな」


 ジョエルは魔族の死体から目を離さずに、アランの方は周囲を警戒しつつ、そんな無駄話を続けていた。

 ずいぶんと場慣れしているようで頼もしい。

 魔族が持っていた革袋の中には、丸めた鍋やらの鉄塊と岩塩のようなものしか入っていなかった。


 あとは、さっきの死体から剥いだであろう剣やら鎧やらをひとまとめに持っていた。

 単騎で動いていたところを見ると、鉄を狩るために動いていたのだと思われる。


「さて、さっきの調子ならもう少し進んだところで危険はないだろう」


 ジョエルがおれを見て言った。

 かなり期待されているようだが、こんな隠密性を要求される場面ではハウルを使うことができない。

 消滅の剣は、消滅させる物体の質量に伴って魔力消費も増えるが、さっきのような使い方ならまだまだ戦える。


「ケルンを少し休ませた方がいいんじゃないか」


 アランの言葉に、ジョエルはそれもそうかと言って素直に頷いた。

 かなり南にくだってきたせいで、森の中にいても汗ばむほど太陽の光が強くなっている。

 羽毛に覆われたケルンにとっては、かなり体力を消耗する気温だった。

 おれたちは海岸から少し離れたところで休憩をとることにした。


 休憩を取っても、ろくに休めない程にモンスターが現れる。

 ハンターが仕事をしないだけで、ここまでモンスターがあふれてくる土地柄なのだ。

 しかも肉にもならなそうな小物が多く、電撃やら火炎やらの魔法まで使ってくる面倒なモンスターが多い。

 もともとかなり住みにくい土地なんじゃないだろうか。


 前に助けたロア人は、槍などほとんど習ったことが無いようだった。

 たいした訓練も受けずにモンスターと戦って、生き残れなければそれまででいいという感覚なんだろうか。

 休憩を終えて、海岸線に気を配りながら森の中を進んでいくと、先の見えない地形が現れた。

 岩山が海の方へ張り出している形で、そこを越えたら魔族の軍団が足元に展開しているなんてこともありえる。


 そんな地形を越えながら、野宿で二日ほど進む。

 野宿のできる場所を探すだけでも一苦労で、大きな岩を見つけたらそこで休むようにしていた。

 背後を警戒しなくてよくなるだけで、何倍も体を休めることができる。

 もともと海側からはモンスターがあまり来ないので、大岩に隠れるだけでかなりやってくるモンスターを減らすことができた。


 また先の見えない地形が現れて、そんなことが何度もあったから、おれたちは完全に油断していたんだと思う。

 小さな丘になった海岸線沿いの山を登りきると、まさに魔族の軍団が足元で野営をしていた。

 何の音も匂いもしなかったし、島のように大きいという戦略級も見えなかったので完全に油断していた。


 しかも運の悪いことに、三十はいる赤黒い体をした魔族のうち何体かはこちらの存在に気付いて、顔を向けている。


「逃げるぞ!」


 ジョイスの言葉を合図に、おれたちは登ってきた丘を駆け下りた。

 このまま走りやすい海岸線の砂浜を行けば追いつかれることはないだろうと思った。

 丘を駆け下りたところで、後ろからとんでもない殺気が襲ってくる。

 おれは丘の上に出た魔族に向けてハウルを連発した。


 最初の二発に命中した手ごたえがあったが、他はかわされてしまった。

 音速を超える弾丸だというのに、やはり視力も反射速度も人間とは違う。

 魔族にはハウルの弾道が見えているらしい。

 その時、真上に召喚魔法の気配がする。


「上だ! なにか来る!」


 空に大きな裂け目ができ、そこからカメのような大きな顔が現れた。

 ヒョードル先生のトロールキングよりも大きい何かが空の裂け目から現れようとしていた。

 こいつを上からおれたちに叩きつけるつもりらしい。

 ハウルを撃ち込むも、まるで岩のような頭に防がれてダメージはない。


 いつこちらに落ちてきても不思議ではない。

 シロだけなら走って避けられるかもしれないが、アランたちのケルンでは砂の上で避けられるかわからない。

 しかしナイアルで受けようと思えば、それだけで魔力切れを引き起こしてしまうような大きさの触手が必要になる。


 おれは半ばパニックのようになって、丘の上に向かってハウルを撃ちまくった。


「俺に任せろ」


 そう言ったのはジョイスだった。

 中空に赤い線が走ったかと思うと、大きなミノタウロスが現れる。

 そこに細長いカメのような巨大な敵の召喚獣が落ちてきた。

 地面に手足をつくようにして、落ちてきたドラゴンを受け止めたミノタウロスは、そのダメージだけで実体を維持できなくなり消えてしまうが、その隙におれたちは下をなんとか走り抜ける。


 しかし走り抜けた瞬間に尻尾によって弾き飛ばされ、おれたちは地面の上を転がった。

 なんとかナイアルで庇って、シロにもエステル先生にも大きな怪我はない。

 後ろを見れば、翼の生えた魔族が三体、槍を持ってこちらに向かってくるところだった。

 それをおれがハウルで二体撃ち落とし、エステル先生とアランの魔法がもう一体に突き刺さる。


「タートルドラゴンだ。氷ブレスが来るぞ!」


 ジョエルの声とともに、こちらに向きなおっていたカメの頭が大きく口を開いた。

 初めて領地で魔物と戦った頃のことを思い出す。

 もっとずっと小さなカメの魔法ですら、木に叩きつけられて命を落としかけた。

 その時のことが脳裏をかすめる。


 ジョエルとエステル先生が真槍の魔法でドラゴンの顔面を弾き飛ばし、狙いのそれた白いブレスが森の木々を凍らせた。

 それだけで気温が下がりすぎて、刺すような痛みが体中を襲う。

 こんな攻撃、魔法壁では防ぎようがないし、倒すのに時間をかけていたら他の魔族が集まってきて包囲を抜けられなくなる。


 ここまでは、魔族の軍団に出くわしてからほんの一瞬の出来事だった。

 強くなるためには、なによりもその場の判断力を身につけることが必要なことだったんだと悟らされたような気持ちだ。

 ブレスを前にしても、おれはまだナイアルを使うかどうか決めあぐねている。

 なによりもまず、落下やブレスを防ぐことを優先すべきだったのにだ。


 本当におれは弱いなと、戦うたびに痛感させられてきたが、あれだけ特訓を重ねて、今もまたその感情を味あわされている。

 おれは体に付いた砂を払って立ち上がった。


「こいつはおれにまかせろ。先に逃げてくれ」


 飛行魔法が使えるおれだけなら、あとからでも追いつける。

 おれはシロにエステル先生を咥えさせると全力で走らせた。

 アランとジョエルがそれに素早く反応し、ケルンに乗ってその後を追う。

 二人とも尻尾の攻撃からケルンだけは守っているので、まだどちらのケルンも無傷だった。


「本体だ! お前の魔法なら本体を叩いたほうが早い!」


 走りながらジョエルがそうアドバイスし、アランは丘の上に向けて弓を放っている。

 確かに、召喚魔法と戦う時は術者を狙うのが定石である。

 しかし、さっきからずっと撃っているが、この距離で動く的に当てるのは難しい。

 丘の上には10体以上の魔族がいて、なんとか二体はハウル倒したのに、どちらも召喚した奴ではなかった。


 よく見れば、タートルドラゴンは首長竜のように長い首を伸ばして、15メートル以上も上からこちらを見下ろしていた。

 おれはブレスを逸らせるためにナイアルの触手を呼び出して、その長い首に巻き付けて締め上げた。

 これでブレスの心配だけはなくなった。


 しかし、こちらに向かってくる魔族たちは、タートルドラゴンにも構わず、こちらに向けて魔法を放とうとしている。

 その魔法がおれに向けられて放たれたと同時に、おれは助走をつけてタートルドラゴンに飛びかかり、消滅の剣を発生させた。

 なんの抵抗もなくタートルドラゴン内部を突き進んで、胴体の内部を破壊する。


 魔法を打たせ終わったところで反対側から飛び出した。

 そしてハウルを連打して、寄ってきた魔族を襲撃する。

 すでに何度もその威力を見られているため、あらゆる手段でハウルの弾丸を防ごうとするが、威力を殺し切れたのは半分もない。

 残りの弾丸はその場にいた魔族3体を貫通した。


 外骨格で弾丸を防いだ一体の槍を掻いくぐりながら、ハウルの弾丸を受けてひるんだ三体の頭を剣で斬り飛ばす。

 魔族は殺しきっておかないと、どんな傷でも治してしまう。

 外骨格を持った最後の一体は、消滅の剣で真っ二つにした。


 6本の手に、槍を三つも持ちながら器用に戦う魔族相手に、普通の剣では時間がかかりすぎる。

 しかし槍の腕自体はおれがさばける程度の技量だ。

 首に巻き付けていた触手を引きちぎったタートルドラゴンがこちらに振り向こうとしたので、おれはナイアルを伸ばしてその首に巻き付け、そこを支点にして自分の体を持ち上げる。


 振り向かれてしまってはブレスを食らって死ぬしかないので、その前に太い首元を消滅の剣で斬りつけた。

 一撃で、ふとい首周りの半分ほどが無くなった。

 その傷口に真槍の魔法を近距離で叩きこむと、残りの部分がはじけ飛んで大木のような首が横倒しになる。


 その時点でタートルドラゴンは実体を保てなくなり、その場で消えてなくなった。

 再度タートルドラゴンを呼び出すには数日かかるだろう。

 しかし、タートルドラゴンの巨体が無くなって視界が開けたせいで、魔族たちが一斉にこちらに向かって魔法やら槍やらを放ってくる。


 おれはマキグソ状にしたナイアルで自分を覆ってそれを受けた。

 攻撃を受けてもなんとかナイアルは実体を保っていた。

 もう飛んで逃げるだけの魔力が残っているか疑問であるが、荷物の中から煙幕をありったけ出して、そのすべてに点火した。

 風を作り出す魔法で、その煙をナイアルの触手の隙間から周囲に撒く。


 そして自分を覆っていたナイアルの召喚を解除して、飛行魔法で飛び立った。

 翼を持つ魔族一体に追われながら、なんとかシロの気配を感じる方に向かって飛び続ける。

 もはや、追ってきたこいつを倒すだけの余裕もない。

 なんとか三人に追いついて倒してもらうしかなかった。


 シロの長い尾羽が見えたところで滑空に変えて、おれはエステル先生たちの所にふらふらと落ちていった。

 おれが覚えているのは、落ちてきたところをアランにキャッチされて、そのおれの胴回りほどもある太い腕に抱えられた所までだった。



 その後でおれが目を覚ましたのは、真っ暗闇の中である。

 体を起こすなり、細い手がおれの口を覆った。

 なにも見えないおれの眼前にエステル先生の白い顔が浮かび上がり、触れるか触れないかの距離で静かにするようジェスチャーで伝えられる。


 そして手元も見えないような闇の中で、大量の食い物らしきものを渡される。

 今は隠れて魔力の回復を計っているところだから、食えるだけ食って静かにしていろという事だろう。

 おれは喉が渇いていたので、みずみずしい果物を音を立てないように貪り食った。


 食い終わるとアランがやって来て、おれを引っ張っりどこかに連れて行こうとする。

 その先にいたのは怪我をしたジョエルだった。

 最後におれが引っ張ってきた魔族の槍を受けたのか、腹に包帯を巻いている。

 その包帯はぬめっとした液体でびっしょりに濡れていた。


 おれにできたのはなんとか傷口を塞ぐことだけだ。

 魔力が枯れ果てていて、傷の癒着も不完全にしかできない。

 それでもおれはまた意識が朦朧としてきて体を支えられなくなり、近くの岩にもたれかかる。


 物を食べたのはまずかった。

 身体を回復させたいなら野生動物のように、なにも食べずに大人しくじっとしているのが一番だ。

 消化に体力を使うと、回復に回せるエネルギーが減ってしまう。

 緊急事態なら、なにも食べずにいる方がいい。

 もうろうとする意識の中で、まともな思考でものを考えられたのはそれが最後だった。


「助かった。とにかく今は寝ろ」


 とアランにささやかれ、おれはまた意識を手放した。

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